595.夫人は知らず侍女は知っている
考えても答えが出ず、お昼寝の時間になってしまった。困ったと呟く私に、思わぬところから助けの手が出た。侍女長のイルゼよ。
「奥様、毛皮を利用されてはいかがでしょうか」
「毛皮……」
灰色の毛皮は艶があって綺麗だ。あれを思い出す、ほら……えっと、ロシアンブルー? そんな種類の猫がいたわよね。あれって色の名前だった? それとも種類? よくわからないけれど、あの色よ。大きさからして猫の毛皮ではないけれど……。
ダブルベッドに敷いても覆えるくらい、大きな毛皮だった。裏を返すと縫い目がある。どうやら灰色兎の毛皮みたいだわ。この世界では貴族の食卓に、灰色兎が出るの。食用に育てているから、牛や豚と同じ感覚ね。中型犬ほども大きいので、最初に見たときは驚いたわ。
普通の猫サイズの兎もいるけれど、毛皮は白や茶色だった。この辺は世界が違うからと納得していたけれど、食用の肉を取った後の毛皮を繋いで絨毯や上着にすると説明される。その毛皮を使おうと言い出したのだ。でも、なぜ?
「毛皮に色がついたら、落ちないのではなくて?」
「逆です。奥様……猫達を思い出してください。毛皮にインクが付いても、数日で取れるのと同じです」
言われて、先日脱走した白猫のシロの足先が染まった事件を思い出す。逃げ回った挙句、フランクの執務室に逃げ込んでインク瓶を倒したの。机に広がったインクを踏んでしまい、しばらく紫色をしていたわね。いつの間にか消えたけれど……あれは舐めたからではないの?
「いいえ、毛皮は油分がありますので汚れが落ちやすいのです。定着しづらいとも言えます」
「知らなかったわ。博識ね」
本当に驚いた。そんなことがあるのね。油性ペンが手についても、数日で消えるのと同じ? 感心していると、普段から人工的に油分のあるブラシで手入れをしているからと教えてくれた。こういう知識は、侍女や洗濯担当の下女が良く知っている。
毛皮のコートはブラシをかけて手入れをするけれど、丸洗いしないのはこの油分のお陰なのね。曖昧だった知識が補強され、ついでに問題も解決しそう。気持ちいいからと言い含め、敷いた毛皮の上で昼寝をしてもらった。
はしゃいでいたレオンが靴を脱いで毛皮を踏む。下に絨毯があるから、硬くはないはず。木陰のテントの下で、ローズと手を繋いで寝転ぶ。反対の手をランドルフが握って、ローズはご機嫌だった。遊び疲れたのか、欠伸が二回。そのまま眠ってしまった。
「ふふっ、仲がいいわね」
「……そうだな」
一段階低い声が出ているわよ? くすくす笑いながらヘンリック様をつつき、彼の肩に寄り掛かった。恋にならず幼馴染みで終わるかもしれないのに、心配性ね。




