64話 それぞれの思い
新暦1347年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア
建国記念日が間近に迫り、学園を含む王都全体がお祝いムードに包まれる中、今日もトキはケオラン、ユユ、チーグルと朝のトレーニングに励んでいた。
いつの間にやらユユとチーグルも参加するようになっていたのだ。
ランニングが終わり、魔法なしの模擬戦、魔法ありの模擬戦、そして目隠しして魔法を使うトキと魔法なしでの模擬戦をしていた。
感知魔法にも慣れてきたおかげで、魔法を使った高速攻撃をされるとまだ少し捉えきれないものがあるが、生身相手の攻撃では正確に把握して防ぐことができるようになっていた。
感知魔法『風の囁き』
それを展開すれば、傍から見ていては視覚を封じているとは思えない動きで戦うことができる。
トキの大きな武器であるスピードを封じていない状態では、3対1であってもその優位は覆せれないものだった。
トキの寸止めによって連日の敗北を喫した3人はため息をつきながらその場に座った。
「トキ~。情けねーけどさ、俺らじゃもう魔法を使わなきゃ、いや使っても勝てるかどうかわかんねーわ」
「同感だね。こっちの動きにも反応できるようになってるし、そろそろ次の段階にいってもいいんじゃない?」
「…………」
ケオランとチーグルが訓練内容の変更を提案し、ユユは悔しいのか何も言わずに黙っていた。
トキ自身もだいぶ掴めてきた感があり、消費魔力も抑えれてきていたので、明日からこの提案に乗ることにした。
汗を流してくると言ってトキだけ先にあがることにした。
トキが寮に戻ってから、ずっと黙っていたユユが口を開いた。
「ケリー、チーグル。私たち、このままじゃダメだわ」
ケオランとのことはバレたと察したか聞いたのか、人前でもユユはケオランを愛称で呼ぶようになっていた。
「ダメって何が?」
「……トキのお荷物になる、そういうことか?」
「いえ、もうお荷物になっている、かもしれないわ。トキはそんなこと決して口にはしないだろうけど、周囲からはそう思われるかもしれない。トキには目的があるって言ってた。二人もトキの事情は聞いたでしょ?大金が必要で、人も探しているみたいで、ジャクエル先輩とよく話をしている。きっとジャクエル先輩は協力者になったんだと思う。その目的って何だと思う?」
「貴族になる、ていうのはないか。トキってそういうの無駄に敬遠してるし」
「……滅ぼされた村の復興、だろうな。俺はそれでほぼ間違いないと思ってる」
ケオランの予想にユユがコクッと頷いた。
チーグルは言われて納得がいった感じだ。
「そのために冒険者になり、人が集まるこの学園に来たっていうなら辻褄が合うわ。働かなくてもいいほどの大金を得ても、今もこうして自分を鍛えている。きっと、自分の村を今度は守れるようになるために。トキは力と金と人を求めている。じゃあ私たちは?……こう見えても私、トキには感謝しているの。仲間ができた、ケリーとも知り合えた、いるべき場所もできた。そのきっかけを作ってくれたトキにとって、私たちは何?仲間でしょう?じゃあ何で未だにその目的を話してくれないの?私たちがそれに足る人材じゃない、信頼するに値しないってことじゃないの?話を受ける受けないは別にして、私はそれが、すごく悔しい」
ケオランはその言葉を冷静に受け止めていて、チーグルはこんなに長く、しかも自分の思いを話すユユに面食らいながらも、その話の意味を噛み締めていた。
「でも……でも、どうすればいいの?僕たちは、僕は……」
「将来に関わる話だから、すぐに結論を出すことはないわ。でも、そういった将来を含めて備えるくらいはできるはずよ」
「チーグルは建築分野、ユユは知識の集積、俺は貴族の……いや、それならジャクエル先輩がいる。俺は……」
「私たち全員に言えることだけど、戦う力を高めることは必要となるでしょう。ケリーはその一点に集中すべきだと思うわ」
「……だな。ユユは将来どうするんだ?」
「あら、ケリーの隣が私の居場所よ。どこへ行こうが連れて行ってくれるでしょ?」
肩を抱き寄せながら見つめ合う二人の甘ったるい空気に押されながら、一人チーグルは迷っていた。
