砂塵の園7
「一体、どういう組織ですか」
イオが更に問う。
答えようとして、一瞬迷った。
ちらりと視線を上にあげて、その迷いの原因の方を見ると、こちらの内緒話など興味がないかのごとく、あちらはあちらで微笑みながら親密な内緒話をしていた。
――聞こえたら不安がらせないだろうか。
この男は目の前のエルフを何とかして守ろうとしている。そこにもしそれを狩るかもしれない存在がいると伝えられたら?
イコルがNPCであるという事は分かっている。だが、奴らの狩りにその辺の区別はない。
それどころか、それが有用であると判断すれば、面白がって彼女を利用するだろう。
インペリアルサーカスとはそういう連中だ。ある意味子供っぽいとも、動物的とも言えるだろう。楽しいと思ったら、それをすることへの躊躇など二の次になる。
だが――。
「……デンチ?」
「ああ――」
一瞬の思考。イオの呼びかけが答えを固める。
「インペリアルサーカスってのは、要はPK専門クランだよ。恐らくこの脱出不可能になった神殿で人間狩りをしようってことだろう」
答えたのは普通の、目の前の二人にも聞こえる声だ。
伝えた方がいい。それで対策を取った方が安全だろう。
こいつらにここで死なれては困る。少なくともファントムと接触するまでは無事でいてくれなくては。
そしてその目論みは、早速実を結ぶかどうかの瀬戸際を迎えていた。
「……なんスか?え、マジで?」
「はい。私の聞いた話では、そういう噂が他の避難者たちの間で流れていると」
イオの答えに二人の示した反応は、それぞれ俺のしてほしいそれと、欲しくないそれに別れた。
つまり、怯えと緊張だ。
怯え――イコルがギュンターの陰に隠れるように身を寄せ、金色の瞳が俺とイオを交互に見る。
「そんな……本当なの……?」
「くそっ、何なんだよあいつら!」
そして声を荒げるもう片方は、興奮気味に手を振り回して続ける。
「ここまで追ってきて、まだやろうってのか!?ちくしょう!」
ひとしきり喚くと、納めていた腰のレイピアに再度手をやる。
「いいスよ、やってやろうじゃないっスか!上等っス!」
こっちは大丈夫そうだ――少し落ち着かせてやる必要はあるかもしれないが。
その切っ掛けも兼ねて気になった所を聞いてみる。
「まだやろうってのか……て事は、ここに来る前に何かあったんですか?」
受け答えをするために少し落ち着いたのか、手を得物から離し、自分の意見を整理するように話し始めた。
「……ここに来る前の事っス。俺がイコルを連れてキーロに着いてすぐ、町の酒場で絡まれたんスよ。連中『エルフ派の屑野郎』とか『萌え豚臭いから死ね』だとか騒ぎ始めて……、それで、揚句にイコルに手を出そうとしたから連中の一人とやりあったんス。それで一人やったら、『俺達はインペリアルサーカスだ。絶対に潰すから覚えていろ』とかなんとか騒いで、その場では回線切って逃げやがったんスけど……」
――本物だとしたら、俺の現役時代から随分質が落ちたものだ。
俺も本物に遭遇したことはほとんどないが、伝わってくる話の中の“サーカス団員”は皆無口だ。ただふらりと現れ、いきなり襲いかかって去っていく。間違っても標的に自分の所属を――所属クランは名前と一緒に表示されるとしても――名乗ったりはしないし、ましてやそんな粗末な口げんかを仕掛けるような真似はしなかった。
「成程……」
「やってやるっスよ、イコル、大丈夫だから安心してくれ。あんな奴らただの雑魚だ」
その大事な連れを守るように背中を好きにさせながら、ギュンターは息巻いていた。
そんな彼にイオが口を挟む。
「そのいきですよ。ただ、あまり油断はしない方がいいですね。とりあえず、一度ログアウトして休憩した方がいいでしょう。本当は砂嵐が止むまでそうして、天候が回復し次第出発したいところですが、それがいつになるのかは現状では分かりませんし」
「ログアウト……なんで?」
尋ねたのは俺だ。
油断をしないのとログアウトと、何が関係あるのだろうか。
