砂塵の園8
慣れ親しんだゲーム世界からメインメニューの画面に切り替わると、ほぼ同時に軽い電子音と共に右上にメッセージが表示された。
≪着信 木梨一貴≫
木梨さんからの通信だ。
ゲーム中に何度かイオを経由して通話していたが、本来はこうしてオンライン状態にある他のプレーヤーとの通信に使われる機能だ。
「……はい」
「お疲れ様です。木梨です」
ゲーム中と同様にウィンドウが表示され、その中に現れる木梨さん。状況としてはエストブールの時と同じ。
「お疲れ様です」
その画面の中に向かって返事をする――同時に頭が動くのは癖だ。
「お疲れ様です。十川様。イオの別れ際の態度にご不満等はございませんでしたでしょうか」
「不満……ですか?」
質問の意味が分からず聞き返した俺に木梨さんは続ける。
「はい。最後に発したメッセージは彼女に搭載されております没入阻止プログラムによるものです」
「没入阻止?」
耳慣れない単語を聞き返した俺に、木梨さんはより詳しく語ってくれた。
「今回のような事例を未然に防ぐために設定された機能です。本来はプレーヤーに対してそれとなく警告するものなのですが、未だ試験段階のため、もしご無礼がありましたらお詫びをと」
ああ、そういう事か。
それなら思った通りを伝えておこう。
「いえ、気にはしておりませんよ」
本当を言うと俺より必要なのはギュンターの方だと思うのだが、流石に他人の行動に口を突っ込むのはあまり褒められたことではないだろう。
「そうですか。ありがとうございます」
「いえいえ。それで、その件についてなのですが……」
そしてそのイオの台詞が示してくれた可能性について、ちょうどいいので彼の意見を聞いてみることにした。
「あいつ、つまり井出の奴が、ゲーム内の誰かを好きになっているって事はありませんかね」
木梨さんの目つきが一瞬鋭くなる。
「と、仰いますと?」
先程とは逆に、俺が説明を求められる。
「はい。先程まで接触を取っていた別のギュンターですが、彼はイコルという名の随伴型AIに好意を抱いていました。なんというか、その……、ただの護衛対象という以上のものを抱いているようにも……」
そこで一拍置く。木梨さんはウィンドウの向こうで深く考え込んでいる。
「確かに、十分にあり得る話だと思います」
それからほどなくして、彼はそう返してきた。
「ただ、その対象が何者なのかは分かりませんが……」
「そうですね……」
それがもし分かるのなら、奴の行動をある程度先読みするか、或いは行動範囲を特定することぐらいは出来るかもしれない。
「よし、では、こちらでも何とかして彼の行動や、同行している人物がいるのかどうかを調べられないかやってみます」
「よろしくお願いします」
調査を申し出てくれた木梨さんの、その表情は複雑だった。
そりゃあそうだろう。これを没入と呼ばずして何と呼ぶのだ。
ともあれ、通信終了。最早被っている事すら意識から弾かれるほどの長時間つけていた気がするヴァルター2000を外すと、髪の毛の中に風が通る感覚を覚える。
「ふぅ……」
プレー時の定位置=ベッドの上にごろりと再度横になる。
先程まで背中があったためかなり熱くなっているが、まあ仕方ない。
長時間プレーした直後に特有の気怠さを全身で味わいながら、ぼうっと天井を見つめ続ける。
「没入阻止……」
先程の話で出てきたワードを再度口の中に転がすと、エアコンの音の他に何もなかった室内に俺の声が響いていた。
それから頭に浮かぶ、グンローゲームズを訪れた際の木梨さんの言葉――技術力がありすぎるが故の皮肉。
プレーヤー随伴型インターフェース――イオは俺にそう名乗った。つまり、ゆくゆくは彼女がゲーム内に登場する可能性もあるという訳だ。
これまでの彼女とのやり取りはごく自然で滑らかで、そう言われなければAIだとは到底思えないようなレベルに達している。
そんな彼女に、そこまで作り込んだ彼女に先程の台詞を吐かせる違和感。
ゲーム作りというのも大変なのだろう。誰もがはまってくれるゲームでなければ売れないが、同時に没入しすぎると今回のような事態を引き起こしかねない。
適度にはまってもらうために、その過熱を自分たちの開発したAIに諌めさせて調整する――ログイン時に表示される警告文ももしかしたらその一環なのかもしれない。
そんな事を考えながら体を起こす。動いていなくとも不思議と腹が減るものだ。
今やこの家の中で唯一エアコンの恩恵にあずかっている我が部屋を一歩出ると、むわっとした熱気が充満していた。
その熱気を堪えながら下へ。しんと静まり返った台所に足を運び、食べ物を探す――前に壁にかかっているエアコンのリモコンに手を伸ばす。
