後日談 マークの戯言日和
……やあ。読者の皆さん。
僕はマークです。
僕の愛する妹マルシアがフィニオンのエニストル王国で過ごした日々を切り取ったお話はお楽しみいただけましたか?ああ、イルフェリアのナフテルの森に転生したところまではご紹介したかと思います。読んでない方は読んでからいらしてくださいね。
さて。
僕は、マルシアには竜神の化身と言いましたが……あれはフィニオンのエニストル王国においてマルシアが無理なく馴染む為に僕が手を加えた情報です。
マルシアは竜神の化身なんかじゃあありません。
ええ、御察しの通り、竜神そのものです。
皆さんのお住いの世界からは僕らの世界が読み物の世界として見えているかと思います。
僕らの世界はたくさんの膜宇宙によるたくさんの世界の重ね合わせです。フィニオンだとか、イルフェリアだとか、テレストラだとかはそれぞれの世界を認識できる者達、超越者やら大魔導士やらがつけた世界の分類名です。
ああ、もちろんその世界に住んでいる一般的な人々がその世界の名前を知っていることは少ないですよ。皆さんもご自身のお住いの星はお分かりですが、お住いの世界の名前はご存知ない……ですよね?
竜神というのは。
この「世界」を滅ぼすための鏖殺執行装置です。
ウィストリアという世界の話を僕がマルシアにしたことは覚えておりますでしょうか。ええ、そうです、マルシアが滅ぼした、テレストラの前に僕たちが住んでいた世界です。
まあこれがひどいところでして。
マルシアに言った「サイレス公爵家」なんて嘘八百……と言うわけでもないのが悲しいところで、まあ間違いなく生まれはサイレス公爵家だったんですよ。
僕らがまだ幼い頃に無実の罪……というか、ミアル王国の王家の気まぐれで取り潰されたんですけどね。公爵家での生みの親は当然のように殺され、僕らは幼かったからか市井に放り投げられました。
なんとか養い親を見つけて拾ってもらったはいいものの、養い親に代わる代わる打たれたり、その養い親がゴロツキに殺されたり、住む家を追い出されたりで、まあその日食べるご飯にも困る有様でしたが……それでも二人で力を合わせてほそぼそ暮らしておりました。
ある日……まあマルシアと僕の誕生日だったのですが、僕はマルシアに贈り物をしようとしてなんとか工面したお金でマルシアに髪を結ぶリボンを買ったんですよ。
帰宅してドアを開けたら待ってたのは王国軍の皆様でね。
まあ上手にマルシアをとっ捕まえてるもんで。あ、皮肉ですよ。んで僕の帰りを待ってたんですよ。僕の前でマルシアに酷いことをして、僕とマルシアをいっぺんに苦しめて遊ぼうって算段だったわけですね。
んでね。マルシアがね、絶望した顔で言うんですよ。
「もういやだ」
って。
生きてるだけでこんなにされる謂れはない。最愛の両親は奪われた。打たれはしたが養ってくれていたあの血の繋がらぬ養い親も奪われた。血の滲むほど働いても、血反吐を吐くほど働いても金はない。金はないのに飯は高いから全く腹も膨れない。夜にはゴロツキが気の向いた家に襲撃しに来るから、代わり番こで寝なければ夜も落ち着いて寝られない。世も末もいいとこです。まあ僕的にはマルシアの寝間着姿が可愛かったので、代わり番この睡眠はこれはこれで楽しかったものですが。
ああ、そう、マルシアが竜神にとして目覚めた時の話でしたよね。
……んでね、僕はそんなマルシアの苦しみを共に味わってきてたもんですからね。
「いいよ、マルシア。偉大なる竜神よ。もう、全部終わりにしよう」
って言いました。
偉大なる竜神。マルシアが最初の母から継いだ力です。マルシアはもう、覚えちゃいないでしょうけど。
最初の母と父は仲の良い夫婦でした。僕らと同じように、一緒に同じ世界に転生を繰り返して生きていました。父が転生先を考えたり、全ての記憶を保持していたそうなので、同じことができる僕は間違いなく父の力を継いだと言えるでしょう。
二人の力を継いだ双子の僕らは、僕らの親を最期の転生先に選んだ二人を見送って、同じように各世界を回って楽しくやっておりました。まあ、勿論このウィストリアみたいなクソほど酷い世界も時々ありましたけどね。「存在」のヤツが作りっぱなしで管理しないのがいけないんですよ本当に。
マルシアを絶望させる世界なんて、いらないなと僕は思うんですね。
だから僕は、マルシアに「いいよ」って言いました。
マルシアの中の、世界を亡す竜神の力を解き放つ言葉を言いました。
「偉大なる竜神よ、もう全て終わりにしよう」と。
マルシアは笑って言いました。
「マークだけは、大好きだったよ」
って。
それが、ヒトの形をした彼女の最後の言葉でした。
国を滅ぼし、惑星を滅ぼし、恒星を滅ぼし……銀河を滅ぼし、宇宙を滅ぼして、ようやく黒き竜神は死にました。
一度竜神として目覚めると、ひとつの世界、その膜宇宙の全部を滅ぼさないと死ねないマルシア。「存在」にそうあれかしと望まれたから。本当は、無害なものを諸共滅ぼさなければならない苦しみに耐えきれない、とても優しいマルシア。
そんな僕は声と、魔法をかけました。
「愛しいマルシア。全て忘れて、また目覚めよう」
まあ、この時点で次はテレストラと決めてました。ニホン国あたりがいい、と。よっぽどうっかりしたところに転生しなければ、マルシアの心は穏やかでいられるはずだって。二人で同じ胎から生まれられなくても、そこまで悪いところじゃないはずだから少しは穏やかに暮らせるでしょ、って思いまして。
いや、大人になってやっと会えたと思ったら歩道に突っ込んできた飲酒運転のトラックに轢かれて、二人して突然死ぬなんて思ってませんでしたけど。ほんと世の中クソだなと思いました。
だもんで、僕はまたさくっと転生先を決めました。
行き先はフィニオンのエニストル王国。
マルシアの記憶の中に、「まじぇすてぃか♡らぶ!」の情報があって……「存在」がそれをまるっきり真似た新しい世界を作ったところでしたし、マルシアの知識としても都合がよかったので。シュガー編のライバルとビター編の主人公がちょうど同じ親から生まれますので、その枠に二人とも入らせていただきました。
ああ、ちなみに一緒にトラックに轢かれたお嬢さんも同じゲームの記憶を持ってたのでお詫びとしてついでに連れて行きました。シュガー編主人公の枠に放り込んだので不幸にはならないと思いましたが、まさかあんな感じになるとは。とても好きな展開でした。
まあ、後の話はマルシアの当時の気持ちを綴った話をすでにご覧になっていらっしゃると思うので。特に特筆すべきことはありませんよ。
……僕はマルシアを守り続けるだけです。
両親のように、納得できる最期を迎える時まで。
———え?「『存在』って誰?」ですって?
ははは。ご想像にお任せします。