61話 反響と新装備
新暦1347年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア
「も~~~~いやだ!」
目の前の書類の山、もとい招待状や手紙の山にうんざりしながら机に伏した。
「ギルマス、これはあなたの私的な用件ですよ。学生の身である私に付き合わせるなら時間を無駄にしないでください」
学園ギルド会計のジャクエルがトキを叱責する。
後期が始まる前に開かれた会議の後、トキは卒業後に自分を補佐してくれないかとジャクエルに打診した。
村の復興と統治という将来の目的を話すと、考えさせてほしいと言われた。
なんでも商業ギルドのギルドマスターが経営する商会の幹部候補として引き抜きたいという話を持ちかけられていたらしい。
1ヶ月ほどたって返ってきたトキへの返事は「是」だった。
「どちらも魅力的ですがね。学園ギルドの掲示を見たときも感じたんですが、これだっていう自分の勘を信じることにしました」
学生の間は契約に入れてないのだが、素材の管理や今のように手紙の返事を手伝ってもらったり、すでにトキの秘書のような立ち位置になっていた。
時間が空けば卒業後の話をするようにもなり、1年早く卒業するジャクエルはファウスタイン侯爵にお願いして統治の勉強をさせてもらおうかと考えていた。
皆が笑顔でいられる村、という大雑把な目標を立てて、必要なものを話し合う。
人・物・金。
ある程度の自給自足が迫られることはわかっているのでまずは農民や狩人、街道や住居を整える工夫、それを支える職人、そして治安維持・防衛戦力。
これらの人間をどうやって集めるかが問題だ。
人がいなければ裸の王様よりも寒いことになる。
「王国の辺境も辺境ですからね。まず地理的に無茶があります」
「それを言うなよ。目的の大前提から覆ることになるじゃねーか」
「簡単に人を集めるなら観光地にするのが早いですけど、何かありますか?」
「草原と森と山」
「特産物は?」
「おいしい空気」
「真面目に考えください」
「いや、正直な答えだよ?」
「実家に帰らせてもらいます」
「わわわわ!ごめん!ちゃんと考えるから!」
「観光もだめ、特産物もなし、もういっそ金をばらまいて人呼びますか?」
「それは最後の手段だな」
「……手段のひとつではあるんですね」
「観光、観光……文化、歴史、自然、娯楽。特産物、特産物……気候、風土、名物。う~ん、とりあえず現地の詳しい調査が必要じゃね?ないものを作るよりあるものを利用した方がいいし、俺も東側の街道沿い以外はあんまり知らねーから」
「そうですね。まずはそれを終えてからまた話し合いましょう」
とは言えパイオニル村の調査となると、トキでも往復10日近くかかってしまうため春休みに行うことになった。
それまではゆっくりしようとしていたのに、手紙や招待状が山のように毎日届けられるのだ。
送り主のほとんどが貴族や商会ばかりで、お茶会や夜会の招待、武勇伝をお聞きしたい、娘と婚約しないか、竜王の素材売ってくれないか、わが国で仕えないか、などといった内容だ。
懸念していた通り、他国にも話が広がっているらしい。
ジャクエルが子爵家の次男で、貴族の礼儀作法から書状の書き方まで知っているおかげでトキは相手の名前と内容を聞いてサインをするだけなのだが、それだけでも億劫になりそうな量だった。
「貴殿の武勇を聞き身が震える思い~~はいはい、次。~~どうぞわが商会との縁を~~はいはい、次。~~はいはい。って肖像画まで送りつけてくんなよ、次。ん?おいおい、ブンゴット辺境伯からもきてんぞ。過去の不幸な行き違いを~~って何今更ぬかしてんだ?この人。ジャクエル~最近のブンゴット辺境伯について何か知っているか?」
「なんでもかなり領地経営が厳しくなっているようですよ。商売関係で痛い損失を受けて立ち行かなくなったとか」
「ふ~ん。いい例もあれば悪い例もあるんだな。金の匂いに釣られたか?まぁあのバカ息子を可愛がるようじゃ、たかが知れてるけどな」
「人の耳があるところではそのような批判を口にすることはないようにしてくださいね」
「へ~い」
他国の王族から公爵、侯爵、伯爵、子爵、男爵、騎士団、領兵団、商会、ギルドまで様々な人間に注目されているようだ。
