ビノグラットの恋人23
こういう時にどうするべきかはすぐには思い浮かばないが、すぐにどうするべきか分からない時にするべきことは分かっている。
取りあえず冷静に相手の話を聞く――前のバイト先での客への応対で覚えた事。
「とりあえず、イオは今どこにいる」
「ここは……空地です。『ミルニス荘』という看板のある、五階建の建物の隣です。ついさっきまでその建物を挟んで反対側にいて、そこで別れてしまいました……」
彼女がいるだろう方向に目をやる。
ミルニス荘の看板がかかった五階建てとの事だが、この建物ぐらいの高さならともかく、幸いこの辺りにそんな高さの建物は少ない。探すのは訳なかった。
「ミルニス荘だな?よし、大体の場所は分かった」
その方向を見ながら答える。
恐らく迂回しながら進んだのだろう。大通りからだいぶ離れた、ほとんど川沿いの、別れた分岐からあまり進んでいない辺りだ。
「それで、はぐれた?」
「はい……」
尋ね返した俺に消え入りそうな声が返ってくる。
「何があったんだ?」
「デンチと別れてすぐです。ウルカン人民党側の数人に襲撃を受けて、応戦している間にイコルさんが連れて行かれ、ギュンターさんはそれを探しに行くと言って……。どれほどお止めしても……すいません」
向こうには既に制圧部隊が投入されていたのか、或いは興奮した連中が暴れ回っていたのか。いずれにしても、どうやら俺は運のいい方にいたらしい。
それはともかく、大体の状況は分かった。
「いや、いい。気にしないで」
そう言ったはいいが、イオは自分の責任だと感じているようだった。
まあ、逆の立場だったら俺だって同じように責任を感じるだろう。何しろファントムの所まで案内してもらうのがあの二人に――というかあのギュンターに――同行したそもそもの理由だったのだ。
それが水の泡。例え自分にはどうする事も出来なくとも、それでも一緒にいた以上は無関係だと言い張れるようなメンタルは持ち合わせてはいない。
「それより、イオは大丈夫か?」
そんな俺と同じような考えだろう彼女に、努めて穏やかな声で尋ねてみる。
「はい、私はなんとか……」
「なら次の方針を決めよう。あいつらの事は、まあ……仕方がないさ」
触れない訳にもいかないが、かといって上手い事彼女を傷つけない言い方も思いつかず、次善の策としてあっさりと流すことにした。
「仕方ない……ですか」
悲しそうな視線をこちらに向けるイオ。
正直あまり食いつかれても困るのだが……。
「ああ。もう気にするな」
だが、必ずしもフォローを諦めたのが全てという訳ではない。仕方がないというのは偽らざるところでもある。
俺から見てもギュンターはイコルを大切に思っていた。ロールプレイング――即ち、迫害されるエルフの美女を守る白馬の騎士という役割を気に入っていた、というだけではないように思えるほどには。
そしてそのイコルと共に行動していて、しかし暴漢から彼女を守ることが出来なかったという罪悪感は今ウィンドウの向こうでしょげているイオと同じか、或いはそれより強かっただろう。
どんなに止めても駄目だった――イオの言っている通りならそうなのだろう。その姿は容易に想像がつく。
多分、死体を見るまで、いや見ても納得しない筈だ。そして先程から何度も見てきたように、このゲームで死亡扱いになった者はその場で消滅する。つまり絶対に死体は見つからない。
だから彼は、きっと満足するまで――より正確に言えば客観的な見方を認められるぐらい冷静になるまで、誰に何を言われてもイコルを探し続けるだろう。
――ちょうど、俺が今本来必要ない筈の敵討ちをしてきたように。
「では、これからどうしますか?」
何とか平静を取り戻した――或いはそう装うだけの余裕が出来たのか――イオの声。
「集合場所を変更する。電器屋聖堂隣の鍛冶屋跡の二階だ。俺達だけでそこに行ってファントムを探す」
「電器屋聖堂の隣の鍛冶屋……ですか?」
「ああ。場所は分かるな?フリム門のすぐ近くだ」
言いながら自分の頭の中に地図を広げる。
あの辺りに二階建ての建物はそう多くなかった筈だし、何より鍛冶屋の看板が無人の建物にかかっているのは一軒しかない。
「場所は分かります。ですが……」
「あの二人がいなくても、ファントムの出現場所が決まっている以上俺達だけでも会いに行ける筈だ。そこで落ち合おう」
少し戸惑った様子の了解が返ってきて、通信を終了する。
その釈然としない様子に何か理由があるのかは分からないが、とにかく次の行先は決まった。
そうだ。行き先は決まった。俺達だけでもやるのだ。幸いにも奴の出現場所は奴自身が口にしている。
――だが一体何故俺にそれを教えたのだろう?
