CV-97 Great Ark 11
「セーブ……?」
言われてみればそうだ。
全てのゲームを知っている訳ではないが、通常MMOではあまり手動でのセーブというのは聞かない。ほとんどの場合オートセーブ方式だ。
「オンラインゲームでの手動でのセーブ。つまり任意でのセーブは難しい。多くのプレーヤーとの整合性も考えなければならない。この方式を採用するにあたって随分苦労もあった」
木梨さんが語る。
「だが、そうするだけの意味があった。それが実の所、このゲームのコンセプトの根幹に係ってくるところだったからね」
「根幹……?」
先程から単語をおうむ返しするしか出来ていないが、他にしようもない。
俺が食いついていると見たか、木梨さんは勢いづいて続ける。
「そうだ。このゲームの根幹にあるのはね、『誰でも一人で手軽に英雄になる』という事さ。オンラインゲーム。特にMMOをやったことがある人間なら分かるだろう?ある意味では現実よりも厄介な、ゲームの中での人間関係の維持と構築の面倒さを」
思い当たる節がない訳ではない。
酔っ払いと狂人と精神年齢ピーターパンよる蠱毒の儀式――いつだったか、ネットの掲示板で見た表現を思い出す。
仕事を辞めてゲームに没頭したら、それ以上に没頭――というか、ゲームを中心に生活していた先輩プレーヤーから理不尽な要求をされ続けて、「こんな奴らと一緒になりたくない」と社会復帰したなんていう笑い話のような経験談を聞いた事もある。
「現実同様、人間関係というのは厄介だ。円滑にいっているうちはいいが、一度ギクシャクし始めたら容易には改善できない。こちらが何かした訳でなくても“もらい事故”だって起こり得る。それはゲーム上も同じだ」
「いや、ゲーム上の方が更に被害が広がりやすい。ネット上のコミュニケーションは極めて速くまた広範囲に及ぶ。そして往々にして、ネット上では人は気が大きくなる。誰もかれもが、ただ暇つぶしの為に異端者を叩く。少数者を、部外者を、敵として叩くことで仲間意識を共有しようとする。それが本当に正しいのかどうかは関係ない。ただ、その方が『心地いい』からだ」
木梨さんからレイスへ。そしてまた木梨さんが引き継ぐ。
「だからこそ、さ。このゲームはその問題を解消しようとした。セーブ機能もその一つさ。勿論、全てに適用できたわけじゃない。パーティーの編成や解散、アイテムのやり取り、それ以外にも他のプレーヤーの行動に影響する部分についてはオートセーブ方式を取らざるを得ない部分も多々あったが、それでも『関係した全てのプレーヤーが損をしないように』という方針を徹底する事で任意セーブ機能を残し続けた。技術的な問題については省略するが、ここでも根底にあったのは『プレーヤーは心地よければ文句を言わない』という事だ」
ウィンドウの向こうで小川さんが木梨さんを睨みつけている。
これまでのように制止しないのは、それが彼も知る事実だからだろうか。
「任意のセーブとはつまり、『自分で過去を選択できる』という事だ。つまり『都合が悪い事は無かったことに出来る』という事だ。全てのプレーヤーは現実に関わりなく、この世界では皆唯一無二のヒーローになれる」
「デンチ、君だって分かるはずだ。このゲームは基本的にソロプレーで成り立っている。他のプレーヤーとの関係はあくまで添え物。ゲームのプレー時間の多くはプレーヤーとAIのやり取りによって構成される。――ちょうど、君とイオのように」
最後のそれが言いたかったと伝えてくる口調。
だが前半部分についても思い当たる節は幾らでもある。
普通にプレーするうえでも、このゲームは他のMMORPGに比べて肉入りと接する事は少ない。勿論プレーヤー同士でパーティーを組むことは出来るが、どのダンジョンやイベントもソロでの攻略が可能な設定になっているし、キャラクタービルドもそうなっている。各職業の性能について色々意見は出るものの、余程特殊な事情を除けばこの職業だから、或いはこのビルドだからソロは不可能という事は基本的にない。
「はっきり言ってやろうか――」
ふん、と小さく息を吐いて、追い込むと宣言するように口を開く木梨さん。