丁重なお断りと必要ならばオークションの開催について書き添えてサインしていく。
流通局は忙しいんだろうなぁと窓の外を見ていると、またジャクエルに注意された。
そんな毎日を過ごしていると、いつの間にやらトキの新装備が完成したという報告が入った。
休日になってジョーの店を訪問すると、店内がエライことになっていた。
酒樽が3つも4つも転がり、食べ物は皿やコップごと散乱し、人が死屍累々といった状態で倒れている。
どうやら昨晩は宴会をしていたようで、学生である職人達からも酒の匂いが漂っていた。
「おやっさーん!どこですかー!?」
ジョーを呼ぶと学生を押しのけてその下からジョーがぬっと起き上がった。
押しのけられてもピクリともしないのはおそらく石工職人のベレンド…だったものだ。
「お~?お~トキかぁ。おはよ、早いな」
「もう昼過ぎですよ。いつまで飲んでたんですか?」
「え~と、夕方から~夜から~深夜から~朝から~?」
「あぁもういいです。とりあえず水飲んでください」
お~と頭を揺らしながら水を受け取ったジョーは一飲みして、
「き、ぎもぢわるい」
と言って、奥に消えていった。
こりゃだめだと思い、今日のところは帰ることにする。
冒険者組も混ざっており、職務怠慢で減給だなとメモしておいた。
この国では未成年者飲酒禁止法なんてないが、学生たちの姿はあまりにもひどい。
縫製職人のサリーとミランダは女同士で足を絡ませて抱き合っているし、革職人のイェンは自分か他人かわからないゲロにまみれていてモザイクが必要だ。
革職人のクウトはアルムの頭をヘッドロックして歯ぎしりをしており、弓職人のトランバは夢の中で矢を食べようとしている。
美人な細工職人のオルティナは尻を立ててうつ伏せで寝ておりグレーのパンツが丸見えで、おそらくオルティナのものであろう靴下をカットンが両手に履いて匂いをかぐように笑いながら寝ている。
鍛冶職人のリッカートは横になった酒樽の中で膝を抱えて寝ているし、テイルとパウエルはパンイチで頭と足を逆向きで合わさるという危ない体位をしている。
冒険者組も似たりよったりだが、唯一昼間からも酒を飲んでいたクォータだけが倉庫で酒を飲みながら見張りをしていた。
「クォータさん、ご苦労様です。起きてたんですか?」
「おう。こいつは俺の役回りさ。酒はいつでも飲むが、仲間が飲むときは決して飲まないようにしてんだよ」
なんとも変わった役割である。
(まぁそういうことなら減給はなしにしておくか)
実際、これまで盗難未遂は5回ほど起こったらしいが、全て水際で対処することができていた。
高い金を払っただけはあったというものだ。
翌日になって再度ジョーの店を訪問した。
ちなみに学園内で粗相を働いた職人達からは謝罪を受けた。
一仕事終えたのだから寛容な態度で許してあげた。
「おう、トキ。昨日はすまなかったな。あん?お前らはもう用はねーだろ?」
トキはハク、ギン、職人達と一緒に来ていた。
依頼者でもあるトキの感想が早く聞きたかったからだ。
「まぁ最後まで見届けるのも職人の仕事のうちか。よし、じゃあお披露目だな。まずブーツ。イェンとクウトもなめした竜王の革で出来ている。サイズはお前さんより少しだけ大きいぞ。履いてみろ」
なめしたことによってかアッシュグレーといった色で、膝下まであるロングブーツだ。
履こうとしてからすぐ気づいた。
「かるっ!なにこれ!?重さが全然感じられない!?」
「そりゃあ超高級素材だからな。軽いだけじゃねーぞ。底と靴先は筋と軟骨を重ね合わせているからグリップ力と衝撃吸収力が高い。靴先の外側は骨を削ってカバーしている分硬いから蹴りの威力もあがるだろう。そのブーツだけで家が建つんじゃないかってほどの最高級品だ。骨が硬すぎて加工しにくかったが、それらをしたのはベレンドだ」
乾いた笑い声をあげてしまう。
自分で頼んだことだが、どエライ装備を作ったようだ。
「じゃ~次な。胸当て、というより外見はスケイルアーマーになったな。内側は革で外側は鱗を重ねてある。これの加工が一番手間取ったな。オルティナとカットンが頑張ったが、人手がなかったらこれほどのものは作れなかったと思うぞ。ちなみにだが、魔法は通さないし、刃物でも破れない上、衝撃も半減以下だ。Aランクの連中が本気で試した結果だがな」
