638.家族の中で遠慮は無用よ
ついでのように、執事のベルントからも注意された。ユリアーナの話をしたときに、詳細な説明は不要だったと。
「寝起きのご令嬢の顔を見るのは失礼では? で足りたと思われます。他家の方の前ではお気を付けください」
はっとした。髪がぼさぼさとか、顔を洗ってないとか……そんな表現をしたわ。確かにユリアーナが聞いたら「そんなに酷くないわよ!」と怒らせそう。自分が言われたら嫌な言葉を使わない。簡単なことなのに、難しいわね。
ベルントは穏やかに一礼し、階段を下りていく。きっとヘンリック様の着替えなどを手伝うのね。今はフランクがいるから、交代するのかも。背が見えなくなったところで、部屋の扉をノックした。小声で確認があったのは、侍女みたい。
部屋の扉が細く開いて、侍女はさっと目を走らせた。他に誰もいないと確認して、ようやく招き入れられる。正直、ほっとするわ。ここまで気遣ってくれるのは、公爵家の侍女が貴族の令嬢達だから。次女や三女で家を出た彼女達は、働きながら輿入れ先を探す。
見初められたり紹介されたり、中には持参金を稼ぐために働く子もいた。だからなのね、気の利く女性が多い。私もするりと中に入って後ろ手に扉を閉めた。廊下の空気は冷えているから、咳き込んだりする原因になるわ。部屋が広くて温められていても、懸念は減らすべきよ。
「ユリアーナ、具合はどうかしら? 触れるわね」
ベッドサイドの椅子に腰かけ、身を乗り出して距離を縮める。横になったままのユリアーナは、目にもしっかり光を取り戻していた。ぼんやりした感じが消えている。触れた額もやや温かい程度で、熱というほど高くなかった。
「だいぶ楽になったの。ありがとう、お姉様」
「よかったわ。オイゲンの見舞いは延期してもらったから、体調が安定したと思ったら連絡してあげてね」
身支度できるくらい回復したら、受け入れてもいい。遠回しに許可を出した。ほんのり頬や首筋が赤いけれど、しっかり汗をかいて着替えたと聞く。回復の途中ね。
「その……私よりレオン達についていてあげて?」
「気持ちは嬉しいわ、ありがとう。夕食時は母としてあの子達を優先したの。だから次は姉として妹を甘やかす番よ。最後は妻になって夫と向き合うわ。これでも忙しいのよ?」
ちょっと茶化した口調で、重くならないように伝える。忙しくさせたことを謝るほど、薄っぺらい関係じゃない。私達はきちんとした家族だもの。
「うふふっ、お姉様らしいわ。私も……ありがとう」
小声で「将来はお姉様みたいなお嫁さんになりたいわ」と付け加えた妹に、何も言葉が浮かばなくて。微笑んで抱きしめるに留めた。




