52-1.(エルヴィン)息抜きでの再会
仕事ばかりするなと注意され、公爵家から来た管理人ローマンさんに放り出された。町で遊んで来い? そう言われても何をしたらいいか。姉上が母上の代わりを始めた時、たぶん僕くらいの年齢だった。家の掃除、洗濯、料理、金の手配……なんでもこなしていた気がする。
僕らが寂しくなれば抱きしめて「大好きよ」と囁いた。夜眠れなければ子守唄を歌ってくれたし、本を読んだり勉強も教えて……一体、いつ寝ていたんだろう。あの頃はそれが当たり前で、何も気づけなかった。
姉上の結婚が決まってからだろうか。家が何となく薄汚れて、料理が残念な仕上がりになり、洗っていない衣服に顔をしかめながら袖を通す。ケンプフェルト公爵家から入ってきたお金で、父上が人を雇った。通いの女性は「おやおや」と言いながら、手際よく家を綺麗にしていく。
不思議なことに、すごく悲しくなった。姉上の痕跡が上書きされたような、嫌な気分だ。上手に表現できないけれど、姉上が戻って来る場所がなくなる、と不安になった。それは僕だけじゃなく、ユリアンやユリアーナも同じで。
姉上に呼ばれたときは嬉しかったな。僕達のことを忘れていなかったんだ、って。離れに住んで、貴族の生活を目の当たりにする。家令のフランクさんは何でも気が利いて、すぐに手配した。まるで物語の魔法使いみたいだ。侍女長のイルゼさんも、あれこれと気遣ってくれた。
貴族として極上の生活と、平民以下の生活。両方を見たから、僕は仕事に夢中になっているのかもしれない。父上の失敗で苦しめてしまった領民に、悪くないと思ってもらいたかった。この領地に生まれて暮らして、悪い時もあったけど良い生活も出来たじゃないか、と。
ふらふらと歩いて、見覚えのあるパン屋の前で立ち止まる。ここで、走ってきたアンとぶつかったっけ。あの頃はまだ護衛を連れて歩いていた。今だって護衛は必要だけれど、僕も剣術の腕を磨いたから。護衛は少し離れた位置で見守っている。
ぐるりと見回し、アンがいないことに肩を落とした。そう簡単に会えるわけないか。約束もしていないし、彼女だって生活がある。ここを毎日通るかわからないし……。
振り返って、花屋のほうへ足を踏み出した。
「あれ? あんた、エルじゃない?」
いきなり後ろから手首を掴まれ、どきっとする。護衛が走り出そうとするのを、視線を合わせて止める。首を横に振った。大丈夫、彼女は知り合いだから。
体ごと振り返って、笑顔になった。自然と浮かんだ笑みで、こてりと首を傾げる。
「アン、久しぶり」
「ほんと! 旅人なのかな? ってさ、そう思ってたの。全然見ないんだもん」
元気だったかと挨拶が始まり、並んで歩き出す。まだ手首を掴んだままだ。
「今日はどこ行くのさ」
「……そう、だな」
ぐぅと腹の虫が音を上げる。もう我慢できないと叫んでいる腹部を撫でて、アンに提案した。
「もし時間があったら、美味しい食堂を教えてくれないか? 腹が減って」
「いいよ。こっち」
手首を離したアンが手招きする。自分より冷たい彼女の指が離れたことが気になり、手首をじっと見つめた。
「はやく!」
促すアンに応えて、急いで追いついた。どんな店に行くのか、楽しみだ。




