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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
砂塵の園
34/103

砂塵の園3

 ゲートを越え、その景色の中に足を踏み出す。

 ここから先は砂漠地帯。砂と空以外に見えるものと言えば、恐らく今頃クオが差し掛かっているだろう山脈と、西の果てに見える背の高い林。どちらもゆらゆらと蜃気楼のように揺れていて、一年中快適な気温の――悪く言えば季節感の無い――この世界において、ここだけは今の季節に相応しい光景と言えた。心なしか日差しもさっきまでより強くなったような気がする。


 ただ湿気がまるでない分不快感はない。サウナの中にいるような日本の街中の夏に比べれば余程過ごしやすいかもしれない――砂漠の方が街より過ごしやすいというのもおかしな話だが。


 そんな事をぼんやり考えながら、地形に沿って蛇行している街道を歩き続ける。

 エストブールの近くではまだ舗装された石畳だったこの道も、いつの間にかただ砂利を敷き、踏み固めただけのような代物に替わっている。

 ここも一応環状街道の一部なのだが、頻繁な起伏とこの砂利道のお蔭で馬車での移動には少し骨となる。

 以前あまりにもガタガタ揺れて、初めてVR世界で乗り物酔いのような症状が出た時にそれを思い知った。


 「……」

 「……」

 俺達は何も口にしないで歩き続けた。

 何も喧嘩をしている訳ではない。ただ、この景色と言うか、環境の中ではなんとなくのんびり喋りながら――という気にはならない。

 時折砂丘の尾根の辺りに転がっている大型の四足と思われる動物の骨やら、道端に生えている徘徊者ぐらいありそうな巨大なサボテンという、ベタだが雰囲気のあるそれらが、その雰囲気に拍車をかける。

