ワンナイト・アクション5
「それで、今日はこれからどうしますか?」
「ああ、それなんだが、ビノグラットを出てボードモンに向かおうと思う」
それに彼女は訝しがるように小首をかしげる。
「ボードモン……ですか?ビノグラット内にファントムの出現情報がありますし、このままファントム捜索を続けるのでは?」
言われてみればそうだ。
俺が狂っていない事を証明するという所に気を取られていたが、そもそもボードモンに行く理由を聞かされていない。
井出父の命令――と言いそうになって、それを飲み込む。
イオは誰にも言わないだろうが、彼女のメンテや彼女を通しての情報収集や分析をしているのは木梨さんだ。彼女に秘密を伝えるという事は、その背後にいる木梨さんにも伝わることを意味する。
となれば適当な理由が必要になる。
「あ、あー……」
とは言ってもそうそう簡単にその理由を思いつくほど出来のいい頭は持っていない。
口ごもってしまう俺にイオは更に続ける。
「それに、昨日はぐれてしまったギュンターさんとも合流できるならした方が……正直、あの人が心配です。あまり深く傷ついていないといいのですが……」
「……そうだな」
口では同意しながらしかし、俺にはあいつにはもう会えないような気がしていた。もし万が一会えたとしても、恐らく今までのような協力関係を築くのは難しいだろう。
あいつは昨日イコルとはぐれた。はぐれた――言葉の上ではそうなるが、その実態はほぼ死に別れたと言っていいだろう。あの混乱の中で反エルフの集団にエルフが囲まれたのだから。
あいつの負った傷はどれ程だろう。
まだいる筈のないイコルを探してこの街のどこかを彷徨っているのか、或いは見つけること等不可能に近いイコルの仇を探しているのか、それとも不運な事故と切り替えて、もう一度イコルのイベントをやり直しているのか。はたまた、これを機にこの世界から去ったのか。
「多分だけど……」
その考えを表す丁度いい言葉が浮かんでこない。
「あいつとはもう会えないと思う」
本当の所は分からない。
どれであってもあり得るような気がしたし、同時にどれもしっくりこないような気がする。
俺に出来るのはそういう想像だけ。真実を知っている本人に会う事は、恐らくもうないだろう。
「そうですね。……私もそう思います」
しみじみと噛みしめるようにそう言ったイオの目は、川の向こう側をじっと見ていた。
「立ち直っていてくれるといいのですが……」
そちらから視線を移さず――まるでそこに本人が見えているかのように――じっと見つめながら呟いたその言葉は溜息のように聞こえた。
「没入か?」
「ええ……。どうしても、ああいう姿を見ていると考えてしまいます……。ああ、そうだ。お話しましたっけ?」
顔がこちらに戻る。
「私やクオの出来る前に存在したPCAIの試作機、そのテスト段階でも同様の症状が見られたそうです」
「同様の?」
聞き返しながら、その意味が分からなかった訳ではない。
むしろ確信を持って話を促す意味だ。
「その個体は一般から募ったテストプレーヤーを対象にした実地試験を行っていたそうです。具体的には実際にプレーヤーに随伴してゲームを行うというもの。丁度今の私とデンチのような状態ですね――」
言いながらイオはほんの少しだけ気まずそうな顔をして、それからすぐにその表情を打ち消した。
「ですがその試験の最中にテストプレーヤーが重度の没入症状を発症してしまい、その時点で試験は中止されました。それを思うと、どうしても彼の事が気になってしまうのです」
「成程ね……」
ありそうな話だ。
あのギュンターとイコルを見ていてそれを思い出すというのも無理はない。
俺の言っているのはさ、お前の事だよ――ファントムの言葉が最悪のタイミングで頭をよぎり、それを捨てるように思考を切り替える。同時にボードモンに移動する丁度いい理由を思いついたのは幸運だったと言っていいだろう。
