605.猫の脱走は叫んで追って
本邸の仕事をする公爵家の使用人は、基本的に貴族の子女ばかり。中には行儀見習いとして勤め、結婚退職する人もいる。だから主人一家が住まう本邸で大声を上げることはないのだけれど……ケンプフェルト公爵家は別よ。
猫の脱走と、子供に関する事件は叫ぶ。叫ばないと間に合わないことがあるもの。誰かの手を借りたいときは、私達のことを気にせず大声で助けを求めるよう言い聞かせた。始めたばかりの頃は躊躇っていた人も多いけれど、今は当たり前になった。
猫の脱走が叫ばれて、数分後「捕まえたぞ!」と侍従の張り上げた声が聞こえる。脱走したのはなんとミアだった。三毛の子猫ね。いえ、もう立派な成猫だけれど……母猫アイと比較したら表現が子猫になっちゃうの。
「珍しいわね、ミアだなんて」
別邸の管理人が飼っていた猫と同じ名前のミアは、おっとりした子だ。戻ってきたローズが、両手を広げて説明してくれた。全身を使って、動きもつく。ふふっ、一生懸命なところが可愛いわ。
「にゃ、こーんな! てって、ちたの」
後ろで侍女が説明を足す。二人の話を総合した結果、脱走を警戒した侍従によりシロが押さえられた。その隙にお父様とローズが入ろうとしたら、ミアがするりと足元を抜けたらしい。慌てた侍従は手が塞がっており、叫んで助けを求めた……そんな感じみたい。
「上手に説明できていたわ。レオンもランドルフも、ありがとう」
お父様も洗った手を拭きながら戻ってきた。
「参ったな、久しぶりに廊下を走ったぞ」
三毛猫を追って走ったため、息が切れたと苦笑いする。襟元が歪んでいるのは、暑くて手をかけて引っ張ったのかしら? つんつんと襟を示す仕草をすると、慌てて直していた。
「お父様、今日はどうなさったの?」
「ああ。エルヴィンが休まないのでな……理由を付けて連れ出した」
執務がそれほど立て込んでいるわけでもないのに、あれこれと考え込んでいる。新しい街づくりを試行錯誤しているとか。あの子はいつも先走るのよ。まずは日常の業務をきちんと一人で回せるようになってから、でしょう。
慣れてきた頃だから、手付かずの部分が気になるのね。管理人のオスヴィンさんは有能な人だと聞いている。その方の補佐をしながら、領地運営を学ぶと言っていたのに。欲が出てしまったのね。仕方のない弟だわ。
「オスヴィンからの報告では問題なかったが」
ヘンリック様が唸る。どうやら報告書には記載がなかったみたい。
「エルヴィンは後から来るの?」
「……いや、もう着いたんだが」
お父様は言葉を濁す。私に叱られると思って逃げたの? 離れにいると聞いて、ヘンリック様が肩を竦めた。
「俺が連れてくる」
「ぼくも!」
「あ、では俺も行きます」
レオンとランドルフが立候補し、三人で歩いて行った。やっぱりレオンが真ん中で両手を繋ぐのね。




