58話 イリアフェル=ファウスタイン
新暦1347年 ガレリア大陸 カルティア王国 ファウスタイン侯爵領 領都フリーレン
村を出発したトキはハクに乗って、ファウスタイン侯爵家がある領都フリーレンまで来ていた。
到着早々にトキが訪問しても迷惑だろうと、ファウスタイン家を訪れるのは明日にするつもりだ。
今日はフリーレンで食料などの補給と買い物がてらぶらつくことにした。
さして以前と変わらない町並みを歩いていると、やはりトキはギンを連れていたために注目されている。
すると、屋台で焼かれていた肉のいい匂いが漂ってきて、つい釣られて足を止めてしまった。
「カットスの肉を串に刺して、ウチの秘伝のタレをつけて焼いてるんだ。うまいぜぇ?どうだい?」
ゴクリと生唾を飲んだ。
「じゃ~二本。いや、こいつにもあげたいんで三本いいですか?」
「買ってくれるなら鳥だってお客様だ。かまいやしねーよ。三本なら銅貨1枚だ」
お金を渡して三本の串を受け取り、広場の椅子に座ってこれを昼食にした。
アツアツなのでギンには少し冷ましてあげなくてはならないからトキだけお先にいただく。
ほふっほふっと口の中で転がしながら柔らかい肉を頬張る。
肉は今までどおりなのだが、このタレの甘辛さと旨みが肉とすごく合う。
秘伝恐るべし、と思いながらふーふーと冷ましてあげてギンにもあげた。
串に刺さっているが、嘴で挟んで上手に抜いてから頬張る。
お行儀のよい出来た子だ。
ちなみに、ギンは肉なら味付きだろうが生肉だろうがかまわない。
ギンは肉食○○で、ハクは草食男子だ。
トキは……○○男子。(○の中にはお好きな言葉を入れてください)
ギンに肉を食べさせていると、トキくらいの女の子がこちらにやってきた。
まっすぐに伸びた灰色の髪、目に入らないよう前髪を両側ともピンで止めているため大きな目がよくわかる反面、顔の小ささが強調される。
瞳もまた大きく、黒の眼眸がトキを突き刺しており、シャープな鼻と輪郭を丸みを帯びた唇が受けるように絶妙なバランスをとっている。
100人見れば50人が美少女と答え、30人が超絶美少女と答え、10人が何も言わずカメラを構え、もう10人が最初の言葉で俺の嫁になってくださいと答えるだろう。
そのうちトキは最後の10人だった。
(うわぁ~結婚してぇ……)
さすがに初対面なので口にはしなかった。
微笑まれたら落ちる自信があるほど、どストライクだ。
目前まで来てようやくトキは少女の背後にいる護衛に気がついた。
(この身なり、この街で護衛付き、女神の色、いや、髪の色……なるほどね。聞いてはなかったけど、間違いないだろう)
見当がついたトキは立ち上がり、膝を折って先に言葉を述べた。
「ファウスタイン侯爵家の方と存じ上げます。お初にお見えにかかります。私はトキニア=ゼペルルクスと申します。侯爵家ご当主様と奥方様には大変お世話になっております。以後お見知りおきください」
「これはご丁寧にありがとうございます。私はファウスタイン侯爵家長女、イリアフェル=ファウスタインと申します。お気軽にイリアとお呼びください、トキニア様。以前より両親からお話は伺っておりました。綺麗な鳥を連れていらしたのでもしやと思いまして」
「そうでしたか。では、イリア様、私のこともトキとお呼びください。親しい者はそう呼びますので」
「はい、トキ様。いえ、もう少しすればトキ先輩とお呼びすることになるやもしれません」
「イリア様はカルディア魔法学園にご入学の予定なのですか?」
「はい。トキ様には及びませんが、幾分かの魔法の才がございましたので、来春に受験する予定にあります」
「そうですか。明日の昼頃に侯爵家を訪問させていただく予定ですので、私に何かできることがございましたらおっしゃってください」
「ありがとうございます。では明日の昼、当家でお待ちしております」
イリアは淑女らしい礼をして立ち去っていった。
微笑みにはなんとか耐えられた。
(同い年か一個下か。トキ先輩……有りだろ。有りだな)
今日寝れないかも、と興奮しつつもトキは爆睡した。
翌朝、ではなく翌昼。
「寝すぎたぁぁあああ!俺なんでこんな日に寝坊すんだよ!?ギン!起こせよ!」
キュエ
知らんぷりする仕草が可愛いんだが、とりあえず身支度を急ぐ。
といってもいつも通りの服装しかない。
