8話 魔法なる力
新暦1338年 ガレリア大陸 カルティア王国 ファウスタイン侯爵領 パイオニル村
「おほん、いい?トキ。魔力を放出するときは明確に、はっきりと頭の中で発動させる魔法のイメージを思い描きなさい。気の毒な子になりたくないなら、お母さんの言うことを聞くことね」
「はい……」
(気の毒ってそんなイタイ子じゃないしたまたまそんなカンジかなってちょっと試そうとしただけなのにそんな言い方しな――)
「トキ!いいわね!?」
「は、はいっ!」
魔法の発動に失敗した翌日、今度は最初からリリー監視の下で修行が行われていた。
「ん。それでトキは風属性でどんな魔法を発動させるつもりなの?」
「えっと、なんでもいいの?どんな魔法があるか知らないけど」
「そうね、その人の戦闘スタイルにもよるんだけどね、近接タイプなら相手に突風をしかけて態勢を崩したり、刃状にして切ったりとかかな。魔力が豊富な遠距離タイプだと竜巻を起こしたり、球状や刃状にしたものを飛ばしたりするわね。あ、あと風の壁を作って防御にあてたりもするわ」
「う~ん、戦闘スタイルに左右されるのかぁ。え~と一応聞いとくけど、空を飛んだりはできるの?」
「足元に爆風を生んで空に吹っ飛んだって笑い話なら聞いたことあるくらいね。魔力は普通手から放出するから飛ぶなんて無理でしょ」
夢見る我が子を微笑ましげにリリーは、なに?やっぱりトキは空を飛びたいの、とからかう。
若干イラッとしながらジト目無言で抗議する。
「うふ。トキ~笑顔笑顔。トキは笑ってるのが一番よ~」
ぷにぷにと頬を持ち上げてもジト目無言で抗議する。
「もう、わかったわよ。ごめんなさい。それで、どうするの?剣を習い始めたけど、トキは魔力量も多いから選択肢はあるわよ」
「う~ん、ちょっと待って。考える」
(状況による使い勝手のよさ、汎用性、適応力、攻撃性、これといったことが思い浮かばないな。もっとシンプルにしてみるか。攻撃魔法と防御魔法。話を聞く限り分別するとどっちかかな?攻撃は近・中・遠距離。防御は防御アップか回避アップか。回復魔法がどのくらい使えるようになるか分からないから、回避のほうがいいけど、手以外から魔法だすって無理だって話だしなぁ。とりあえず、攻撃だけ考えて基本っぽいものにしとくか)
「とりあえず、剣に風の刃を纏わせて切るのと、飛ばすってカンジのにするよ」
「わかったわ。じゃ~イメージからしっかりやっていくわよ」
「うん」
正中に木剣を構える。
木剣に沿うように風を纏わせ、片刃に収束させるイメージ。
鋭く、鋭く、鋭く。
風でできた「見えない」極薄の刃。
薄く、鋭く、研がれた刃。
斬ることだけに特化した刃。
魔力を放出して、魔法を発動させる。
「…………」
反応がない、ただの木剣のようだ。
(ま、またか……)
「トキ、ちゃんとイメージしたの?」
「そのはずなんだけど……。何が悪かったんだろ……」
はぁ、とため息をつきながら構えを解く。
ィィィィィン
聞きなれない音が微かに響いた。
「…………」
ふと、なんの気なしに近くの木に木剣を振るった。
ィィィィィン
カッ
数瞬後、幹を斜めに切られた木がリリーの方へ傾いた。
「え?……きゃああああああ!」
口を開けたまま呆然とその光景を見ていたトキは、ドスンと倒れた木を見てようやく気を取り戻した。
「あっ、か、母さん、大丈夫!?」
駆け寄ると、四つん這いになって息を切らしたリリーがいた。
「トキ!びっくりさせないでちょうだい!」
「ご、ごめんなさい」
「も~何が起こったのか、わけがわからなかったわよ」
埃を払いながら訝しんだ目線をよこす。
「たぶん、魔法が発動してたんだと思う。それで木剣でも木が切れたんじゃないかな」
「む~そうだとしか言いようがないけど、まったく魔法が見えなかったわよ?」
「風って目には見えないでしょ?だから、イメージするときも見えない刃を思い浮かべてたんだ。たぶんそのせいだと思う」
「ふ~風魔法って確かに他の属性に比べたら視認しにくいけど、あそこまで見えなくできるなんて熟練者でも見たことがないわ」
「他の人たちの風魔法って見えるの?」
「ええ。風属性の魔法は薄い緑をしているわね。水属性だと青色よ」
(へ~これは結構、いや、かなりのアドバンテージになるな。機会があるかわかんないけど、対人戦とか特に。いや、あえて見える魔法も習得して、不意打ちにも使えるか)
「いい?トキ。あなたなら分かっていると思うけど、この魔法は殺傷性が高い。いいえ、これに限らず魔法は危険なものよ。使う時と場合をよく考えなさい」
真剣な眼差しで悟すように言うリリーにトキはゆっくり、大きく一度だけ頷いた。