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サルベージ・ゲーム  作者: 九木圭人
砂塵の園
32/103

砂塵の園1

 それから少しして、俺達は城の裏手の坂を下っていた。

 全員、表情はこわばっている。

 強敵の撃破、予期せぬアクシデントに対処しての脱出。テンションの上がるはずの、笑顔になるはずのそれは、最後にもたらされた結果によって帳消しになった。


 街道に合流したあとは、ただ道なりに進む。

 城に入る前に見た看板にも書かれていたキィベル峠は、もう目と鼻の先だ。

 街道は峠に近づくにつれ蛇行し、その度に眼下に民家の屋根と、立ち昇る白い煙が目につくようになってきた。


 その正体=峠の真下にある町エストブール。王国中部における交通の要衝となっている交易の町。

 俺達が今緩やかに下っているこの東からの道、山脈を越えて北方に出る北への道と、山地を大きく迂回し、レーゲル川の河口を通ってケーニスに至る南の道、そして中央砂漠に通じている西の道が交差する十字路の町だ。

 中部環状街道と呼ばれる、半島の南北を繋いでいるこれらの道が全て集まっているこの交差点を中心に栄えた町は、当然ながらNPCも肉入りも大勢いる一大拠点になっている。


 ――普通ならダンジョンを突破しての賑やかな町となれば気持ちも浮くものなのだが。


 「……ファントムとは、いったい何者なのでしょう?」

 イオが静かにそう呟いたのは、それがかき消されてしまうぐらい人の行き来が盛んなその町の西側のゲートを越えたあたりだった。

 「さて……」

 何か答えよう。そう思って口を開いた俺だったが、すぐには適当な言葉が思いつかなかった。


 『あらたく』氏と別れた後、イオはすぐに戻ってきた。

 鐘楼の上にも人影はなかったと告げた彼女は、すぐに俺の表情から何もなかったわけではないと理解してくれた。

 訳を話し、それから呼び戻したクオにも同じ話を伝える。


 二人の結論=奴はケーニスから俺達を監視していた。


 当然と言うべきか、結論は俺が出したものと同じだった。

 あの時あの酒場『酔いどれ案山子亭』に何人客がいて、そのうち何人が肉入りだったのかは覚えていない。閑散としていたと思うので大した人数ではなかったか、或いは俺達しかいなかったはずだが、正確な所は分からない。意識していないことなどそんなものだ。


 「……あそこに本当にいたのかな」

 「通信ですか?」

 頭の中でこんがらがっている情報――より正確に言えば感情――を整理するために口に出すと、今度はクオがその可能性を口にした。

 奴があそこにいたか、或いはあの後あそこに寄って、俺達の情報をあそこのNPCから得たかしていたとして、それから馬車を飛ばしてこのエストブールを駆け抜け、中央砂漠を抜けてキーロに行ってからギルドに行き、そこで適当な人間に依頼する。

 鐘楼で話を聞いた時考えたように、確かに出来なくはない。余程早く馬車を飛ばせば可能だろう。

 だがだとするとあまりにも行き当たりばったりな感がある。もし俺達が不運にも遭わずにあっさり攻略していたら――?

 いや、まあその場合はしばらく鐘楼で頑張ることになっただろうが、奴にその辺の事情は分からない筈だ。


 そこで出てくるのが通信という可能性だ。

 ファンタジー世界に似つかわしくない言葉だが、公式でも使っているスラングなのでクオにも通じる。

 正確には『伝令の白銀板』というアイテムだ。これを使えば離れたところにいる相手にも定型文ではあるもののメッセージを送る事が出来る。

 受け手も同じアイテムを所持していないといけない為誰にでもという訳ではないが、これを使えばかなり時間的余裕が生まれる。


 つまり、ケーニスで俺達の情報を掴み、それからキーロにいる――あらたく氏が奴の仲間である可能性を含めて――仲間に連絡して、それから俺達の元に向かう。という方法も可能だ。


 そしてその場合、ファントムは複数存在することになる。


 当然、そこに気付かないクオではない。

 「通信を使ったという事になれば、最低でも一人はファントムの味方がいることになります。今回デンチとイオがケーニスに来たのは、イオが今朝提案したからだと伺っていますが?」

