35話 カルティアの王子様
新暦1346年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア 流通局
ナルビス王国から無事帰国したトキはまず、局長への報告から始めた。
「トキ、遠路ご苦労だった。私もようやく心休めれるよ」
「いえ……実は少しばかり、いや、かなりまずいことになりまして……」
もはや苦笑いのトキが申し訳なさそうに経緯を話した。
報告を終えたトキは局長の判断を待った。
椅子に背をあずけ上を仰いでため息をつく。
最近も見かけたような気がする。
「これは、面倒だな。トキよ、そなたはどうするつもりなのだ?」
「私は局長の判断に従おうかと思っていましたが、局長が王子殿下の人柄をよくご存知でないなら私がお会いしてからでも遅くはないかと」
「ふむ。私は何度かご尊顔を拝したことはあるが、人柄を知るほどのものではない。殿下は御年16歳でアリビア王女殿下とも同じ生まれになる。正妃アリネッタ様に似ていらして、眉目秀麗なお方だな。いずれ分かることなので、できるだけ事実に沿ったものがいいだろう」
「王族に対する平民の私見を王族に伝えるということに心が折れそうなのですが」
「今ばかりは君が冒険者でここの職員でないということに心救われているよ」
局長にさじを投げられたため、一層トキの背は丸くなった。
どうしようもないトキはそのまま王城へと向かった。
書類と事情を話し門を抜ける。
綺麗に区分けされて花咲く庭園を過ぎ城の中へ。
今日の晩御飯は何にしようかなぁと現実逃避していたら、案内の兵士が王城の一室の前で立ち止まった。
いつの間にやら着いてしまったらしい。
後ろを見ると赤い絨毯が敷かれてあり、壁側に肖像画がかけられてある。
そのまま後ろに歩き出したかったが、兵士にどうぞと中に入るよう言われる。
中はクリーム色と茶色を基調としたものが置かれており、モダンな雰囲気を醸し出していた。
外から照らされる光を浴びながら、セルクス王子殿下は本を読まれていたようだ。
窓から吹くそよ風になびく明るい金髪を抑えながらこちらを向いた。
大きい眼に大きな蒼い瞳、鼻は高く口はきりっと結ばれている。
女性が騒ぎそうな貴公子がそこにいた。
(なにこのイケメン。惚れそうなんですけど。姫さん、問題ねーよ。この人見たらあんた惚れるよ)
王子殿下がこちらへ来たので、片膝をついて右手は胸に、左手と頭を下げる。(この国ではこれでいいらしい)
そして、相手が話すのを待つ。
「ご苦労。そなたは下がれ」
「はっ」
案内の兵士が扉を閉め、王子殿下と付き人のみが残った。
「すまないな。一応このメンディー以外の者がおれば形式ばらないとならんのだ。できるだけ楽にしてくれ。それでは、用件を聞こうか」
「はっ。ナルビス王国王女殿下へ御親書をお渡しし、返書を頂いて参りました」
メンディーと呼ばれた付き人がトキから小箱を受け取り、殿下にお渡しする。
楽にと言われても王女殿下のときとはワケが違うため、トキはその姿勢を保ち続けた。
王子殿下はテーブルで書類の方から目を通し始めた。
(これ、待たないといけないのか。話しするなんて無理がありすぎるだろ、姫さんよぉ)
王子はサッと手紙を読みながらくっくっくと笑い声を上げていた。
そして、唐突に声をかけてきた。
「そなたが噂の銀翼トキニア=ゼペルルクスであったか。王女殿下と……随分仲良く話されたようだな」
(おいいいいい!姫さん何書いたんだよ!?ってか、いつの間に書いたんだ!?)
「いえ、他愛もない世間話を少々させていただいただけでございます」
「そうか?随分と詳しくここには書かれているがな。どうやら王女殿下はそなたが随分と気に入ったようであるぞ?」
(はぁ!?もういやだ、帰りたい)
「め、滅相もございません。しがないただの平民に過ぎませぬ故、何卒ご容赦を。を?」
(俺何言ってんだー!?自分でも意味わかんねーよ!?)
押し黙った王子殿下は小さく、次第に大きい笑い声をあげた。
「あっはっはっはっは。いや~すまぬすまぬ。戯れが過ぎたな。私は王女殿下自身のことを知りたいといったことをしたためたんだがな。すると、そなたに今言ったことを追求してみて返ってくる反応が面白いと感じる人間だとあったのだ」
「……あのおんなぁぁ!ざけんなぁぁああ、あ?」
立ち上がり吠えたトキはやってしまったと固まった。
それを見て王子殿下も王女殿下と同じくニヤリと笑った。
「ほほう。それがそなたの素顔か。アリビア王女殿下が書かれていた通り、無礼講ならば王族を王族と思わないとはまことだな」
「し、失礼いたしました」
「よい。アリビア王女殿下がそうであるならば私もそなたを友として接しよう。もちろん、他に人がいないときに限られるが言葉使いも気にしなくてよい。不服か?」
「不服か不服じゃないかと言われれば、あんたら王族に巻き込まれたこと自体が不服だよ」
「ははは。その調子だ。これは口の悪い弟ができたみたいだな」
「え?王家にはセルクス以外に男はいないのか?」
「トキニアよ。そなたいささか順応が早すぎはせぬか?」
「アリビアの件があったからかな。それに俺は兄や姉がいたことがないからな。性格を除けば、綺麗な姉ちゃんとかっこいい兄ちゃんなら歓迎すんよ」
「おっ、アリビア王女殿下は綺麗なのか?」
「あんたも男だね。性格はスルーだし。長い白銀の髪をしたとびきりの美人さ。性格は……いたずら好きで茶目っ気があるって感じだけど、外面はよさそうだな。セルクスと同じで」
「そうかそうか。それは楽しみになってきたな。ああ、そういえば我が王家の話だったか。男は私のみだな。いらぬ政権争いは起きそうにもないが、我が身に何かあれば一大事だからと過保護に扱われておるよ。他国に行くことも許されん」
「そっか。まぁそれは仕方ないんじゃね?アリビアにはあんたとは気が合いそうな性格をしてるって皮肉っとくよ」
「おいおい。それは皮肉になるのか?トキニアはいい性格をしておるよ」
「それはどうも。じゃ~俺はこれで失礼するよ」
「ああ、返書を送ることになるだろうから、また呼び出すのでな」
うげーという嫌そうな顔をしつつ部屋を出た。
(なんかとんでもない方向にいきつつあるな、俺の人生)
王城を出て一応局長にまた報告に行くことにした。
(今度も流通局を通しての依頼だったら、また局長の胃がキリキリすんのかな)
思ってもいない縁が次々と結ばれていくことに、この時のトキはまだ楽観視していた。