43-3.(ヘンリック)妙な噂はごめんだ
出仕して、執務室の前で足を止める。ベルントが視線で問いかけるのに頷き、扉を開いた。すでに半数近い文官が仕事を始めており、遅刻ではないが一番でもない。かつては王宮に泊まり込んでいたため、一番始めに書類を捲っていた。
書類の分類を担当する若者は、つい先ごろ採用されたばかりの新人だった。上級学院を立派な成績で卒業し、抜擢された期待の文官だ。将来は重要ポスト間違いないだろう。的確な分類だけでなく、わからなければ素直に尋ねる性格も評価が高かった。
「おはようございます! こちらが公爵閣下の署名が必要な書類です」
「おはよう、ハンス。頑張りすぎるなよ」
まだティール侯爵がいないことに安心しながら、挨拶して腰掛ける。ベルントがお茶の支度を始め、紅茶の香りが漂い始めた。そこへティール侯爵が現れた。ぱっと顔を上げたものの……曖昧な笑顔で互いに目を逸らす。
「休日をありがとうございました」
「……いや、休みは権利だからな」
アマーリアの受け売りだが、休日は労働者の権利らしい。仕事をすることが義務で、給金が権利だと思っていたが、それは報酬で権利ではないと聞いた。この考えを取り入れてから、皆の仕事の効率が上がった気がする。皆の家族仲もよくなったようで、出産の報告や家族との団欒の話が聞こえるようになった。
出産率は平民が高く、貴族は低い。様々な理由があるだろうが、夫人達の社交が大きく影響するようだ。この点は王太后陛下が改善した。ここでまたアマーリアの意見が採用されている。素晴らしい妻を得たと感謝するばかりだ。
社交であるお茶会に、子供同伴を許可したのだ。侍女や侍従が多くいるので、子供を見守る体制は取れる。さらに子供同士の交流が進めば、未来の社交や家の繋がりにとって助けになると。確かに側近候補は幼い頃から主家に入って一緒に育つ。あれの簡易版をお茶会で行い、相性や仲の良さを確認するのは無駄がない。
派閥の偏りも解消されつつあると、先日、バルシュミューデ公爵から感謝された。妻の功績なのだが、彼は俺の背を叩いて語って帰っていった。以前なら彼の次男が、レオンの側近になる未来はなかっただろう。派閥が違うのだ。
各公爵家の下に派閥ができており、王家にも派閥があった。四つの家がばらばらに派閥を作れば、間で交友は途切れる。国にとってあまり良い環境ではなかった。
「公爵閣下、その……昨日の件は内密に。妻は気づいておりませんので」
「安心しろ、俺も言いふらす気はない」
互いに頷き合い、秘密厳守を誓い合う。そこへベルントがお茶を運んできた。二人で見つめ合ったままお茶を飲む。なぜか目を逸らしたら負けのような、不思議な感じがした。
「あの二人、何があったんだ? 奥様に内緒って」
「いろいろあるんでしょう。知らないほうが身のためです」
部下達の不審がる声が聞こえたが、さらりと無視した。反応すると大事になるからな。以前の俺ならどうしただろうか。いや、それ以前にあの場所に行かないから、こんな状況にはなっていないか。くくっと喉の奥で笑い、両手でカップを包んだ。マナー違反だが、手のひらの温かさにほっとする。
「まさか、お二人で付き合って……」
誰かの一言に慌てて立ち上がり、書類の上にカップを落とした。大騒ぎになる周囲をよそに、必死で訂正する。その間にティール侯爵は逃げ出し、ベルントはお茶を吸い取った布巾を手に溜め息を吐いた。くそっ、俺が変態みたいになってるじゃないか。全部バラすぞ!