正直今年の夏は室内でもこうするより他にない。冷気に制圧された環境でなければまともな生活を送れるかどうかすら怪しいレベルに暑い。
助走運転の時間がもどかしいが、確実に来る冷気の前兆と考えて耐え、窓の外から聞こえてくる暑さに拍車をかける蝉の声をかき消すようにテレビをつける。
「――はい、本日の特集は今大変問題となっておりますVR廃人についてお話を伺っていきたいと思います」
「お越しいただいたのは新東亜実践大学客員教授でいらっしゃいます林浩昭先生です。先生はVRゲームの危険性を小児教育の観点から指摘され、著書『VRという毒』は発売から一か月で一万部を――」
流れてきたのは昼のワイドショー。
喧しい声のタレント司会者と、その相方を務めている女子アナがなにやら俺にとってタイムリーな特集のゲストを紹介していた。
林浩昭――ネットなんかで何度か見た名前。確かトンデモ学説の似非専門家として。
「先生、本日はよろしくお願いいたします」
「はい。よろしくお願いいたします」
テレビの中のやり取りを尻目に物色。
缶詰やら粉末の中華スープやらの中に混じっておかれていたインスタントのうどんを一玉発見した。簡単にこれで済ませよう。
雪平に水を張って火にかける。ガス台と換気扇とで冷房の効果を無駄にしてしまうかもしれないが、まあ仕方ない。
その間にもテレビでは似非学者がご自慢の珍説を滔々と語っていた。
「――まず簡単に申し上げますとですね、流通しているVRゲーム機は強力な電波を使用している人間の頭に向かって照射しているという点があります。ゲーム内でアバターと呼ばれる、その自分のキャラクターですが、これを動かすためには脳の命令をゲーム内に反映しないといけません。それで、脳からの命令をより確実に読み取るために頭蓋骨越しにでも透過する電波を照射して脳波を読み取っている訳です」
思わず口元が歪む――苦笑いの用例に使えそうなほどの苦笑い。
電波照射式のVRゲーム機など、今時一部のマニアしか持っていないし、コレクターアイテムではなく実際に使用している者などほんの数人だろう。
ごく初期のモデルには確かにそういう代物もあったらしいが、故障やエラーが多かったそうだ。家庭用に普及してすぐ、より確実で消費電力の少ないACMSという方式に切り替わり、現在普及しているのはほぼ100%それを採用したものだ。
「――このACMSという部品から電波を照射している訳ですね。この部分はゲームを動かす上で必須のパーツですから、ゲームをやれば必ずこの現象は発生する訳です」
珍説が止まらない。いや、最早出鱈目と言ってもいいだろう。
ACMS――Allegory Capture Manipulate System(神経キャプチャー操縦システム)とは、使用者の脳や脊髄の神経を流れている電気信号をセンサーで読み取り、それをゲーム機が解析してMASに送ることでゲーム内でのアバターの動作に反映している。
――ヴァルター2000の取説に書いてあるレベルの事だが。
このセンサー自体、元々は義手や義足での使用を目的に開発されていたのだという。新たに開発された特殊合金の特性により電波を照射するようなことをせず、センサーを押し当てるだけで脳の指令を読み取れる画期的な技術として、発表当時もてはやされたのだ。
――大して賢くない大学生がちょっと調べただけでわかるぐらい有名な話だが。
多分、このおっさんは何も調べていないのだろう。この時間のワイドショーなんて普段は主婦層しか見ていない筈だ。いくら簡単に分かるとはいえ、そこらのおばちゃんがそんな事を一々調べるとも思えない――未だにテレビの予約が出来ない母親を見るに。
そういう主婦層相手なら、これで十分なのだろう。
沸騰するまでの間、ガス台の横に立ったままぼけっと、その珍説先生を眺めながら、頭の中には木梨さんやイオの顔が浮かんでいた。
「……楽な仕事だよな」
思わず口を突いた自分の声があまりに芝居がかっていて、思わず――誰も見てはいないのだが――照れ笑いが出る。
片や碌に調べもせずに適当をのたまい、それでテレビに出て宣伝してもらえて本が売れる。
片やその適当な仕事で広まる風評から身を守るために躍起になって対策に対策を重ねる。
そしてそれらの事情が重なり、本当に対処が必要な人間にはこそこそ隠れるようにしかそれをすることが出来ない。
一握りの楽できる奴だけがとことん楽をする――ひどい話だ。
(つづく)
投稿大変遅くなってしまい申し訳ございません。
次回は9/28(金)に投稿予定です。