「待ち伏せ……?」
頭に浮かんだその答えが声に漏れ、それを頭の中で否定する。
奴はここまで俺達の行動を監視していた。悔しいが俺にはどこに奴がいるのかは分からなかったが、とにかく奴はこちらに気付かれずにこちらの行動を逐一確認し、その上でこちらの行動を先読みするように動いてきた。
――つまり、やろうとすればいつでも出来たのだ。
一々このタイミングを狙わずとも、もっと手を出すチャンスはあっただろう。それをせずに今までやってきたという事は、少なくとも今すぐ俺達を排除しようという考えはない筈だ。
「まあ、やる気ならやってやる」
つい口から漏れた勇ましい言葉はしかし、全くの虚勢でも自己陶酔でもない――いや、後者が全くないと言えば嘘になるかもしれないが。
だが本音であるのもまた事実だ。
俺達は奴を押さえる。奴から井出の情報を聞き出す。
その為にはある程度のリスクは想定の範囲内というものだ。
「行くか」
自分に勢いをつけるようにそう言って、大通りで上がった鬨の声の方をちらりと見ると、独立記念広場の方向から大勢の肉入りが雪崩れ込んでくるところだった。
そんな彼らの頭上を一等のペガサスが透明な地面を蹴るように空を駆けていく。恐らくその真下にいる軍勢の中に召喚士がいるのだろう。
ペガサスはいななきながら空を滑り、時折自らに向けていくつかの屋上から飛んでくるファイアボルトを躱しながらそちらに駆け寄ると、そこに頑張っていたのだろう人民党軍の人間に雷を落として、その貧弱な対空砲火を黙らせていく。
戦闘再開。
混乱は恐らくすぐに広がるだろう。
――そしてこれも恐らくだが、鎮圧されるのもすぐだ。
俺はそこまで見届けると、踵を返してサグやもーやんがでてきた方向に足を向けた。
建物を出て大通りを横切り、そのまま東へ。
スアック地区を抜け、隣接するサリュー地区へ。
案の定、赤文字の肉入り達が慌ただしく走り回ったり怒号が飛び交ったりしている。
「――かつて我らの父祖は偉大であった。
そしてその偉大なる父祖よりこの地と、誇らしき血統を受け継いだ我らは、故にその過ちを正さねばならない。
父祖の残したこの地を、エルフから取り戻さなければならない。
父祖の護ったこの国を、もう一度我らの手に取り戻さなければならない。
父祖の育んだ我らこそが、それを成し遂げなければならない。
我らは戦わなければならない。邪悪なエルフから祖国を取り戻すために。
我らは戦わなければならない。エルフの隷属から解放されるために。
我らは戦わなければならない。再びウルカン人としての誇りを持つために。
エルフは我らを裏切り、虐げ、搾取し続けてきた。
だがその歴史は今日終わる。
我々は立ち上がるのだ。
我々のかつての栄光の為に」
そして彼らの慌てふためいている理由故にスアック地区では流れていなかったこの演説もまた、その重低音を響かせている。
「おい、連中が反撃に出た!お前も一緒に来い!」
「おっしゃ!行こうぜ!」
あちこちでそんなやり取りが繰り返されるのを聞き流しつつ、人がいない路地を縫うようにして進んでいく。まず大丈夫だと思うが、スアックでサラマンダーを始末した奴の生き残りだとばれるとまずい。
その努力が実ってか、一度も怪しまれることなくサリュー地区の一番奥、フリム門方面に向かう橋のたもとまでたどり着いた。
石造りの古いその橋を渡れば、そこから先は中立地帯。
市街地での戦闘がどこまで激化しようと安全なエリアだ。
「デンチ、聞こえますか?」
「イオ?どうした」
橋に第一歩を踏み出したのとその通信は同時だった。
「すいません。市街の戦闘が激化しています。迂回ルートを取るため少し遅くなります。建物の後ろ側から回る形で合流します」
「了解。気を付けてくれよ。鍛冶屋跡の前で待っている」
通信終了。
俺は背後の連中が、俺の正体がその激化の原因であるという事に気付く前に橋を渡りはじめる。
夜の真っ黒な川を一本隔てた門の周りは、対岸とは対照的に暗くひっそりと沈んでいた。
(つづく)
連投終了。
次回は2/10(日)に投稿予定です。
ビノグラット編あと一回か二回ぐらいで終わるはず。終わらせたい。