 「ああ、そうだね」

 恐らく自身の記憶の中と事実が噛みあったのだろう。クオは小さな顎に手を当てて少し黙る。

 一拍の沈黙が嫌に長く感じた時、クオが再度沈黙を破った。

 「だとすれば、偶然ケーニスに監視を置いて、そこにたまたま二人が現れ、たまたまその情報を得たというのはあまりに出来過ぎています――」

 その仮説が言わんとしている事に気付いたのは、俺より隣のイオの方が早かった。

 「つまり、それなり以上の組織で動いている……という事ですか?」

 「可能性は十分」

 どうやら、とんでもなく厄介なことになりつつあるのかもしれない。


 「……参ったな」

 思わず口をついたのは、正直な感想だった。

 もっと単純に、井出を探し出して連れ戻すだけだと思っていたのだが。


 ――まあ、仕方ない。一度受けると言ってしまった以上投げ出す訳にもいかない。


 「――あっ、ちょっと待ってください!」

 不意に纏まらない考えを打ち切ったのはイオの一言だった。

 彼女はイヤホンをそうするように自分の左耳の穴を指で押さえていた。

 「デンチ、木梨より先程のセランティアの件で報告です。今出られますか?」

 木梨さんに伝えておいてもらった徘徊者の件だろう。もう答えが出たのだろうか。

 「ああ、繋いでくれ」

 答えるや否や、俺の眼前にスマートフォンぐらいの大きさのウィンドウが開いた。


 「あっ、お疲れ様です」

 その画面の向こうに木梨さんと小川さん。思わず画面に頭を下げると、返ってきたのは明らかに会釈ではない深々とした角度の一礼――前のバイト先で習った謝罪の角度。

 それから木梨さんが切り出す。

 「恐れ入ります。先程のセランティア城での、未実装モンスターとの遭遇の件についてご報告いたします」


 その態度は初めて会った時より更に畏まっていて、お辞儀の角度も相まってあまりよくない報告なのだろうという事はなんとなく分かった。

 そしてその事を示すように、木梨さんと小川さんが改めて頭を下げる。

 面食らう俺に口を開いたのは小川さんだった。

 「今回の事態は弊社内の手違いによって発生したものと判明いたしました。大変ご迷惑をおかけいたしまして誠に申し訳ございません。詳細について木梨より報告させて頂きます」


 言われて木梨さんが引き継ぐ。

 「先程担当部署に確認いたしましたところ、弊社で同時並行して行われておりました他のPCAI搭載機の試験と取り違えが発生していたことが判明しました」

 「取り違え……ですか?」

 尋ね返した俺に、小さくなってしまった木梨さんは続ける。

 「はい。実は本日、イオとクオとは別のPCAI搭載機についてテストプレーヤーに随伴し、戦闘を行い、その際に発生しうる状況への対応をテストが行われておりました。このテストでは新規モンスターの先行実装テストも兼ねたものでしたが、何分今回の案件が、性質上弊社内では私と小川以外には表に出来ない状態でして。試験のスタッフに対して連絡を取れず、発見が遅くなったものです」


 そういうことか。

 今回の井出救出作戦は関係者が少なければ少ないほどいい。当然、社内の人間すら警戒しなければいけないのだろう。


 「既に当該スタッフには取り違えが発生している事を伝え、またこちらでの活動については架空の試験を伝えてあります。ですので、今後はこういった事態は再発しないものと……」

 となれば、そういう事態があってもおかしくはない。

 「分かりました。そういう事でしたら」

 そういう理解も無論あるが、むしろ恐縮して頭を下げ続けている木梨さんに何故だかこちらが申し訳なく思えてきてしまっているのが大きかった。


 「こちらは無事ですし、作戦は続行します」

 俺のその答えに、木梨さんはほっとしたようだった。

 「そうですか。そう言って頂けると幸いです」

 そう言って頂けると幸い――社交辞令だろうが、もしかしたら本当に俺がこれで打ち切ると言い出すと思っていたのかもしれない。

 だが、それはいらない心配だ。あの病室の、井出家の有様を見ていれば。


 俺はやらなければならない。あれを見て「やっぱり辞めます」はどうしても言えない。


 「……それでしたら、もう一つお伝えしたいことがございます」

 「えっ?」

 申し訳なさそうに木梨さんがそう切り出し、思わず俺は聞き返した。

 まさかまだ何か問題があるんじゃないだろうな――そんな底意地の悪い言葉が一瞬頭をよぎる。


 だが、幸いにそこまで悪い事ばかり続くものでもないらしい。

 「今回の取り違えの件について事実確認を行った際、本来の試験を行う弊社テストプレーヤーから、北方の港町スカーファローにて、鉄仮面にローブ姿のファントムと接触したという証言が得られました」


 新たな情報。スカーファローへは今いる道をまっすぐ道なりだ。

(つづく)

新章突入。

タイトルの割に砂漠いくのはもう少し先です。


それでは、また明日。

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