ワンナイト・アクション4
そして時間が来た。
時間厳守――井出父の言っていた言葉に従う。
「……よし、行こう」
誰に言うでもなく呟いたその言葉が部屋の中に響く。
ダイブする先=昼間のビノグラット。昨日の最後の記憶にある場所と同じ電器屋聖堂の近くの路上。
戦闘の終結した市街地は静かで、僅かだが人通りもある。
城のある川の向こうに目をやるが、ここから見える範囲にはどこにも戦闘の様子は見られない。建物の屋上から地上を焼いていたサラマンダーも、そうやって頑張っている地上軍を始末して回るペガサスも、各地で噴き上げる炎と黒煙も。
それら一切が姿を消して、ここから見る限りではただ普通の市街地が広がっている。
「さて、イオは……」
そしてこちら。
周囲に彼女の姿はない。
これまで俺がダイブした時にはいつもすぐ近くにいた彼女がいない。
それだけで何か普段と違うような気がしてしまうが、よくよく考えれば俺のこのゲームでのキャリアの内、彼女が一緒にいるのはこの数日だけだ。こうやって一人で行動している時間の方が圧倒的に長い。
≪パーティーのメンバーがログインしています≫
そのメッセージと同時に俺の前に現れる六角形の光の柱。
地面から人の身長ぐらいの高さまであるそれは、プレーヤーがログインする合図だ。
「デンチ」
「おはよう、イオ」
そしてその光の中にシルエットとして現れ、次の瞬間にはいつもの姿になっていたイオ。
光が消える=ログイン成功と同時に言葉を交わした。
「おはようございます……」
いつもの様子ではない事は俺にも分かる――勿論その理由も。
「……昨日は済まなかった」
「いえ……。もう、いいのですか?」
ぎこちないやり取り。目線はそれぞれの足下に向き、声も沈んでいる。
――これではいけない。
「あ、ああ。もう大丈夫……だ……」
意識して明るい声を作り、彼女の顔を見るが、それが失敗だったことは言い終わる前に分かった。
イオは俯いたままだった。
叱られた子供みたいにしゅんとして、その顔は怒っているようにも、泣きそうなのを堪えているようにも見えた。
――シュミレーションには無かった展開。
「あ、あの……さ、イオ――」
「デンチ、木梨から……お話があったと思います」
木梨さんからのお話――思い当たるものは一つしかない。
「ああ……、うん……」
何か言わなければ。俺は心配ないという事を上手い事伝えなければ。
その思いは残念ながら口まで届かない。
「でも、まだ決定じゃない。俺はもう大丈夫だし、それに――」
「でも、それでも……です……」
この瞬間、俺の全神経は口に集中していた。
だが彼女のその声が震えているのが分かるぐらいには耳の神経への意識は残っている。
「正直に言います。私、昨日のデンチの姿が怖かった」
「えっ」
「デンチがどこかへ行ってしまうような。私の届かないどこかに消えてしまうような……。きっとそれが、没入して帰ってこないという事なんだと、あの後で木梨に聞きました。私はそんなの嫌です。デンチが帰ってこないなんて、デンチが、デンチが……」
彼女の震える声は奇妙に変わっていた。
鼻が詰まっているような、何かが込み上げてくるのを抑え込んでいるような、そんな声だった。
その両手は降ろされて、真っ白になるぐらい強く握られていた。
「デンチが壊れていくのなんて、見たくない」
それはかすれていた。
それはくぐもっていた。
それはしかし、それでもはっきりと聞き取れた。
「だから、だからもし……、もし本当に中止になるなら……私はその方がいいと思います」
彼女は初めて顔を上げた。
それは笑っていた。
けれど、その目尻が何かで光っているのが一瞬だけだが分かった。
「……ごめん」
その一言の為に、随分時間がかかったと思う。
「でも、もう大丈夫だ」
それに続くその言葉にどれほどの説得力があるのかなど分からない。
いや、きっと全くないだろう。