スケイルアーマーの形状は脇下が空いた白銀色の長袖Tシャツのようだった。
これもブーツと同じくとても軽く、通気性も良さそうに思えた。
「めっちゃ着心地いいんですが、これでそんな高性能なんですか?」
「試すか?オラッ!!」
「うっ!……って、あれ?」
「思った以上に痛くなかっただろ?まったく作っておいてなんだが、反則じみた性能だぜ」
衝撃が半減以下というのは本当のようだ。
これで耐防刃、耐魔法の性能もありとは恐れ入る。
「次な。グローブは一番薄い翼膜で縫った。滑り止め加工は必要ないくらいだったから、これはそのまんまだ。そんで手甲。指と甲は竜王の前足に当たる部位の筋肉と骨を使っている。剣を握ったり、ペンを持ったりすることもできるくらいの薄さで作ったが、指や手が飛ぶようなチャチな防御性じゃねーから安心しろ。上腕部は革の内側に細長い骨を敷き詰めてあるから、そのまま剣を受けることもできるだろう」
黒いグローブをつけて、これまた軽い白銀色の手甲を装着する。
(やばい、すでに痛いような気がする)
手甲の防御力は今までの中でも一番高いように思えた。
腕がまるごと盾になった気分だ。
「これがジャケットだな。スケイルアーマーの上から着てみろ。前のより重量、防御力、運動性は上がっているはずだ。内側の素材は前のジャケットの素材を使って通気性もよくしてみた。おっとズボンを忘れていた。これも翼膜で縫ったやつで、これとグローブとかはミランダとサリーが縫製した」
黒ジャケットも黒ズボンも通気性は良さそうだし、とても動きやすい。
これでだいぶ隠密性があがるだろうか。
「最後にコートだな。これは翼膜、革、鱗、革の4種構造になっているんで、防水、防刃、防熱、なんでもござれだな。んで、ご要望の頭と顔の防備についてだが、羽織って……これでこう」
黒いコートを羽織ると、頭の後ろからカチンカチンカチンカチンと音がして鼻先までマスクをかぶったようになった。
「息苦しいとか、頭が痛いとか、視界が狭いってことはねーか?」
「左右が少し狭まった感じがしますけど、大して問題ないです。で、これ一体なんなんですか?」
「おっと、収容するときは頭横のここ、そうそこを押しながらマスクを上に押すと、元に戻るってわけだ」
トキは一旦コートを脱いで、問題の部分を見てみた。
その意匠はヒレのような大きな耳か翼かがついた竜のようだった。
銀竜の可動式兜である。
それなのに軽いという、なんて不思議なギミック。
ちょっと試しに隣にいたカットンに着てもらってみた。
「どこぞの竜騎士やねん!しかもちゃっかり背中にまた翼を刺繍してるし!あっ、肩にはギルド章まで!」
「かっこいいだろ!いやぁ小僧どもと話してたら趣味に走っちゃてな。ははは!」
「てめーらも共犯か!?」
学生たちはあっちへこっちへ視線を背けた。
どうやら彼らの中にはやりすぎたという自覚はあるようだ。
しかし、ジョーには前回同様にそんな思いはないようで、俺の最高傑作だとのたまっている。
「おやっさん、あれだけ派手にはしないでって言ったじゃないですか。これじゃ俺恥ずかしく「あああん!!?」……もないです、はい」
「おー俺ぁよ。自分が思う最高の作品を作ってやろうと作業に没頭したわけよ?汗水流して禁酒禁煙でやってきたこの3ヶ月。その努力の結晶を……なんだって?」
「すっごく気に入りました!僕ももう今日はこれ着て帰ることにします!大切にしますね!」
「おう!そんならよかった!万が一にも気に入ってもらえなかったら、明日一つか二つ死体が水路で発見されるところだったぜ!あっはっはっは!」
「ハハハハハ」
「おう!トキ!こいつらも手伝ったんだから礼言っとけよ!」
「ハイ。ミンナ、アリガトウ」
「「「「ドウイタシマシテ」」」」
ハクの防具は刺繍がもう少し残っているらしく、また今度と言われた。
ジョーの店をあとにして、鍛冶屋にそのまま向かう。
もちろんトキは新装備を着たままだ。
コートは黒地なのだが、背面の銀翼と白銀色の兜がキラキラと光を反射している。
機能性は最高水準だからこそタチが悪い。
もったいないので今後も活動時は着ることになるだろう。
