プロローグ
「5層、降りてみるか?」
俺の友人である、泊 茜が槍を得意げに肩にかけながらそう言った。どうやらゴブリンを一撃で倒すことができたおかげで調子に乗っているらしい。
「マジで言ってる?」
さすがに5層以降は、探索者になったばかりで、しかもまだ高一の俺たちには荷が重い。
3年前、異世界との戦争後にダンジョンがこの世界に生まれてから、ダンジョン内で命を落としたものは数多くいる。甘い世界ではないのだ。
「私もやめた方がいいと思うけどなぁ」
杖を持って後方で待機していた彼女は如月 ここね。俺達は三人でパーティーを組んで今、ダンジョンに来ているというわけだ。
「少しだけなら俺たちでも行けるって。な?」
何がな? なのかは正直よくわからないが、茜は5層に行ってみたいようだ。茜はけっこう頑固なタイプだから、何を言っても5層に行くことを諦めようとはしないだろう。
「はぁ……。どうする? ここね」
「うーん……。少しだけ、なら」
俺たち三人は小学校の頃からよく一緒に行動していた。そのためか、茜に振り回されるのには少し慣れていた。
「よっしゃ、そうと決まれば行こうぜ、隼人! ここね!」
茜は上機嫌で5層へと下る階段の元へ歩いていく。
俺たちはこの札幌ダンジョンには何回も来ているので、4層まではほぼすべてマッピング済みだ。それが退屈で、茜は今回下に降りたいといったのかもな。
ちなみに俺たちが4層にとどまっていた理由だが、単純にレベルが足りないと思っていたからだ。
3年前から、この世界の全ての人間にステータスというものが付与されていた。それはこのようなものだ。
◆◆◆
ステータス:空 隼人
レベル:4
攻撃:E
守備:F
魔力:F
知力:F
抵抗:F
速度:E
スキル:<なし>
◆◆◆
魔物を倒すとレベルが上がり、その際ステータスも上昇する。下限はGで上限は不明だ。
できればステータスの平均がEになるくらいまではレベルを上げてから5層に降りたかったのだが、それは仕方あるまい。
スキルはレベルが上がった時、もしくは突拍子もなく、極々稀に発言することがある。炎を操ったり等々、ファンタジーの力を扱えるようになるのだ。ちなみにだが、ここねはすでに光魔法のスキルを持っている。回復と攻撃が可能でかなり助かってる。
俺たちはそのスキル目当てってだけで休日はダンジョンに潜ってるってわけだ。レベルが上がりさえすればいいから危険を冒すつもりはないんだけどな……。
まぁ今回こうなってしまったものは仕方がない。おとなしくついていってなるべく早くに帰ろう。
「私たちもいこう、隼人。茜だけだと心配だしね」
確かに茜だけだと何か問題を起こしそうだ。あんまり運も良くないしな。
「そうだな」
苦笑と共に俺はここねと並んで歩く。少し歩いた先には5層への階段がある。
「茜は先に降りたみたいだな。俺達も降りようか、心配だしな」
「うん」
二人で階段を降りたその先には、槍を構え臨戦態勢を取る茜の姿があった。
敵とエンカウントしたか。俺も前衛職の剣士の端くれ。すぐさま茜と並ぼうとする。
しかしそれは放たれた茜の言葉で止められる。
「来るな!! 上に戻れ!!」
「茜!? 何があった!?」
一度歩を止めるが、すぐに俺は近くへ向かう。
「ッ!? ここねは上に戻って救援を呼んでくれ! それまでは俺たちが持ちこたえる!!」
おそらくは緊急事態。5層本来の何かではない。俺が茜のそばに歩を進めたとき感じた感覚。圧倒的強者からの殺気。
「何!? どういうこと!?」
「「速く行け!!」」
状況を理解できずにうろたえるここねに、俺達二人の叫び声が届く。
「わ、わかった!」
何が何だかわかってないだろうが、これでいいだろう。光魔法を扱える人材は貴重だ。社会の為を思うならここで失うわけにはいかないしな。
「隼人は残る気か」
「当たり前だろ。茜だけ残して逃げはしねぇよ」
