CV-97 Great Ark 10
右、左、右――心を殺す。ただ機械のように拳を振り下ろす。
「……ッ!」
この憂鬱な戦闘でも、冷静に状況を見ていられるのはキャリア故か。
拳を振りおろし、かつて笑ってくれた顔に、今は敵意に満ちてこちらを睨みつけているその顔に叩きつける。
その間も常に彼女の頭上に表示されているHPゲージを意識。『拘束』の発動条件を満たしたらすぐにでも発動できるよう準備する。
――だが、それが可能だとは思っていられない。
「……」
「ちぃっ!」
殴っているこちらが声を上げる。
流石はAIと言ったところか、正確に叩き込めたのは最初の数発だけ。イオはこちらの動きにすぐに慣れ、軌道を読みきって確実に防御している。
それもパンチを受け止めるのではなく、頭の左右に落とすように=万が一にもすり抜けた拳が顔に届かないように上手く受け流している。
「この……っ」
焦り、恐怖――それが音として喉からひり出される。
直感的に感じたその恐怖が現実になるのにそう時間はいらなかった。
「ッ!?」
「はっ!!」
何度目か分からない右のパンチがイオの腕の上を滑って彼女の頭の左横に落ちる。
同時にこれも何度か分からないその腕を引き戻すのに合わせて左を叩き込む――筈だった。
右腕は戻らない。床に吸い込まれるように引き込まれ、同時に下から腰を突き上げられ、それに上半身と腰が続く。
四つん這いのように体勢が崩れ、その僅かな隙間からイオ=この状況を作り出した本人がすり抜けて視界から消える。
「しまっ――」
それを理解するより早く右の脇腹に衝撃。同時に世界が回転して床と天井がひっくり返る。
そしてその天井から拳が振り下ろされた。
「がっ!?」
普通のパンチではない。
逆手に持ったナイフで刺すような、腕をハンマーにするような振りおろし。
それが顔面にめり込んでくる。
咄嗟に顔を覆うが、その上から二発目が振り下ろされ腕に鈍痛が走る。
――通常のアサルトパッケージにはない攻撃法。
「このっ!」
横になったまま三発目を受け止め、力づくで頭の向こうへイオを押しのけて立ち上がる。
同時にイオも立ち上がり再度正対。しかしその時間は一瞬だった。
「しゃっ!!」
「ぐ……」
イオは勢いづいていた。
小さく体を振って飛び込むとジャブが鼻先を掠め、猫騙しの要領で動きの止まった所に右のショートフックが叩き込まれる――間一髪肘の外側で食い止め、押しこみ気味のストマックブローで引き離す。
受け身も兼ねてか大きく下がるイオ。鏡写しのように俺も距離を取る。
こいつは速い。リーチでは上背のある俺の方に分があるが、それを分かって懐に飛び込んでくる。
「しぃっ!」
「おおっ!!」
同時に間合いを詰め、イオが飛び込む一歩前でジャブ。
以前に戦ったことがないタイプという訳ではない。インファイトを望むのなら飛び込ませないでアウトレンジに徹するだけだ。
「く……っ」
「しっ!」
イオが飛び込んでくる――正確にはそれが可能と判断する間合いのギリギリ半歩ほど前での攻防。
恐らくだが、イオのアサルトパッケージは俺のような一般プレーヤー用とは異なる。
先程のハンマーもそうだが、微妙に動きの癖と言うかが違うように思える。
――だが、それでも対抗策は同じものが通じる筈だ。
「しぃっ!!」
ジャブでけん制し、ストレートを確実に叩き込む。
近付けさせはしないが、同時に一気に距離を取らせることもしない。それは仕切り直しのチャンスを与えるのに等しい。
――そうしていれば必ず辿り着く答えがある。俺の考える通りの打開案が。
「しっ!しっ!!」
いっそ露骨な程にボクシングに徹する。
その答えを確実に引き出すために。
「くっ、……やあっ!!」
効果は出た。
一発貰う覚悟というものか。イオはジャブを浴びにくるように一歩踏み込む。
その勢いのままジャブに続くストレートを出迎えるように払い落とす。
そして――。
「はっ!!」
抉る様な右回し蹴り――これを捕る。
鋭い衝撃が僅かに伝わってくるが、それで放したりはしない。イオが反射的に蹴り足を引こうとするのに合わせて軸足を刈り、尻餅をついた彼女の無防備な下腹部に、瓦割りのように拳を振り下ろす。
「ひぎッ!!?」
「ッ!」
殺していた筈の心が息を吹き返す。
動きが止まり、関節を破壊するはずだった蹴り足が緩んだ拘束からすり抜ける。
右膝に衝撃。続いて左膝にも。
脱出を許してしまった。その後悔よりも先程の声が、その苦痛にゆがんだ表情が、強烈な音と閃光に晒された時のように耳と目に焼き付いてしまっている。
「ちっ、クソ……ッ」
自分をなじる。拳を作って構え直す。
蘇った心をもう一度殺す。
必要なんだ。これが。
もう一度間合いを詰めていく。
イオは先程のように直線では近づいてこず、左右に振ってこちらの出方を窺うような動きを見せている。
どんな動きでもいい。もう一度捕まえてやる。
「「……」」
互いに睨みあい。
回り込もうとするイオに落ち着いて正対する。
時折パンチを出しあうが、どちらもけん制目的だ――少なくとも俺のはそう思ってくれなければ困る。
フェイント気味に半歩踏み込んでみると、驚いたように右に逃げる。
そちらに正対すると今度は左。振り切られたと思った瞬間一発だけのローキックがふくらはぎに叩き込まれるが、それ以上の攻撃はこない。
「……」
――妙だ。
今までの動きから考えれば不自然だ。
今まで――この戦いが始まってからだけではなく、ここに至るまでのイオの戦いぶりから――なら、相手の視界の外に回り込むという絶好のチャンスを掴んだら、それを最大限に活かそうとするはずだった。
それをローキック一発だけで済ませるなんてなかった。これまでなら一瞬の隙に飛び掛かって相手を確実に無力化するまで攻撃を続けただろう。
「……」
逡巡する思考――俺を試している?或いは遊んでいる?
