34話 ご指名入りました、ご指名テーブルはナルビスです
新暦1346年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア 流通局
流通局での依頼を始めて1年が経った。
体格も変わってきたため、装備のサイズ調整をジョーに頼み終えたトキは、いつもの如く流通局へとやってきていた。
通常は職員の人から配達物と地図を受け取って出発するのだが、今日は局長に会うように指示されて部屋に向かう。
局長室をノックして返事を待ってから入室すると、椅子に座って机の上の書類の山と格闘している局長、という普段の光景はなかった。
腕を組んで座っている局長の前には書類の山の代わりにひとつの小箱が置かれていた。
白い木目のある長方形の木箱で、角を金色の枠が覆っており、何かの紋章が紅色で描かれている。
「ゼペルルクス君。座り給え」
最近では二人の時はトキと愛称で、他の職員がいるときや依頼の話をするときはトキニア君と呼ぶ局長だが、このとき初めて性で呼ばれたためトキに緊張が走った。
「今回の依頼だが、いつもとは異なる。配達するものはこの木箱ひとつ。行き先はナルビス王国の王都ナルビスになる。行ったことはあるかね?」
「はい、一度師の要望で海水魚を買い付けに行きました」
「そうか、ではそこの王城にこの書類を提示して、第一王女殿下アリビア様にお目通りし、この箱を直接渡せ。それからお返事を頂くまで王都に滞在し、返書を持ち帰る。それが今回の依頼だ」
「王女……殿下、ですか。では、その木箱も我が国の王族から?」
「詳しくは言えん。依頼の達成だけを考えなさい。いいかね、これは本当に命懸けだ。何かあれば首が飛ぶ。それを忘れてはならん」
「……心します。必ず無事達成します」
「……よろしく頼む」
局長は沈痛な表情で頭を下げた。
本来であれば護衛を囲って時間をかけて届けるのだが、トキの早さと失敗がないという実績が王族の耳に届いてしまったため、今回の一件が起こってしまったのだった。
なんとも皮肉なことだが、局長が言いつけ、それを守ろうとしたトキの依頼に対する姿勢が招いた結果というわけである。
まだ幼い少年に過分な依頼を任せることになった局長の心中は複雑なものだった。
しかし、トキはいつもと同じことをするだけと考えることにした。
念のため余分に食料を確保しておこうと、すぐにトキは補給に向かった。
王都ナルビスへはゴウホウ山地から南へ流れるナムル川を超えて東へ行くことになる。
トキならばまっすぐ東へゴウホウ霊山を超えるため、カルディア王国南東の街ミアザより少し時間がかかる程度で済む。
しかし、他の人が王都カルディアから出発するならば、ナムル川にかかる橋を渡るために南東へ下り、そこから王都ナルビスを目指し北東に上がることになる。
そのため馬なら一ヶ月半、徒歩なら三ヶ月以上かかる道のりになる。
王都カルディアを出発したトキは5日目にはゴウホウ山地に差し掛かっていた。
かつて修行したゴウホウ霊山はもっと北になるが、霧で覆われた風景に懐古させられる。
今日の野宿する場所を探しながら上空を飛んでいると、山の上に広がる草原が見えてきた。
山々が連なり、それに囲まれた形で緑の絨毯が遠くまで広がっている。
霧に包まれた崖を登ってでしか見つからない秘密の園がそこにはあった。
トキは崖近くにポツンと一本だけある針葉樹の下を今日の寝床と決めた。
すると、地に降りたトキにギンが声をあげた。
(何かいるのか?)
今回はできるだけ戦闘や騒動には巻き込まれたくないと考えていたトキは念のため偵察することにした。
ギンと並んで上空から観察していると、かなり遠くに黒っぽい点々が見えた。
(あれは……馬か?)
近づいて確かめると、それは確かに馬の群れだった。
青毛や栗毛、白毛などが見られ、馬たちはこの草原を餌場にしているようで皆草を食んでいる。
しかし、普通の馬と違い、どの馬も耳の横に牛の角のようなものが生えていた。
なんとかその姿が確認できるほどの距離で上空にいたが、トキを発見したのか、一頭の馬が頭を上げてじっと凝視してきた。
目と蹄を除いて真っ白で角は天を突くように曲がって太く長く、周りの馬より一回り大きい。
群れのリーダーなのだろうか、警戒していたかと思うと声を上げて群れを移動させ始めた。
寝床とは逆方向へ行ったので、トキは戻ることにした。
(綺麗な馬だったな。ここにいるってことはあれも霊獣なのかな?)