俺も剣を抜き、戦闘準備をする。
そして現れた殺気の正体。漆黒の体毛を纏った虎が通路の先から現れた。
「なんで動物系の魔物がこんな所にいんだよ……。ゴブリンとか亜人系統のダンジョンだろ、ここは……」
「イレギュラーエンカウントだ、常識やルールなんて通じねぇよ」
そう。これはダンジョンで稀に起こる事故。イレギュラーエンカウント。通常の形態、強さとは違う魔物がダンジョンに現れる事。
なぜ起こるのかはいまだ解明されていない。
「俺らもここまでか? 短い人生だったな」
茜はすでに諦めムードだ。正直俺も投げ出したい。しかし、ここで時間を稼がなければ何が起こるかわからない。この黒い虎がダンジョンの階層を跨ぎ、札幌の街に出てしまう可能性もないとは言えないのだ。
幸いにして、あの虎は俺たちの事を完全になめ腐っている。殺さずに観察しているのがその証拠だ。
あいつが本気なら俺たちはとっくに細切れだろう。
「時間、稼ぐぞ。死んでもな」
「わかってる。やってやろうぜ隼人」
そう意気込んで武器を構えなおした瞬間、一陣の風が巻き起こり、俺の視界を妨げる。
視界が開けたその時にはすでに、茜が吹き飛ばされ、大きな傷を負っていた。右肩から腰に掛けての裂傷。まるで爪に切り裂かれたかのような。
馬鹿な。あの虎は通路の先から動いていない。こんな所にどうやって攻撃を……。
俺はすぐさま茜に駆け寄る。もちろん虎に対する警戒は解いていない。
「茜、大丈夫か!?」
「大丈夫には、見えねぇだろ……。まずったなぁ……。下に降りるなんて言わなきゃよかった。すまねぇなぁ隼人……」
自分の体から流れ落ちる血を見ながら茜がそう口にした。もう助からない。その考えが頭をよぎる。
いや、きっと大丈夫だ。きっと追撃を喰らわなければまだ治せる可能性はある。
「これから死ぬみたいなこと言ってるんじゃねぇぞ茜!」
昔から話してきた三人での思い出が浮かぶ。そうだ。絶対に死なせない。また3人で笑いあうために。
どうにかして茜から注意をそらす。そのためには俺が注意を引きつけなければならない。
「はぁ!!」
持っていた剣を虎に向けて投げる。虎はそれを避ける動きすらしない。
体毛に弾かれて剣は地面に落ちた。体毛すら傷つけられないか。
「こっちだ! クソ虎!」
俺は別の通路の先に進むと虎を煽る。そして全速力で駆け出した。
後ろを振り返るとしっかり虎が追ってきている。
このまま引き付けて時間を稼ぐ。目安は30分から1時間。それだけ稼ぐことができれば救援が到着するだろう。
知覚できない速度での攻撃が飛んでくる虎が相手なんだ。俺なら対面して1分稼ぐ事ができたら御の字だろう。
だから距離を稼ぐ。あの虎は遊び感覚で俺を追ってる。距離を稼いでダンジョンの深部まで向かう。そうすれば、俺が死んでも地上にこいつが出ていくまでの時間は稼げる。
走れ、全力で走れ。距離を稼げ。
自分にこんな闘志があるとは意外だった。死ぬのは怖いが、あいつらが笑っていられるのなら、俺1人の命くらい、安いと思える。
……どれだけ走っただろうか。何層も階段を下ってきた。ここが何層かはわからないが、一度も魔物と出会うことはなかった。俺の後ろをつかず離れずつけてきている虎の気配におびえたのだろう。
もう、限界だ。足の感覚がなくなり喉が痛むまで走った。もう、十分だろう。俺はダンジョンの突き当りで足を止める。
最後の悪あがき。一撃でも、あの虎に浴びせてから死んでやる。
速度を緩めた虎が俺のすぐ近くまで来る。
喰らえ、俺の最後の、命を懸けた一撃を!
俺は重い体を動かして虎に殴りかかる。
次の瞬間俺の視界に映るのは飛び散る俺自身の血だった。
……まぁ、そうだよな。よく頑張ったよ。茜、ここねのこと、頼んだぞ。
俺の体は吹き飛び、ダンジョンの壁を突き破る。あれ、ダンジョンの壁って崩れたっけ……?
そして、俺の意識は闇に落ちた。