「随伴型NPCは、随伴対象のパーティーが全員ログアウトすると再度メンバーがログインするまでゲームから離れる性質があります。ギュンターさんが一人で守ってこられたのなら、一度ゲームを離れるのが一番安全な防御策です」
そういう事か。
確かに、その場にいない奴を攻撃する事は出来ない。
「うーん……、それもそうっスね。よし、じゃあ一度離れるっス」
それを受け入れてくれたギュンター。彼から今度は俺にイオの目が移る。彼女の前には彼女のメニュー画面が表示されている。
スマートフォンの待ちうけ風のそれには、大きく現実世界の時間が表示されていた。
「なら、私達も休憩しましょう。もうすぐ13時になりますし、とりあえず1時間休憩して、続きは14時以降でいかがですか?」
13時。9時に始めたと思ったがもう4時間になるのか。
「よし、じゃあそうしよう」
「了解っス。なら俺も14時に」
話は決まった。
俺とイオは、お別れの挨拶――という訳でもないのだろうが、不安が拭いきれない様子のイコルと、それを勇気づけるギュンターとを尻目に図書室を後にする。
「……正直、没入しすぎているように思えます」
廊下を進みながらのイオの呟きは、石造りの空間に少しだけ響いた。
「熱中してもらえるのは嬉しいのですが、あれではまるで……」
「まるで?」
「まるで……、イコルに、AIに恋をしているように見えます。これはあまり健全な兆候ではないのではないでしょうか?」
俺に確認するようにこちらを見上げるその顔は、心配そうに歪んでいた。
恋――確かにそうかもしれない。ただ彼女を目的地まで護衛するというクエストというのにしては、随分と親密な気がしないでもない。
「それって、健全じゃないのか?」
その不安げな彼女に聞き返す――半分答えは分かっている。
当たり前の話だが、これはゲームだ。どんなに上手くできていてもこの世界は現実ではない。当然、イコルも現実には存在しない。それにのめり込み過ぎてしまうのは、確かに健全な姿ではないだろう――これが分かっている半分。
そしてもう半分を俺は彼女にぶつけてみる。
「いくらAIでも好きでいるならいいじゃないか。それだけ楽しんでいるって事だよ」
仕事として淡々と連れて行く。勿論それも一つのやり方だろうが、ゲームの遊び方は人それぞれだ。
儚げな美女を危険から守っての二人旅。現実ではまずできないこれを満喫するのもゲームの楽しみではないか。
「それは、そうなのですが……」
イオも自分で言っていてその辺は分かっているのだろう。何か言おうとして躊躇い、そして少し黙り込む。
そのまま足を進め、俺達は花畑に戻ってきた。
「じゃあ、俺はログアウトを――」
「あっ、はい。お疲れ様でした」
取りあえずこれで午前の部は終わり。そう思ってメニュー画面を呼び出した時、イオがそれを追いかけるように口を開いた。
「――あっ、あの!」
「え?」
「あの、デンチ……、デンチには釈迦に説法かもしれませんが……でも、確認させてください」
躊躇いながら、でも言わなければならないと自分に言い聞かせるように、チラチラと床と花畑の境界線を目で追って一瞬の沈黙。
「……私達はみんなAIです。だから、このゲームの中にしかいられません。だから、いつかお別れしなければいけません。……必ず」
それがどこか自分に言い聞かせるように感じるのは、俺の思い込みだろうか。
「……どうか、その事を忘れないで。デンチには現実の人生があります」
「ああ、分かっている。分かっているよ」
答えながら俺の頭の中にあったのはギュンターの、図書室でよろしくやっている方ではなく井出の方の姿だった。
あいつはもしかしたら――?
「……あっ、ごめんなさい。急に湿っぽい話を。それじゃ、お疲れ様でした。14時まで、ゆっくり休んでください」
「ああ。お疲れ様。またよろしくね」
メニューからゲームを終了。
新しい仮説は、十分にあり得そうだ――同名の人物を見るに。
(つづく)
イオ?いいかい?三次は惨事なんだよ
は、まあ置いといて
それでは、また明日。