チーグルの実家は王都で営む建築家だ。
最近では新築よりも改築や増築が主な仕事で、年々依頼量も減りつつあるらしい。
今まで王都を離れたことはなかったし、トキの誘いを受けたなら想い人とも離れることになるだろう。
だが、トキの下でプレハブ小屋という簡単な建物だったが、一から自分の指導で作り上げることに喜びを感じた。
もしチーグルに任せてもらえるなら、王都で実家を継ぐより自分の力を発揮する機会に恵まれる可能性は高い。
チーグルの中ではトキについていきたい気持ちの方が大きかった。
両親への恩返し、フェレアへの想いとの葛藤に頭を悩ませていると、ケオランがチーグルの肩をぽんと叩いた。
「ユユも言ったとおり、じっくり考えればいいさ。まずはトキの目にもとまるように頑張ろうぜ。断るにしても、それくらい目指さなきゃな」
「……うん、そうだね。ありがとう」
トキは春休みの調査が終わってジャクエルとの話をまとめてから、3人に伝える気でいた。
決して忘れていたわけでも3人の力を必要としていなかったわけでもないし、それどころかトキの頭の中では3人とも既に確定の頭数として数えられていた。
そんなことを知らないケオランたちは今日から一層の努力を誓うのだった。
数日後の休日、毎度のごとくトキはロリックとの手合わせに向かっていた。
最近になってようやく気がついたことがある。
トキが風魔法で感知するように、ロリックは水魔法で感知をしているようなのだ。
涼しい時間帯にもかかわらず、少し動いただけで汗びっしょりになり体力を消耗していたのは、何もトキの魔力消費量が高いというだけではなく、湿度と動くことによって体に水滴がついていたからだと推察した。
どうせロリックのことなので、答えははぐらかすだろうと思い問い詰めてはいない。
そこでとった作戦は見えないほど小さい水を感知魔法の風で吹き飛ばしながら、自分に有利なフィールドを作るというものだった。
前回ではこれが思った以上にうまいくいき、その場から動くことのなかったロリックを少し動かすこともできた。
死角から攻撃をすると、今までは向きを変えることもなく対応していたロリックがトキの動きを追うように視線と体を動かすようになったのだ。
そうすると、あとは純粋な剣技とスピードの勝負となり、惜しいところまでいったが結局トキの負けとなった。
今日こそはと燃えるトキに対して、待っていたロリックはいつも以上に静かで集中しているようだった。
さらに今日はいつもの木刀ではなく、両手剣を背に差していた。
「学園長先生。生徒相手に真剣ですか?」
からかいや批難ではなく、これは確認だった。
「トキニア君、私が学園長をしている理由を話したことはあったかな?」
「いえ、なかったように思います」
「そうか……私は探しておったのだよ。私を超える者を。かつて私は強さを求めて旅をし、名のある者を片っ端から斬りまわっていた。魔物だろうと人だろうと獣だろうとな。そして、一人で水氷竜に挑んだ。結果は……この通りだ」
靴と靴下を脱ぐと、ロリックの指のない足があらわになった。
眉間に皺を寄せてトキはそれを見つめる。
「足を凍らされてな。私は動けなくなってもなんとか剣技と魔法で攻撃を防いだ。水氷竜が湖に戻らなければ、そのうち全身を凍らされていただろう。私は竜王の力に畏怖した。あれに適うものなどいないと諦めてな。そこで弟子をとって、後進の育成に力を注いだ。いつかあの怪物を倒せる者を自分の手で作ってみせるとな。だが、竜王どころか私を超える者すら育てられなかった。だから、もっと可能性を見つけれるためにここへ来た。そして、君が現れた。君から師匠にと言われた時は内心うれしかったのだよ。学生の本分を優先、いや我慢して、君への直接指導は2年から本格的にと思っていたのだがね。しかし、君は週に1回の手合わせする程度のもので竜王に勝った。内容はどうあれ、事実君は私が到底適わなかった竜王の一角を、私の指導をほとんど必要とせずに討伐した。運と相性がよかったのだろうとも思ったが、前回の手合わせで感じたのだ。次は負けるだろうと。君は急速に力をつけている。さらに次回となると、私が負けるのは確実だと思っている。だから、今回は最善を尽くしたい。師匠が弟子に、同じ人間に負けるというのは思っていた以上に許せなさそうでね。つまらんプライドだとは思うが、今は本気の状態をもってして本気の君に勝ちたいと思っている。受けてくれるかな?」
