48.意気合わせ
「師匠!」
いつの間にか寝所から師匠が顔を出していた。
「こいつらのことは俺が始末をつけます。ですからトドメは――」
「案ずるな。他龍の獲物を横取りするほど落ちぶれてはおらん」
師匠はいやに上機嫌だった。
どうやら俺の戦いぶりを最初から見ていたらしい。
「それよりも驚いたぞ。竜技の冴えはまだ伸びしろがあるように見えるが、もはや魔法では敵わんな」
「竜技特化の師匠にはずっと前から勝ってましたけど」
「呵々! 若輩が減らず口を叩きおる! またぞろ修行でもつけてやろうか!」
「それはご勘弁を!」
愉快そうに呵々大笑する師匠。
それが唐突に止んだ。
「 だが、そいつらを生かしてなんとする? 」
地の底から響き渡ってくるような衝撃に、びりびりと体が震えた。
吹き飛ばされそうになるのを、大地に気の根を張って堪える。
「 盟約なき今、同じ所業を繰り返さぬよう全員殺しておくべきであろう 」
師匠が仕掛けてきたのは竜王族の禅問答――『意気合わせ』だ。
吐息をぶつけ合う竜同士に見立てた、心を試す伝統の討論。
心理防壁すら満足に張れない人類では言葉をぶつけられただけで卒倒する。
もちろん気を失えば論破だ。
だから、ここから先は退いてはならない。
「 殺してもまた別の人類が来ます 」
「 左様 それ故の人類鏖殺 それ故の人類殲滅 もはや分かり合えぬ もはや通じ合えぬ 」
情に訴えかけたところで師匠は揺らがない。
ならば少しでも実を示すべきだ。
「 俺はそうは思いません 人類にも価値はあります 」
「 どのような? 」
「 先ほど俺が魔法使い相手に用いたのは人類術式の応用です 詠唱に詠唱を割り込ませて暴発させました 」
師匠の眉がわずかに跳ねた。
「 成る程 既に価値を示していたか だが、其が如何程の事であると? 魔法など拳で打ち返してしまえばよい 」
「 繰り出せる手数は多いほど好いと、師匠は仰せだったと思いますが 」
ああ云えばこう云う。
繰り返される答えの出ない言葉のぶつけ合い。
互いに持論をぶつけ合って己が主張を語り合う。
こうして、ひとりひとりが考えを吐き出して、それを最大限に尊重し合うのが竜王族の習わしなのだ。
「よかろう。及第点とする」
互いに譲らなかった意気合わせの終わりを決めるのは、常に目上の竜王族だ。
若き竜を導くのは年上の義務とされている。
師匠が踵を返して背を向けた。
「そやつらは好きにせよ。とはいえ、寝所を荒らそうとしていたのだ。深姫とよく相談して沙汰を決めよ」
「はい!」
俺の返事にひとつ頷くと、寝所の中に戻っていく。
その背に向かって俺は頭を下げた。
「意気合わせありがとうございました、師匠! どうか……その爪、その牙。汚されることのないよう、お祈り申し上げます!」
頭を上げると、師は足を止めていた。
しかし、振り返ることなく。
「……こちらこそ礼を言うぞ、我が弟子」
そう呟いてから今度こそ俺の前から去っていった。