いつも通りに髪をまとめるが、ギンに変じゃない?と確認した。
少し心を落ち着かせてから宿を出た。
侯爵家へは前回同様に案内されてリビングルームへと通された。
侯爵夫人マルサとイリアはお茶を飲んでいたようで、待たせてしまったのかもしれないと思った。
「先日ぶりです。マルサ様、その節はお世話になりました」
「お気になさらないで。英雄の手助けをさせていただいたのですから光栄ですわ」
マルサは少し意地悪するような言い方で、トキはそんな大げさなと謙遜したが、その言葉に嘘偽りはないようだ。
「前人未到の偉業というのは事実ですよ。今も娘とその話をしていたのです。娘とは昨日お会いなさったとか」
「はい。おふた方のお子様に関する話は聞いていなかったのですが、護衛を連れていることとお姿がよく似ていらっしゃったので間違いないだろうとお声をかけさせていただきました」
「あら、そうだったのですか?白銀の鳥を見てきっとそうだろうと思い話しかけようとしたのですが、先にそのようにおっしゃったのでご存知なのかと思いました」
「英雄の真贋にかかれば容易いことなのでしょう」
「その英雄というのは正直ご勘弁いただきたいのですが。ファウスタイン侯爵家の方々には生涯忘れることのないの御恩がございますので、そのような言い様には恐縮してしまいます」
「諦めになさい。話が広まればそのような扱いを受けるでしょう」
「そうですわ。トキ様、私暴風竜のお話を聞きたいのですが、よろしいですか?」
「イリア様のような淑女には少々血なまぐさいお話になるのではないですか?」
「いえ、大変興味がありますわ。トキ様ご本人から英雄譚を聞かせていただくだけでも素晴らしい体験です」
まいったなという表情をしながらもトキは竜王との戦いについて詳細に話していった。
聞き手の二人は興奮と心配と歓喜をもって聞いていた。
昨日はできなかったので、話し終えたトキはこの度でも活躍した相棒のギンを紹介することにした。
トキの肩に止まったギンに触っても構いませんよと言うと、イリアは恐る恐る触れて光悦な表情を浮かべた。
(あ~やべ~。いい匂いする。ギンに感謝。マジ感謝)
少し曲がった性癖に目覚めつつあるトキは惜しみながらも席に戻り、侯爵夫人にも話していなかった2年半のことも話した。
配達依頼で銀翼という二つ名がついたが、今回ではどのような名がつくか二人にからかわれる。
トキの過去と故郷の復興という目的のために入学したことを話した反応を見るに、侯爵夫妻は話していなかったようだ。
そして、イリアの受験の話になった。
「トキ様。去年はどのような試験だったのですか?」
「筆記試験は退屈なものでした。私の友人も同じことを言っていたんですが、やはり魔法試験を重視しているようですね。去年は三つの魔法試験がありました。一つ目は自由に魔法を使って杭を攻撃するもの。二つ目は障害物走で水に囲まれた岩場を魔法による妨害を掻い潜って走り抜くもの。三つ目は試験官との模擬戦闘でした。私の場合だけ剣魔十傑の学園長ロリック=シルバーが相手でしたが」
二人共ロリックの名を聞いて驚いていた。
「あの剣鬼ですか!?それはすごいですね」
「いえ、一切歯が立たなかったですから。前期でも休日に手合わせさせてもらってますが、一向に勝てる気がしません」
「竜王を討伐したトキ様がですか?いえ、かの剣鬼の強さは超常じみているとは聞きますが」
「私が思うに、これまでSSランクの王が討伐されなかった理由は飛行能力にあると思います。それをもたない怪物もいるらしいですが、私が飛行魔法を使えなかったらまず死んでいたでしょう。飛行魔法があって、運があって、ギンがいたからこそ辛うじて勝てたのです。何度も死を覚悟しましたし、100回戦って1回勝てるかどうかくらいで、たまたまその1回が最初になっただけに過ぎません」
「言われてみれば、王の半分は飛行能力を持っていますし、自由に空を飛べるものを相手にすることは普通無茶というものですわね。……空を飛ぶってどんな気持ちなのでしょう。」
「飛んでみますか?」
独り言のように口にしたイリアにトキは何気なく聞いてみた。
特に何も考えずに、無我の境地で。
(ハクはいない。いたとしてもエサ食わせとくけど。そしたら二人で飛べる。抱える?抱えちゃう?)