「はぁ、分かりました。……引導を渡してやる。こい、爺さん」
「ふっ、私は動かないのではなくて動けないのだよ。この足のせいでな。走ることもままならん。だから、トキニア君。君から来なさい。いつものように」
「わかったよ。いくぜ?」
ロリックが背から剣を抜き、両手で正中に構えると光が反射した。
なかなか切れそうな両手剣のようだが、切れ味ではトキの新しい短剣の方が上回るだろう。
トキは感知の風を巻き起こした。
トキを中心に渦状の少し強い風が流れ始める。
普段はそよ風程度で十分だが、ロリックの感知魔法を封じるには強めないといけない。
前回同様にフィールドを整えたトキは全力で加速する。
剣技において未だ数段の高みにあるロリック相手では余分な動作は排除しなければならない。
技量に劣るトキが斬る、払うというものなら簡単に受け流されてカウンターをくらうからだ。
そのため、トキの攻撃方法はジャブのような突きに限定される。
素早く突いて、素早く引く。
それでも軌道を外されるので、態勢を崩されないよう突くよりも引く方が重要だ。
それを有効打にするためにはスピードによってかく乱する。
ロリックの死角を狙い続けるヒット&アウェイが鉄則。
前回は戦いが長引き、集中力と魔力量が落ちたトキをロリックが捉えた。
日々の修練で魔力消費量が減っていることを考えれば、前回よりは長く戦えるだろう。
だが、善戦止まりで勝機は見えない。
ならば短期決戦で初っ端から全力速度で動きまくり、初手の一撃に賭ける。
加速したトキはロリックの間合いギリギリまで引きつけて横移動しようとした。
「くっ!!」
ズザアアア
間合いを見誤ったか、悪寒を感じたトキは急反転して後ろに飛び退いた。
「いい反応だ。そのまま加速していたなら、首が落ちてたぞ」
だいぶ威圧感には慣れてきていたのだが、真剣を構えたロリックは威圧感とは別の不気味さがあった。
(おかしい。なんだったんだ。いつもの木刀と同じ長さだと思うが、真剣だからビビったか見誤った?いや、爺さんの様子からも俺のミスではないのか。なら、なぜだ?)
「不思議に思うだろう?自分が見誤ったわけでもないし、萎縮してしまったわけでもない。ほっほっほっ、悩め悩め。観察力と洞察力も戦いには必要だぞ?」
(言葉通りなら種があるわけか。剣か魔法か……)
「当たってたら素直に正解って言ってくれるか?」
「まずは聞いてみてからだな。言ってみなさい」
「あんたの魔法属性についてだが、光属性の適正が高いんじゃないか?もしくは闇属性。剣の長さを誤認するような錯覚する魔法を使っている」
「ほっほっほっ。良い着眼点だが、肝心なところは大外れだな。ふむ、いいだろう。種明かしをしてあげよう」
そう言ってロリックは片手に持ち替え、目の前で横に持った状態にした。
すると、柄と鍔だけを残して鉄っぽい色の剣身が地面に落ちた。
は?と驚愕するが、落ちた剣身はなくなり、代わりに地面には水たまりが出来ていた。
「この剣、というより魔法の名前になるが、『水伸刀 非幻』という。まぁ両刃ではあるんだが、文字通りと思ってもらって結構。光の屈折で剣のように見せてはいるが、長さを誤魔化すのではなく、長さは変えれるのだよ。こんなふうにね」
再び両手で構えたロリックの手元から、ずずずっと剣身が伸びていく。
3m以上の剣身だが、そんな長さは重要ではなかった。
問題なのは間合いの細かな変化と変化速度(魔法発動速度)だ。
剣の間合いに慣れてはいけない、非常に厄介な魔法に思える。
「あんた、とんだ詐欺師だよ。めんどくせー魔法使いやがって」
「褒め言葉として受け取ろう。さて、そろそろかかってきなさい。できることは限られておるだろう?」
竜巻の散乱でぶっ飛ばしたい気分だが、剣での勝負にこだわった。
相手は剣の師匠だ。
老師リッケンボルトならいざ知らず、それは失礼というもの。
ロリックの言葉通り、剣でならトキのすることは決まっている。
(全力アクセルで変化する剣を見極めつつ隙をついて突くのみ!)
