647.母猫アイの思いがけぬ特技
穏やかな温室での休息、このままお昼寝が始まりそう。そう思った矢先、フランクが呼びに来た。室内で同席する侍女から合図があったらしい。未婚の男女だから、婚約者であっても侍女が同席するの。オイゲンも侯爵令息だから、母のハンナ様に注意されているでしょうね。
「いま行きます」
振り返ると、ヘンリック様が困ったような顔で見上げてくる。ローズが眠っていた。ぐっすり寝ているようで、猫のように丸まっている。その隣に母猫アイが寄り添い、背中を撫でるレオンがとろんとした目を瞬く。
さっきまで猫達と走り回ったから、疲れちゃったのかしら? どうしようか迷っていると、ランドルフがこそっと何かを囁いた。耳打ちされたレオンは目を開いて、ぱちぱちと瞬きする。
「そっとだよ」
「うん」
二人で「しー」と音を立てないよう言い合いながら、身を起こした。ローズに気づかれないよう、私のところまで歩いて来る。ヘンリック様は無理ね。袖を掴まれているから……。
「私達だけで行ってきますね」
ローズの側にいてあげて。微笑んで伝え、頷くヘンリック様に任せた。歩き出して揺れた裾に、白猫が爪を出す。避けたつもりが引っ掛かり、本人は楽しそう。
「シロ、だめ」
レオンが声を上げた。ランドルフが「しぃ」と合図する。慌てて手で口を覆い、ゆっくり振り返った。ローズはまだ目覚めていない。確認してほっとした二人が手を繋いだ。その間に、猫担当の侍女がスカートの裾を取り返してくれた。
シロは侍女の制服のリボンに夢中だ。確認するとサビーネは日向で伸びていて、その耳を舐めまくるミアがいた。どちらも飛び掛かる心配はなさそう。足早にレオンとランドルフを連れて温室を出た。ガラス扉を閉めてしまえば、こちらの勝ちね。そう笑った。
「勝ち?」
「そうよ、シロには扉を開けられないもの」
ふふっと笑うけれど、実はアイは扉を開けられるの。経験値が違うのかも。日向ぼっこさせるため、温室に放したら外へ出ていた。慌てて捕獲して中に戻したのに、目の前で扉を開けて出てきたそうよ。侍従から説明を受けたときは信じられなかったわ。
飛びついたドアノブを傾けて出てくることがわかり、外側に簡易錠を設置した。気を付けないと庭師が閉じ込められる可能性があるけれど、裏口は内側に簡易錠を付けたから。閉じ込められたら、裏口から出られるようにした。
事故があると大変だもの。それに庭師は出たり入ったりするから、内側に錠がないと困るのよね。さすがにアイも錠は弄れないみたい。
錠を確認して、入り口の騎士にローズとヘンリック様がいることを伝えた。さあ、玄関に急がなくちゃね!