ではなく、打算と欲望が渦巻いた邪な境地だった。
そんな思惑を他所にイリアは純粋だった。
「いいのですか?ぜひ!お願いたします!」
その瞳を見て、自分がひどく汚れているように思えた。
ヘドロ、ゴミ、掃き溜め、クソ、カス、いっそその通りに言われた方がマシのような気がする。
少し気分の落ち込んだトキは気を取り直して、イリアと庭に出た。
後ろ髪をかきながらトキは告げた。
「えっと、私と一緒に飛ぶことになりますが、よろしいのですか?」
「はい、お願いします」
「……では、少し失礼します」
まぁ、という声がマルサから聞こえた。
「え?ええ!?あの、トキ様!?」
「こうしなければ飛べませんので。そのため、構いませんかと聞いたのです」
卑怯な言い方かもしれないが、イリアの逃げ道を塞ぐ。
今、トキはイリアの背と膝裏に手を回し抱き抱えていた。
(役得、役得♪柔らかいし、細っこい。天に登る気分ってやつだな。今から登るけど)
トキの言い分にうぅと顔を伏せたイリアにいきますよ、と声をかけて飛行魔法を発動する。
わっわっ、という声が聞こえるが、構わず徐々に上昇していく。
上空300mくらいまできただろうか。
フリーレンの街が小さく見え、眼下には青い草原と遠くに緑と白の山々が見えていた。
「わぁ……。これがトキ様がいつも見ている光景なのですね。街があんなに小さく……」
「私が以前いたゴウホウ霊山からの眺めもよかったですよ。ここからでも夕日や朝日の差す光景は見ものでしょうけど。っと、少し冷えますね……」
お姫様抱っこを一旦解いて、トキは自分の派手なコートをイリアにかけてあげた。
抱き寄せる形になったのでイリアはさらに顔を赤くし、それを誤魔化すように話題を振った。
「ありがとうございます。トキ様は寒くないですか?」
「自分の身よりイリア様の方が大切ですから。そのようなコートしか持ち合わせがなくて申し訳ありません。配慮が足りませんでした」
「いえ、とても……暖かいですわ。トキ様の匂いがします。ふふふ。あっ、決して嫌な匂いじゃありませんので」
「もし、嫌な匂いなどと言われたら地上まで真っ逆さまになるところでした」
お互いにクスクスと笑い合う。
それから少し空中散歩をすることにした。
「それにしても、トキ様は女性の扱いに慣れているようですわね」
「そんことありませんよ。自分から女性に近づくことは基本的にありませんので、女性で話す相手は少ないです。今も心臓がバクバクしているくらいですよ」
「あら、そうなのですか?」
イリアがトキの胸に手を当てる。
自分でも鼓動がさらに加速しているのがわかった。
加えて、イリアの手つきがいやらしい。
「えっと、イリア様。そんな触られると恥ずかしいのですが」
「あっ、申し訳ありません。それにしてもトキ様は鍛えていらっしゃるのですね。すごく固くて男らしいです」
トキは鼻血が出そうになった。
(なんだろう。これは地なのか?)
「あ、ありがとうございます。しかし、私などよりイリア様の方が異性に言い寄られるのではないですか?」
「どうでしょう。いくつか縁談はきてもいるようですが、学園ではいつも友人とばかりいますので」
「縁談……。お受けになられたのですか?」
「いえ、父からは急がずともいいと言われておりますし、私自身その気になれませんでしたのでお断りしました」
「そうなのですか。しかし、イリア様と結婚なさる方は幸せでしょうね」
「お互いがそうであればと思います」
イリアと目が合う。
互いの顔はとても近く、吸い寄せられるような微笑みがそこにある。
「困りましたね。本気で惚れてしまいそうです」
「それは……困りましたわ。私たちが一緒になるには障害が多いでしょうから」
「障害、ですか?」
「はい、トキ様にも心当たりがおありではないですか?」
「あなたを妻とできるなら、何であろうと誰であろうと容赦はしません」
「トキ様。私はそのように言われて大変嬉しいのですが、できれば皆が幸せになれるような道を選択してください」
「皆が幸せに……心しておきます」
「曖昧な返事で申し訳ありません」
「可能性があるなら私には十分な答えですよ」
会話を終えて地上に戻った。
イリアの言う障害については見当がつくが、皆が幸せになる道については何を指すのかは分からなかった。
イリアルートは当初の予定通り。エレスは……。




