ビノグラットの恋人1
インペリアルサーカスとの戦いから数十分後、俺達は砂漠の真ん中を歩いていた。
戦いの終結後すぐに砂嵐は止んだ。PK騒ぎも収まり、ギュンターに掛けられていた疑いも多分晴れた――晴れてなかったとしても、騒いでいた男がまだぶつぶつ言っているうちにそそくさと神殿を後にしたので、最早関係ないのだが。
兎に角、砂漠を南下する。
俺とイオの前をギュンターとイコルが肩を並べて歩く。
一応この砂漠も――神殿に向かう途中にそうしたように――今歩いているただ土をならしただけの街道から逸れればそこらじゅうにモンスターが出現する。
果てしなく続く砂漠と青空がそうは思わせないが、ここはダンジョンだ。
だが、前を行く二人組――敢えてカップルと呼べばそれは、一切そんな様子は見られない。
肩を寄せ合い、内緒話のようにひそひそと二人にだけ分かる様な声で何かを囁き合い、そして笑い合ってまた肩を寄せる。その姿はまさしくカップルの観光客といった感じだ。
そしてそんな風に後ろから見ている俺達については、どうも忘れているような気がしてならない。
「仲良しですね」
一緒にその二人を追いながら、イオが微笑ましいといった様子で呟く。
「ああ、まったく」
答えながらそのこの世で一番幸せですと見せつけているかのようないちゃつきぶりを目で追う。
「……まあ、気は紛れるか」
呟きは音を立てて吹き抜けた風によってかき消され、イオにも聞こえていなかった。
事実、あの二人を見ている分には随分気が楽だ。
――これから行く場所から考えれば随分気楽なものだとも思うが。
勿論ただのゲームと言ってしまえばそこまでだ。死んだところで、最終セーブ地点でリスポーンするだけで、失うものはない。
だが、そこで心が折れられては俺としては困る。
俺があまりいい思い出の無いこの先の町に入るのだって、こいつがファントムに会いに行くからだ。
――これから行く場所の事を忘れていなければいいのだが。
などと思っていたら、件の二人が足を止めた。
「あれは……っ!」
俺達が追い付くと、風で乱れた長い金髪を手で撫でつけながらイコルが道の先を指さす。
砂漠の終わり、それを表す土塁と、そこに向かって伸びているこの街道。
そしてその街道の上に堂々とそびえ立つ巨大な門。
関所だ。だが、王国にもいくつかあるそれとは明らかに規模が違う。ここのそれは最早要塞と呼ぶに等しい規模だ。
ビノグラット。というより旧ウルカン公国領との、かつての国境線に設けられたこの関所。元々は国境警備用の要塞だったものを流用しているのだろうが、その威容は通行は出来るが推奨はしないという無言の圧力を放っているように感じる。
「……帰ってきたのね」
そしてその要塞を遠い目で見つめるイコル。
彼女にとっては危険ではあるが、帰ってこなければならなかった場所。唯一の肉親を残してきた町が、あの先にあるのだ。
「……必ず会おう」
誰も何も言わず、ただじっとその要塞を眺めていた俺達。
その沈黙を破ったのはギュンターだった。
「必ず弟さんに、な?」
「ええ……!!」
二人が決意を新たに歩みだし、俺達も引き続き二人の後を追う。
それはまるで何かの儀式の様だった。
そのやり取りはもしかしたらイコルに端から用意されていたイベントで、ギュンターがそれを真に受けて対応しただけなのかもしれない。
だが、それでもいい。隣で見ている俺に、気を引き締める役目を果たしてくれたのだから。
「行きましょう。デンチ!」
「おう。行こう」
同じように感化されたのか、イオが気合を入れるようにそう告げたのに、内心を隠すように努めていつもと同じ声で答える――なんとなく恥ずかしいような気がした。
それから更に道なり。
遠くに見えていた要塞は、街道のカーブに合わせて右や左に移りながら、徐々にその輪郭を鮮明に、そして大きく目に映るようになってきた。
巨大な要塞。関所はその一部を縦断するようにして設けられており、必然的に要塞の敷地内を通過する事になる。