 静かで、広々としていて、時折吹き抜ける風が砂を顔に吹き付けていく以外には何もない。歩きながら眠れるような世界で、ただ足だけが歩き続けていた。


 「うっ!?ぺっ!」

 本当に寝そうになるその静寂を破ったのはイオだった。

 理由は簡単だ。うねうねと蛇行した道が二つの小さな砂丘――というより砂が盛り上がった丘のちょうど谷間を抜けるまさにその瞬間、風が道の向こうから吹いてきた。

 「大丈夫か?」

 「うぅ……砂食べました」

 口の中に違和感があるのか、もごもごと動かしながら予想通りの答えを返してくる。


 ――本人には悪いが目覚ましにはなった。


 「砂の味まで再現しなくてもいいのに……」

 口を拭いながらの呟きに思わず吹き出す。

 リアルと言えばこの上なくリアルな仕様だが、確かに自分がなったら同じ事を思うだろう。

 「というか、砂の味知っているのか?」

 吹き出しただけではアレな気がして尋ねてみる。

 AIであるはずの彼女にそんな情報まで入力しているのだろうか。

 そんなちょっとした疑問は質問しながら頭に浮かんできた。


 「ええ、もっとも私の本体が砂に埋まったという訳ではなく、一応自然界の物質について人間の五感が感じ得るリアクションは可能なように情報は入力されています」

 まだ違和感があるのか、飴をそうするように舌を口の中で転がしながらそう教えてくれた。人間らしさの追求――という事なのだろうが、中々に凄いこだわりようだ。

 「随分こだわっているんだな」

 「ええ。人間と寸分違わないAIにするというのが、私達PCAIのコンセプトですから。より正確に言えば私やクオのベースとなった先代の設計思想が、ですが」

 PCAIについてはグンローゲームズを訪れた際に木梨さんから簡単に説明してもらったが、先代がいたというのは初耳だ。


 「先代は2年前に実地試験までこぎつけたものの、そこで判明した技術的問題や諸々の都合により開発中止となりましたが、その技術や設計思想自体は私達に引き継がれました」

 「もしかして、その先代って……?」

 最後まで言わなくても質問の意図をくみ取ったのか、イオは少し恥ずかしそうに――でもどこか誇らしげに――こくんと頷いた。


 「はい。木梨が設計を行いました」

 ――凄いなあの人。

 正直な所AIが動かしていると言われなければ、イオやクオの正体を推測する事はほぼ不可能な程、彼女達の言動は人間と同じだ。

 俺にはAIの作り方なんて全く分からないが、その技術が決して簡単ではないのだろうということぐらいはなんとなく分かる。


 「……凄いな、木梨さん」

 「えへへ。ありがとうございます。本人が聞いたら喜ぶと思います」

 そう言って、イオは屈託なく笑った。

 家族を褒められるというのは恥ずかしいというのはあるが、どこか誇らしいところまで再現されている――という事だろうか。だとしたら変態的とさえ言えるこだわりぶりだ。


 「あ、デンチ。あれは何ですか?」

 谷間を抜け、永遠に続くかのような道の先と、そこから少し外れた所にある白い屋根の建物とが見えた時、イオがその更に奥。さっきまで山脈が見えていた方を指さした。


 さっきまで山脈が見えていた方を、つまり、今は見えていない方を。


 山脈は、その頂の辺りを所々白く染められた暗緑色の山々は、今は濁った茶色の(もや)になっていた。

 山々に替わって現れたその茶色の靄は、モザイク処理がされているかのようにゆらゆらと実態がつかめず、それでも確実に存在している事がなんとなく分かる。


 「まずいな……」

 俺はそちらから目を離さずに呟いた。

 「砂嵐だ」

 砂漠地帯において一定確率で発生する砂嵐。このゲームでは、吹雪と並んで最悪の自然現象だ。

 巻き込まれれば当然視界はゼロになる上に、かなり重いスリップダメージが発生し、数分で死に至る事も十分にあり得る。

 その上、ファントムが使用している可能性のある伝令の白銀板などの遠距離での通信が全て不通になるという事もあり、巻き込まれればまず脱出は不可能だ。


 「急ごう。とにかくどこか――」

 言いながら頭の中に浮かんだ二つの案を検討する。


 甲案:一度引き返してエストブールに避難する。

 乙案:砂嵐と俺達の間にある白い屋根の建物=火神の神殿まで駆け込む。


 記憶の中からこの辺りの地図を――と言っても砂漠なのであくまで街道沿いのだが――引っ張り出して考える。距離は甲乙ほぼ一緒。正確に言えば街道を進んだ場合は。


 「どうしますか?」

 「――よし、あっちだ。あの白い屋根の建物に向かおう」

 一瞬の思案の後、乙案採用を伝える。

 「街道を外れて直線ですすむ。戦闘になったらすべて逃げる」

 「了解です!」

 乙案を採った理由の一つがこれだ。

 神殿までの街道は、これまでと同じかそれ以上に蛇行して進む。ここを全て直線で進むことが出来れば、道なりに進むよりもかなり時間が短縮できる。

 だが街道を外れるということは、モンスターとのエンカウントによって時間を取られる可能性があるということだ。


 「なら行くぞ!走れ!」

 叫びながら砂漠の中への一歩目を踏み出す。

 ザッ、と音を立てて足が沈みこむが、構わず二歩目を踏み出し、目の前の緩やかな上り坂を駆けあがっていく。後ろを見る事は出来ないが、イオの目には多分砂をまき上げている俺の足が見えているだろう。

 先程通り抜けた砂丘よりだいぶ低いその上り坂はすぐに下りに変わり、同時に目の前に電話ボックスぐらいの砂の柱が隆起してきた。


 「来たぞ!逃げろ!」

 振り返らずに叫び、少し距離を取ってその柱の横をすり抜ける。

 丁度視線の外に柱が見切れる直前、削り落とされるように消えていくその柱の中から周囲の砂と同色の石を組み上げた大人一人分ぐらいの大きさの人形が姿を現した。

 デザートゴーレム。この辺りに出現する雑魚モンスター。

 同じゴーレム種でもロトンゴーレムとは比べるべくもない雑魚モンスターではあるが、一々相手にしている時間はない。


 目指す火神の神殿は北、つまり砂嵐の方向にあるため、必然的に砂嵐に向かっていくことになる。

 当然ながら、無駄にできる時間は一切ない。


 「オオオ……」

 砂を巻き上げる足音に混じって、背後からゴーレム種特有の声が聞こえてくる。

 「イオ!躱せたか!?」

 「はい!大丈夫です!進んでください!」

 言われた通りに坂を駆け下りる。

 十分に勢いがのったところで水平になった地面から鳴き声。

 同時に正面少し前に先程よりも小さい砂の柱――というより突起が二か所。

 それを認識した瞬間には既にそれを割って、万歳のような姿勢で腹を見せながら飛び出してきた牛ぐらいの大きさのサソリ――ヘルスコーピオンがその茶褐色の体の中で一際光る赤い目をこちらに向けてきていた。


 勿論、戦っている場合ではない。

 幸い二体の間には十分な隙間がある。その上、恐らくイオに反応したのだろう。右側の個体は何本もの足をせわしなく動かして向きを変え、俺の背後に狙いを定めている。

 「どけっ!」

 叫びながら隙間へ。左の個体が右手のハサミを大きくテイクバックしたのに合わせて駆け抜ける。

 ヘルスコーピオンを躱し、走り出してから初めて振り向いてみると、丁度イオが突進してきたもう一体をあしらい、その頭を踏み台にして飛び越える瞬間だった。

 俺を狙っていた筈のもう一体は、新たに現れたそちらに狙いを変えるべきか、それとも今のがした奴を追いかけるべきか決めかねている様子――二兎追う者はなんとやら。イオはあっさり抜き去った。


 そのまま肩を並べて走り抜ける。

 神殿の大きな石を組み上げて造られた正面入り口が見えてくる頃には、迫ってくる茶色の靄は茶色の壁に替わり、唸りを上げて吹き付ける風に混じって叩きつけられる砂は、既に目視できる量になっていた。


 「すいません。避難させてください!」

 「おお旅の方、さあ中へどうぞ」

 既に周囲の景色がうっすら茶色になり始めた時に辿り着いた門の前で神官と言葉を交わし、神殿の奥に案内される。

 何とかギリギリで間に合った。


 石造りの門の奥は、これまた石造りの廊下が奥に伸びていて、砂嵐の轟音はほとんど聞こえなくなっていた。

 「さて、当神殿は皆様の善意と火神シルトのご加護によって成り立っております。庇護を受けられる方にもご寄付を賜っておりますがよろしいですかな?」

 「はい」

 答えると同時にインベントリが開かれ、自動的に所持金から寄付が消える。

 額は二人で10クレーズ。非常に良心的な神殿だ。

(つづく)

ようやく章タイトル通りになりました。


それでは、また明日。

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