通常の長さに戻したロリックを見て、深く深呼吸をしたトキは意を決した。
「ふぅぅぅぅひゅうっ!」
いつもより距離を取りながら、徐々にロリックとの距離を詰めていく。
右側面から右剣で突きの動作に入ると、先にロリックが踏み込んで突いてきた。
魔法で感知していなければ、その予備動作を察知することはできないだろう。
辛うじて左剣で受け払おうとしたが、幻のように水となってロリックの剣が消える。
数瞬トキの思考が消えた剣を追ったときにはすでに新たな剣身を持ち構えており、ロリックがさらに踏み込んで突きを放ってきた。
新たな動作を感知したトキは間一髪で右剣で逸らしながら首も反らし、下へ逃げるようにそれを躱す。
疾風の鎧を切り裂くだけの切れ味を持っており、トキの首筋からは一筋の切り傷が出来ていた。
躱されたと同時にロリックは再び剣を水に戻した。
水に戻すことによってトキへの目潰しとしたのだ。
顔にかかる水を払うこともなく、トキは目を塞いだまま感知魔法に頼る。
さらに剣身を作ったのか、ロリックの振り上げる予備動作を瞬時に捉えたトキは自分から体当たりすることで距離を潰した。
体重はまだ軽いとはいえ、魔法で急激な加速をした体当たりはロリックもろとも転がる結果になった。
すかさず立ち上がったトキは同じく立ち上がったロリックを感知しながらこすって目を開ける。
「タチが悪い攻撃だな」
「それでも仕留めれんかったがな。君の感知魔法はかなり精度が高いようだ。私のものとは相性も悪いようだしな」
「本気で殺しにきてたな、首かすったぞ?」
「なに、死んだら私も責任をとって死んでやるから安心しなさい」
「安心する要素が欠片もねーんだよ。ヤンデレ要素は見受けられるが、ジジイのなんてマジ、勘・弁っ!」
先ほどの攻防で感知魔法の有効性は理解できていた。
他の可能性もあるが、予備動作から動きを予想して線で避ける。
間合いを柄から無限と捉え、何本もの剣を持っていると考えればいい。
ヒット&アウェイではなく、後ろへの回避を捨てた近距離での攻防を選択したトキはロリックへと加速した。
ロリックの袈裟斬りを左剣で右へと受け流しそのまま左薙ぎに斬ろうとしたが、態勢を崩さずに切り上げを返される。
左へのステップで避けたトキは左剣の袈裟斬りをフェイクにして、右剣で刺突を構えた。
だが、袈裟斬りを滑るように受け流され、そのまま逆袈裟で斬りかかられてしまう。
ロリックの受け流しを感知したトキは刺突を止めて、ナックルガードで逆袈裟を受け止めた。
受け止めるというよりは殴ったようなものだが、衝撃はほとんどなく水が弾けただけだった。
剣身を水に解除したロリックは無防備に空いた胸へ刺突を放つ。
逆袈裟から刺突へ移行する動きを察知していたトキは左下へ体を反らしながらも、左足を踏み込み間合いを詰める。
頬をかすめるロリックの剣を越え、腕にクロスする形で右剣のナックルガードでの拳撃を食らわせた。
「ぐぉっ!」
加速させた拳の攻撃はロリックの顎に命中し吹き飛ばした。
骨が折れるような音が聞こえたのは気のせいか。
少々本気で殴りすぎたかもしれない。
「おい、爺さん。大丈夫か?」
「ぐぅ……。ふぇんのひひょうふぉはふるとふぁ、ふぁんふぁるでひふゃ」
「あ~悪い。よくわかんねーわ。とりあえず治癒魔法使い呼んでくるから、大人しくしとけよ」
顎が砕けたか、外れたか、ロリックはまともに話せなかった。
手首の向きを変えていれば剣先が突き刺さっていただろうが、殺すつもりなんて最初からなかった。
ロリックも言葉ではああ言ってたが、技量からしてまずかったら寸止めしていてくれただろうと思う。
(最後もかすってたけどな)
血止めの塗り薬を染み込ませながら、保険医のところへゆ~っくりと歩いて行った。
それはかわいい程度のちょっとした仕返し。