近づくにつれて関所の煉瓦造りの壁や、その横に立つ監視塔にいる見張りの兵士の武装までよく見えるようになってくる。
そしてぽっかりと向こうが見える距離まで近づいたところで、要塞の守備隊が兼任する関所の番人に当たった。
「ここで止まって」
一人の兵士が門の前に設置された馬防柵の前で俺達を止める。
恐らく詰所になっているのだろう兵士の後ろの掘立小屋から、同じ装備の兵士たちが現れて、俺達の左右に回る。
ちらりと上を見上げると、左右の監視塔の見張りの兵士が、その櫓部分に据え付けられた大型クロスボウの銃把を握っていた。
「四人です。一人はエルフ。彼女の親戚に会いに来ました」
正面の兵士にそう説明したのはギュンターだった。
説明を聞きながら、その兵士の目が俺たち全員に走り、それからイコルに戻ってきた。
「エルフ……ああ、貴方ね。通行許可証を」
「あ、はい。こちらに」
イコルが大切にしまいこんでいたのだろう書簡をその兵士に渡すと、彼はそれを開いて中を確認する。
「少しお待ちを」
そう言って彼は掘立小屋の方に向かっていく。
仲間に確認しているのか、それともその許可証が正確な物か疑っているのか。
数秒後に彼が手に何かを持ちながら戻ってきて、イコルに許可証を返すと、俺達三人にその持ってきた書類を配った。
「お待たせしました。この関所の通行許可証をお渡しします。ビノグラットから出る際に必要となるので失くさないように。それではお気をつけて」
そう言って兵士たちは道を開けてくれた。
通行証をくれた兵士が背後の門番たちに合図を送ると、彼らも道を開けてくれる。
最初の関門は無事突破ということだ。
門をくぐると、左右に高い柵が並ぶ一本道に出る。柵の向こうにそびえ立つ監視塔を見上げると、下の同僚を信頼しているという事か、見張りの兵士たちは相変わらず砂漠を見下ろしている。
「いよいよですね……」
イオの声も心持緊張している気がする。
一本道の終わり、先程くぐった門と同じようなそこを通り抜ける。
この要塞の性格――ビノグラット行きではなく、ビノグラットからの脱出者を警戒しているという事は、先程以上の厳重さが物語っていた。
あちら側は土塁だった壁は、倍近くの高さがある石塁に替わり、要塞の敷地内に櫓を立てていた砂漠側の監視塔に対して、こちらはその石塁の上に煉瓦造りの建物として乗っかっている。
門をくぐった先には反対側以上の兵士が詰めていて、大きな馬防柵が二重に設置されている。
更に設置式のバリケードのような大楯が隙間なく並べられ、まさに最前線の様相を呈している。
この国の厄介な火種を封じ込めるための装備が、この要塞のこちら側に結集しているといっても過言ではない。事実そうなのだから。
エルフのイコルにのみ通行許可証を要求したのも恐らくその一環だろう。なにしろ、この混乱の原因の大部分はエルフにあるのだから。
そしてそのエルフが戦乱の中心地に飛び込むとなれば、警戒して当然だ。
その事はイコルも分かっているらしく、その対処が不服な様子のギュンターをなだめている。
そんな様子で、俺達は旧ウルカン公国領に足を踏み入れた。
エルフの大量流入に起因する経済破綻と、それによる内戦の結果国力が疲弊しきったこの小国は、最後には最早国としての姿を維持できず、最後の君主となったウルカン大公ヴァルドール8世は公国国民を王国の民と対等に扱う事を条件に王国側の併合案を呑んだのだった。
ウルカンの持っていた高い技術力と肥沃な農地はそっくり王国のものとなり、そして今に至る。
その悲劇の小国のかつての首都であり、今では終わらない戦いの続く街ビノグラッド。
要塞を抜け、左右を湿地に挟まれた緩やかな下り坂を降りていくと、はるか向こうにその城壁が浮かび上がっていた。
(つづく)
間隔があいてしまいましたが新章スタートです。
割とターニングポイントな話になる予定なのでちょっと長くなるかも。