イオは俺が病んでいると考えているかもしれない。
或いは事実俺は病んでいるのかもしれない。
それでも今は彼女を説き伏せなければならない。つまり、安心させなければならない。
「今日はこの後、精神病院に行くことになっている」
完全な嘘。
だが嘘も方便だ――例え人間でないとしても心配してくれている相手にこれは心が痛まないと言えば嘘になるが。
「そこでもし、俺が狂っていると分かったら、その時の事はまたその時の事だ」
「で、でもそれじゃ――」
「まだ結果は出ていない。病院の検査結果も、作戦中止も、どっちも」
最早完全なアドリブだ。
自分でも着地点の良く分からないまま、ただ思いつくままに言葉を続ける。
「でも俺は、どんな理由であれ終わる瞬間まであいつを、ギュンター……、だから、ここで言うのは井出を、探し続けなきゃいけない。いけないというか、探し続けたい」
「……どうしてですか?」
それが単純な質問ではない事は、じっとこちらを見つめる彼女を見れば一目瞭然だ。曖昧な答えでは絶対に納得しないだろうという事は。
その“どうして”の後には恐らくこう続く「どうしてデンチがそこまでするのですか?もしかしてまだ役割に没入しているのですか?」と。
それは多分的を射ているのだ――ある意味では。
つまり、別のある意味では分かっていない。その分かっていない部分について伝えなければならない。
「……井出の病室に行ったことがある」
イオは黙って聞いている。
「哀れな姿だったよ。ミイラみたいに痩せ細ってさ、機械に繋がれて何とか生きている。これが元気だった同級生の姿とは到底思えない有様だった。あいつの母親が、毎日見舞いに来て……」
思い出すあの日の病室の様子、姿、空気、居たたまれないあの感覚。
「自分の息子だよ。本当なら大学に通ってバイトとかして普通に暮らしている筈の。それが、死んでいるか生きているかさえ機械頼りの状態のをずっと見なきゃいけない」
イオは目の前にいた。
でも俺はあの病室に戻っていた。
「あれがイオの言う没入の末期症状だとするなら、俺はそれを止めたい。あんなの二度と見たくない。そのために俺に出来る事があるのなら、俺はそれをしたい」
嘘も方便。
説得するためのアドリブ。
だがそれだけではない。
俺は心の奥底に沈んでいたそれを今吐き出している。深く深く沈んでしまっていたそれを掬い上げて言葉にしている。本当はこんな事を思っていたのかと、自分自身が喋りながら驚くぐらいに。
「だからどんな理由で終わるにせよ、終わるその瞬間まではそれを続けたい。最後の一瞬まで、だ」
そこまで言い終えて、俺はやっとこの今の状況に戻ってきた気がした。
今の状況=イオがじっとこっちを見つめている中での大演説。
「……だから、どんな形になろうと、その最後の一瞬まで付きあっては……くれないだろうか……」
それが分かった瞬間妙に恥ずかしいような気がして、言葉の最後の方はたどたどしくなってしまった。
もう一度視線を外す。最初と同様にイオの足下へ。
「……はい」
視界の上端の更に上で声がした。
さっきまでより穏やかな、よりいつもの調子に近いそれに、弾かれたように顔を上げる。
「そういう事なら、私も望むところです」
目元をぬぐって、にっこりと笑っている。
「どんな結末になろうと最後の一瞬まで、ううん――」
小さく頭を横に振る。
「必ず彼を救い出しましょう!」
差し出された手をしっかりと握り返す。柔らかくて温かくて、心強い握手。
「……ああ!よろしく!」
俺は多分説き伏せてなどいないのだろう。
ただ、俺が今回の作戦に参加した理由を、俺自身が忘れそうだった理由を明かしただけだ。彼女はそれに理解を示してくれただけだ。
「私からも木梨に相談してみます!何とかして作戦中止を考え直してもらいます!」
頼もしい言葉。
ここから再出発だ。
(つづく)
投稿遅くなりまして申し訳ございません。
次回は明日の予定です。