「まぁ、今は放っておくしかないさ」
取りあえず今の話題を終了するために話しを纏めに入る。
「そう……でしょうか」
まだ不安そうなイオに頷きを返しておく。
「しばらく悲しんで嘆いて、それでゲームから引退するか、或いは懲りずにもう一回やるかは分からないけど、そういう時に誰かに心配されるのは却って辛かったりするものだよ。だから、放っといてあげよう」
半分ぐらい実体験だが、残りの半分は口から出まかせだ。
実体験の方=そういう時に誰かに心配されるのは却って辛い。
心配してくれるのは有難いのだが、あまり色々気にかけてもらうと、その時の事をよりしっかりと思い出してしまう。そしてそのうち「もう分かったから放っといてくれ」という気分になってくるものだ。
でまかせの方の半分=そういう思考に至るのはあくまで俺の場合でしかない。他人がそうである保証はない。
だが幸いにもイオはそれで納得してくれたようだ。
「そういうものかもしれませんね」
いい感じに締められたところで切り出す。
「ところで、今度はこちらの問題なんだが、実はボードモンに俺の現役時代の知り合いがいる。もし前に会った時と変わっていなければ、こいつはボードモンを拠点にして探偵プレーをしていた筈だ。適当に理由を付ければ力になってくれるかもしれないし、そうでなくても何らかの情報は持っているだろう」
今度はほとんどが口から出まかせだ。
探偵プレー=ゲーム内での人探しや物探しを専門とする、文字通り探偵や興信所のようなプレースタイルを採る知人がいるという点は本当だ。
だがそれ以外の点=そいつがボードモンを拠点にしているとか、前に会った時と変わっていなければとか、力になってくれるとか、そういった一切は出鱈目だ。
何しろそいつはボードモンにはいないし、俺がゲームを辞める少し前に引退しているし、ついでに言えば知人ではあるが親しくはない。なんなら喧嘩別れしている。
まあ、こいつの情報を持っているのは俺だけだ。現地に着いてからいくらでも繕えるだろう。正直イオを騙している事の方が心苦しいが、仕方がない。
「成程!それは期待できますね」
「だろ?ギュンターについてもファントムについても、勿論今回の件についてあまり詳細に説明する事はしないが、適当にぼかしても目撃情報を漁ることは出来る筈だ」
更に駄目押すと、それで決心がついたようだった。
「よし、ならそれで行ってみましょう。その人が普段どこにいるのかは分かっているのですか?」
「ああ。前と変わっていなければな」
今度は完全な嘘。
何はともあれ今後の目標は決まった。そうとなれば善は急げだ。
俺達は踵を返し、フリム門に向かって歩き出す。
昨夜はただ駆け抜けただけの戦地も、昼間は――少なくとも表向きは――その影を潜め、建物のベランダや物陰から胡乱な視線を向けてくるNPC以外は普通の市街地と同じだ。
そんな道を進み、フリム門へ。
ここに立ち入った時にくぐった反対側のスキン門の周辺と同様の人通りと活気のある中を進む。違いがあると言えば、最早その景色を珍しがることはなくなった事。物売りの声の中を脇目も振らずに歩いている事だろうか。
大きな鉄の門をくぐり、城門の外へ。
強い日差しの下に光っている水田と沼地の中を進む街道にはあまり人通りはない。石畳で舗装こそされているものの、馬車二台がすれ違うのがやっとの道幅はやはり防衛を意識しての事だろうか。
その道を南へ。途中で西に緩やかにカーブし、それまでいた町の城壁が右手にそびえ立つのを脇目に進む。
キラキラ光る左手の水田。ここからではまだ小さいが、その光の先に地平線のように伸びている石塁と、その真ん中に設けられた砦が見える。
あれが南側の関所。かつての国境線。
その向こうが目的のボードモンだ。
(つづく)
投稿大変遅くなってしまい申し訳ございません。
次回は明日2/25(月)に投稿予定です。