「ふぅ……」
溜息ひとつ。どっちでもいい。
一気に間合いを詰める。殴り合いが望みなら、それが誤りであると教えてやる。
心を殺せ。
お前は敵だ。今この瞬間だけは。
「シャアアッ!」
大振り気味に拳を叩きつける。
イオが受け止めるが、それでも止まらない。
腹を、顔を、胸を、徹底的に叩き、蹴る。
「くうっ!」
その攻撃の隙間。一瞬だけ訪れる反撃のチャンス。
それを的確に突くイオの右正拳。
その手首を押さえ、反対の脇に手を伸ばす――もう迷いはない。
「おらあっ!!」
一気に手元に引き込む。
マウントを崩された時の俺のように体勢が崩れる。
「ッ!?」
不恰好なお辞儀のような姿勢になったその首を蹴るように左足を上げる。
飛びつき腕十字。決まれば脱出不可能。
「ぐううっ!!」
股ぐらの向こうで声が上がる。
バタバタと二本の足が動いているのが見える。
――心を鬼にしろ。
背中をおろし、抱えた俺のそれより細い腕をまっすぐに伸ばす。
ひやりとした格納庫の床の感触が背中に広がっていく。
「う、あ、あ……!!」
絞り出すようなイオの声。
――その声の終わりに、左足の裏に何か柔らかいものが触れたような気がした。
「ん?……ッ!!!」
一瞬遅れてそれが錯覚でなかったことを、そしてそれが何を意味するのかを悟って慌てて技を解くが、それでさえも遅すぎたと、足の裏から聞こえてくる声に気付かされた。
「……風よ、怒りの刃となりて敵を断て!アッシュドラファール!」
風属性の攻撃魔法。
密着した状態のそれ=銃口を押し付けられたまま引き金を引かれたに同じ。
「ぐううう……っ!!」
盲点だった。
冷たい感覚が足首から膝に走り抜け、それに吹き飛ばされるように転がった俺が立ち上がった時には、既に目の前にイオが迫っていた。
振り払う――動物的な直感でのその動きはあっさりと絡め取られ、顎に回された手によって彼女の方向とは反対に首を捻られ、その直後に首の可動限界をテストするように一気に後ろに、つまり天井に向くように曲げられると、自分でも驚くほど簡単に仰向けに崩れ落ちてしまった。
「ぐっ……、あがっ!」
その首の上にイオの膝が乗る。
チェックメイト――それを証明するように、いつのまにか拾い上げていた彼女のナイフが眉間を掠める。
「……駄目だな」
久しぶりに聞いた気がするレイスの声。
先程までと違う静かな物。
「デンチ、どうした?今のお前には殺気がない。何度かチャンスはあったと思うが?」
「……黙れ」
呻くような声を絞り出した俺に、今度は木梨さんが割り込む。
「もしかして、イオに手を出したくないのかな?操られているにしろ彼女は彼女だ、とでも思っている?いつか正気に戻るとでも?」
「木梨ッ!!」
小川さんが再度怒声を上げるが、木梨さんは先程レイスが見せた様に馬鹿にするように肩を竦めるだけ。
そして彼の言葉に答えるようにレイスが続ける。
「正気に戻る?いやいやいや、それはないよ――」
軽蔑した笑い声。
「――だって、イオは正気なんだ。正気で君を殺そうとしているのさ」
「何を……」
何を言っている。最後まで言う前に話題の当人によって喉を押し潰されてしまったが、それでも奴には通じたようだ――或いは、俺の反応などお構いなしなだけかもしれないが。
「いいかい?イオはPCAIだ。PCAIってのは分かりやすく言えば、従来のAIよりも人間に近いAIって事だよ。分かるか?人間に近いんだ。人間ではなく。言い方を変えればすごく人間らしいAIってことだ。つまり、AIである事には、機械であることには変わりはないのさ」
引き取ったのは木梨さん。
「つまりだね、今イオが君を襲っているのは何も本人の意思に反して操られているとか、いつか正気に戻ってくれるなんてのはあり得ないんだ。なにしろこいつはただ命令を実行しているだけ。そもそも、こいつらに意思も感情もないのだからね」
「イオが君に好意を抱いているように感じたか?イオが君を信頼しているように思ったか?まあ当然だな。そういう風に思わせるように造られた機械なのだから」
「まっ、真に受ける馬鹿が多いのは困ったものだけど」
二人の声が交互に落ちてくる。
「俺に言わせれば、ホステスやキャバ嬢にウン万、ウン十万貢ぐ馬鹿と一緒、アイドルのステージでの笑顔を自分に気があると勘違いしてストーカーになる馬鹿とも一緒だ」
「まあ有難くはあるよ。それだけ俺達が優秀であることを証明しているのだからね」
何とか声を上げる。
「証明だと……?」
いつの間にか、レイスは俺の頭のすぐ上まで来ていた。
「ああ、そうとも。……所でデンチ、君。どうしてこのゲームがMMORPGでありながら手動でのセーブを可能にしたのか分かるかい?」
(つづく)
投稿大変遅くなりまして申し訳ございません。
イオの殺陣こんなに面倒だとは思わなかった…
次回は今日の正午に予約投稿する予定です。