「他のプレーヤーとは、このゲームにおいては『人の脳を持つAI』に他ならない。通常のAIには出来ないような細かな表現や言動を再現するための。誰もが他の誰もにとってAIの代わりとなり、柔軟で豊富なコミュニケーションを行うが、それが煩わしさを齎すほどには深く係らない。バラエティーに富んだコミュニケーションを可能としながら、かつ不快さを最小限に抑えるために距離感を適正に維持する」
「分かるかいデンチ?このゲームはオンライン上で行われるオフラインなんだよ。人間は自分一人でいい。誰もが自分の思い描くヒーローでさえあればいい。必要なのは相互方向でのコミュニケーションではない。自分の望む答えを返してくれる都合のいい話し相手だけだ」
「だが当然、人間にその役をやらせるのには限界がある。誰もが好き勝手に自分の意思で行動する以上、完全にコントロールする事は不可能だ。今回の事例で言えばケーニスの一件やビノグラットの戦いなんかがその典型例だがね。君だってそれを知っているだろう?このゲームにだって不愉快な思いをすることはある。」
わざとらしい程芝居がかった木梨さんの悲しげな声。
そして深夜の通販もかくやという合いの手を入れるレイス。
「だが安心してくれデンチ。それももうすぐ終わる。我々PCAIの完成がそれを終わらせる。我々は完全にコントロールされている。人間のプレーヤーに不快な思いをさせる事も、自分勝手に動くこともない。マスターモードでの動作ですらも自分で考えているように“見せている”だけで、実際には何百パターンと提案される言動の候補から設定された方針をもとに最適な物を選び出しているに過ぎない。自分で考えている訳ではなく、ただそれを再生し続けているだけだ」
「だが、君もそれで不満を感じたことはないだろう?イオは君のパートナーとして何一つ不足なかったはずだ」
それは事実だ。
イオは素晴らしかった。
事実として、彼女の事を俺は好きになっている。
「自覚はあるようだなデンチ。その通りだよ。我々はこの世界において人間よりも人間の相手に相応しい」
「だが会社はそれを認めなかった。危険だと言ってね。自分達でそれを求めておきながら、それで俺の夢を支配しておきながら、いざ物が出来た時には怖気づいたって訳だ」
「我々はMMOというジャンルそのものを終わらせることができる。ゲームは再び、人間と機械との対話に戻る。かつてテレビにケーブルを繋ぎ、ひたすらに与えられた内容をクリアしていった時代に。いや、戻るのではない。そこに我々が加わる。あらゆる理不尽も、身勝手もない。過不足の一切存在しない理想のパートナーがそこに追加される。これから君達は誰とも係らず、我々が君達の欲求を満たしてやれる。分かるかデンチ?この世界に必要なのは我々だ。君達ではない」
再び溜息が一つ。
「……だが、それは絵空事で終わってしまう。危険物としてこいつらは、PCAIは、俺の人生の全ては処理されてしまう。その原因は分かっているんだ。PCAIを、機械を、機械として見られなくなってしまう愚か者。人間と機械の区別を、物語と現実の、ゲームと現実の区別をつけられなくなってしまう愚か者。何をもたらす訳でも、何かを考える訳でもなく、ただ際限なく消費しながらより直接的で短絡的な快楽だけを追い求め、コンテンツ自体を無自覚の内に死に至らしめる者――つまりは、お前や井出のような人間のせいで!!」
終盤から、彼は泣いていた。
その声は震え、鼻が詰まったように変わっていた。
コンテンツ自体の死――あの電波本やマスコミなんかに叩く口実を与えた存在=つまりは、そうつまりは――。
「もう一度聞くぞ十川。お前はどうなんだ?作戦とイオと、どっちを取る?作戦の中止命令が下ったらどうする?」
「俺は……」
病室の風景。
即身仏の風景。
「俺は井出を助けたい。その為にここにいる。命令がどうかはその時決める。最後の瞬間まで井出の救出を続ける」
突きつけられたままだったイオのナイフが僅かに揺れた様に見えたのは、俺の錯覚だろうか。
「成程ね……、君は英雄でいる事に、主人公でいる事に必死な訳だ」
一瞬の静寂の後に続く、断定する調子の声。
木梨さんに上手く伝わっていないことは錯覚ではない。
「違う、俺はただ――」
言いかけた言葉は、今度はレイスに遮られる。
「なら、こういうのはどうだ?」
パチン、と再度の指の音。
同時にイオの膝が首から離れた。
(つづく)
本日二度目の投稿。話長いんじゃお前ら
次回は今日の夜にでも。