職人達は本日2度目となる謝罪をすることになった。
武器を頼んだ鍛冶屋の工房に到着し、親方を呼んでもらった。
「らっしゃい。ご注文の品できてるよ。いや~前の剣が素晴らしい業物だけに緊張と奮起の連続だったが、一世一代の大仕事だったと言えるな。噂の銀翼が依頼主とあればなおさらな。注文以上の品ができたと思うぜ。俺の生涯の傑作と言っていいだろう」
完成してもなおその興奮は冷めないようだ。
1m近くの細長い木箱を持ってきて渡される。
箱を開けると、白銀色の鞘に収まったふた振りの短剣が緑の布に包まれ置かれていた。
喉を鳴らして柄を握り、抜いてみた。
柄は黒光りするナックルガードつきで、グリップは以前と同じ太さのようで違和感はない。
刀身の中程から切っ先へ徐々に反っていて、バックの根元にあったソードブレイカーはなくなっていた。
刀身は黒く、刃は銀白色で両刃だ。
相当な切れ味がありそうで、本来突くことを主要としているはずが、素材のおかげで斬ることにも特化した短剣となったようだ。
「もとの短剣は単一素材を鍛えたもののようでな、おそらくだが影冥石を使ったものだ。Sランククラスの業物だな。もったいないが、それと合わせたものにしようとしたんだが、普通の竜種とはわけが違うから念のため下調べをすることにした。色々調べた結果、硬度でいうと爪<骨<牙<角の順ということがわかったんで、最も硬い角を使うことになった。すまないが、そこらへんを調べるのに少し多めに素材を使わせてもらったぞ。でだ、その角に直接影冥石が合えばよかったんだが、これがよろしくなくてな。影冥石では硬すぎて刀身が折れる心配があったんだ。結局、黒鋼石っていうものと合わせて鍛錬しようと判断してな。ああ、黒鋼石ってのは高温で鍛錬を繰り返すと粘りが出るって特性があるんだ。それと合わせたものを芯にして角を覆ってさらに鍛えたのがこいつだ」
「すみません、なんか聞くだけでも大変な苦労をされたことがよくわかりました」
「いいってことよ。まぁ角を鍛えるのは堪えたな。俺もひと振りに1万を超えて叩くことになるとは思わなかったが、会心の出来ができたんだからな。大満足してるぜ!」
「1万……。銀白色の刃の部分は角で出来ているんですか?」
「おお、俺も鍛えていくうちに目を疑ったがな。まるで金属のような刃に変わっちまったぜ。さすが暴風竜の素材だけあるわな」
少しだけ試し切りさせてもらうことにすると、親方は慌てて外でやれっと叫ぶように促した。
柄はトキの拳より少し長い程度で刀身の長さは60cmほど、長さは前のより長くなっているが、重量は断然今の方が軽い。
裏手にボロい金属甲冑があったので丁度いいと適当に斬ってみた。
シュィィィィン
明らかに金属を斬ったような音ではない気がする。
鎧の腹部には一筋の線が入っただけだった。
次に肩を斬ると同じような音がして斬った部分がズレ落ちた。
「自分で作っておいてなんだがな、そいつの切れ味は半端じゃねーから抜くときは気をつけろよ。お前さんのその新装備でも心許ないかもしれん」
どうもこいつは取り扱い注意の武器のようだ。
自分の武器で怪我しました、とか笑えない。
ジョーは後での現金ニコニコ払いだが、ここの店主には骨の一部を譲ることにした。
現金よりもこちらを希望したためだが、おそらくそれ以上の価値があるだろうとは思う。
学園ギルドのメンバーにもいい経験をさせてもらったので、協力費込みということにしておいた。
ちなみにだが、職人たちは余った素材で各自武具を作成していた。
イェンとクウトは革でショートブーツを一足、ベナンドは骨でスローングナイフを数本、オルティナとカットンは鱗でギルド章を模した鉄のリングを4個、ミランダとサリーは翼膜を白い布に縫い付けたギルド章旗を1枚と小袋を2個に背嚢を1個、トランバは骨と筋を加工して弓を1張、リッカートとテイルとパルエルは骨を鍛えて槍の穂先を1本とショートソードを2本。
それらは加工費用を自分で決めてもらい買い取ることにした。
オルティナとカットンだけは仲間価格の銀貨2枚でリングをそれぞれ一つずつ買い戻した。
ミランダとサリーが作ったギルド章旗は本部の壁に貼り付け、歴代ギルドメンバーの名前を刺繍していくことを決めた。
他の使い道は内緒である。




