3話 辺境の村にて
新暦1334年 ガレリア大陸 カルティア王国 ファウスタイン侯爵領 パイオニル村
カルティア王国の南西一帯を占めるファウスタイン侯爵領のさらに南に位置する大森林。
ファウスタイン侯爵領のみならず王国の1/3を占める面積を誇ると言われる未開の地。
多種多様な生物が多く生息するその森から少し離れた位置、王国南西の端っこの端にその村はあった。
大森林開拓を目的に集まった者たちがその始まりとされているが、ある程度推められた所で開拓は停滞し、今では村の各方面に拓いた土地で収穫される農作物と森の浅い範囲で得られる狩猟、収集で生きていくだけの益はもたらしていた。
その村で警護隊長兼狩人のロクス=ゼペルルクスは、獲物を探していた森の中で後方から仲間が自分の名前を叫ぶ声を耳にした。
「ん?……っ!」
その呼ぶ声に心当たりがあったロクスは次第に口角を上げつつ全力で疾駆する。
「コニーー!コニーーーー!!もももしかしてっ!?」
同じ警護隊のコニーを見つけ、ロクスは興奮を抑えきれずに声をあげる。
「ロクスさん!ええ!もうすぐだそうです!というより、ロクスさんが思った以上に深く入っていたので時間的にギリギリかもしれません」
コニーが言い終わるよりも早くロクスは走り出していた。
「あぁ!ちょ、待ってくださいよ!」
ロクスはコニーを置き去りにするかの如く全力疾走し続け、我が家へと飛び込んだ。
「リリー!!」
村の中の小さな一軒家。
その奥側の部屋を開けた瞬間、大きく泣き喚く赤子の声が生じた。
「ぉぉぉぉおおおおおおお!」
それに負けず劣らずロクスも叫ぶ。
「リリー!体は大丈夫か!?」
「ええ、だいぶ疲れたけど平気よ」
少し青白い顔をしつつもにっこりと微笑むリリーに安堵し、産婆が厚く布に包まれて泣く赤子をリリーに手渡した。
「元気な男の子じゃの」
手渡された赤子をリリーが抱くと、先ほどとは打って変わって静かになる。
「やはり母親が安心するのじゃろうかのぉ」
産婆は苦笑いをしてぼやき、周りを片付け始める。
「君と同じ銀髪かな?目の色は、まだ目を瞑っててわかんないか」
「もうちょっとしたら目も見えてくるでしょう。それよりこの子の名前、考えて
くれた?」
「ああ、この子の名前はトキニア。トキニア=ゼペルルクスだ」
「トキニア……。うふふ。いい名前ね。トキニアということは愛称はトキね。トキ、あなたのお母さんですよ」
「理由は聞いてくれないのかい?」
「きっとあなたのことだから夢で見た聞いたとか言うんじゃない?これぞ、天啓だ、とか」
微笑しながら目を細めるリリーにロクスはうぐっと言葉を詰まらせた。
図星である。
「まぁともかく、きっとトキニアはすごい人物になるよ。僕たちの子供だしね」
「その自信はどこからくるのやら……。まぁ、こんなに愛おしくて仕方がないのだから、親馬鹿になってしまう気持ちは分からないでもないわね」
お互いにトキニアを見ながら微笑み合う。
そして、ロクスはふと心にしたことをつぶやいた。
「ありがとう、リリー。元気に元気なトキニアを産んでくれて。ありがとう、トキニア。元気に生まれてくれて」
リリーはつーっと涙をこぼし答えた。
「ありがとう、ロクス。ありがとう、トキ。私、幸せだわ」
お互いに最愛の2人を抱きしめ合いその幸せを噛み締めた。
幸せとは――
愛とは――
獲得し、理解し、享受する可能性は多くの者に有り得る。
ただそれが、全うされ続け得る者は稀である。
その他大多数の者の先に待つそれは無関心か、無生産か、絶望か、哀惜か、嫉妬か、怨恨か、諦観か、その後の後悔といったとこだろうか。
それでもヒトはそれを再び得ようとする。
幸せで愛に満ちた家庭に生まれた男児、トキニア=ゼペルルクスはその先で何を選択するのか。
彼の深く、重い、2度目の後悔の時まで――後5年。
それは確実にそのトキと共に佇んでいた。
訂正・指摘あればどぞ。