馬と鹿の間のような姿の麒麟って生き物を馬鹿って名づけた王様がいたけど、あれは馬牛だな、などとどうでもいいことを考えながら眠りについた。
翌日からも快調に空を飛び、カルディアを出発してから12日で王都ナルビスに到着した。
こちらの王都も高い城壁に囲まれており、王城を除いて建物は木で作れられている。
比較的海に近いこの王都ではあちらこちらの店で魚を売っていた。
滞在中の食事が楽しみだな、と期待する。
王都へ入ったトキはそのまま書類を提示して王城へと赴いた。
子供が一人だったため少し不安があったが、問題ないようである。
こちらの箱を直接お目通りして渡すように言われている、とだけ説明した。
王城は王都を囲む城壁の中でさらに3つの城壁に囲まれていた。
全ての門で検問を受け、武器の類を全て渡して王城内へと入る。
王城内のホールのような所から階段を登り、廊下を歩く。
魔道具なのだろうか、光が上から照らされており、調度品が一定の感覚で並んでいる。
(そういえば俺、王族への礼儀作法なんて知らないぞ。局長に聞いておけばよかったな)
今更になって冷や汗が流れるが、すでに王女殿下がいる部屋の前にきてしまったようだ。
案内の兵士がノックをして女中らしき人が扉を開け、来客が伝えられる。
一度扉を閉じ、しばらくしてから再度女中の若い女性が扉を開けた。
どうぞお入りくださいと言われてしまったため、ええいままよ、と当たって砕ける気で入室した。
部屋はトキの宿の30倍以上広く、白色の家具、調度品が眩しく映っていた。
部屋の中央にきめ細やかな彫刻がされたテーブルと椅子があり、一人の女性がそこに腰掛け、直前までティータイムを楽しんでいたようだ。
おそらくこの女性こそが第一王女殿下なのであろう。
10代半ば、トキよりは年上と見立てた王女様は美少女から美女へ変わりつつある年頃だった。
白を基調としたシンプルな(庶民には十分豪華だが)ドレスを着ており、髪はトキよりも白い白銀色で、右側を耳のあたりでまとめていてあとは腰まで流してある。
長いまつげに大きな黒い瞳は意思が強そうな印象だが、ピンクで水々しい唇の端がわずかにあがり柔らかな表情で相殺している。
トキは入口付近で立ち止まり、片膝を立てて口上を述べる。
「カルティア王国流通局の依頼により、ナルビス王国第一王女殿下アリビア様へお届けするようこちらをお預かりしております」
これでいいのか汗が止まらないトキにアリビアはやさしく答えた。
「遠路ご苦労様でした。サーナ」
サーナと呼ばれた女中がトキから小箱を受け取ってテーブルの上に置いた。
「あなたの依頼は以上かしら?」
「いえ、王女殿下からの返書を頂くまで王都に滞在し、返書を受け取った後、戻るよう言い渡されております」
「そう。では返書が出来ましたら、再度連絡をします。それまで我が国でごゆるりとお休みください」
「はっ。御心気遣い感謝致します。では、私はこれにて失礼致します」
部屋を出て少し歩いたトキは長い息を吐いた。
(言葉使いわかんねー!合ってたのか!?)
極度の緊張を過ごしたトキはまた会わないとダメなんて言わないよね、と心配した。
返書を受け取るまで王都内の宿屋で寝泊まりし、昼間は観光がてら散策したり買い物したりして過ごした。
このときもギンを連れていたため周囲の注目を集めていたのだが、度重なる経験がトキを鈍感にしてしまっていた。
気にしないようにしていたら、本当に気にならなくなったのである。
王女殿下に箱を渡してから5日後、ようやく王女殿下からの使いが来た。
どうやらトキの悪い予感が当たったようで、トキ自身がまた王城に来るよう告げられた。
しかも、旅のお供もご一緒に連れて、と追加されてだ。
(旅のお供ってギンだよな。まさか、いつかの辺境伯長男みたいなこと言わないだろうな)
トキは不安になった。
もし、そうなったとしてもギンと別れるつもりは毛頭ない。
だが、断って逃げても今度は国家間の問題に挟まれることになりうる。
(もしそうなったら、ジジイのように隠居生活だな)
諦めの決意を胸にトキは再び王城へ赴いた。
通されたのは前回と同じ王女殿下の部屋だった。
霊鳥とはいえ、鳥が入ってもいいのか確認したが、王女殿下のご命令ですので問題ありませんと返された。
今日の王女殿下は淡いクリーム色のドレスを着ていた。
トキは前回と同じく入口付近で片膝を立てて頭を下げたのだが、今日はこちらへと王女殿下の向かいの椅子を示された。
緊張を超えて真っ白になりそうな視界の中、椅子に腰掛ける。
「随分と緊張しているようですが、なるべく気を楽にしてください。今は女中と私しかおりませんし、ここは私室になります。無礼を働いても一向に構いませんので」
「あ、ありがとうございます」
それで今日はどうしたのだろう、返書を受け取るだけではないのか、と考えが顔に出たのだろう。
王女殿下が答えた。
「今日は返書が用意できたのでそれをお渡しするため、そして、少しあなたとお話がしたくてこの場を設けました」
「お話……ですか」
「はい。我が国御用達の商人が王都にカルティアの銀翼が来ているとお話してくれたのです」
ぶっと飲んでいたお茶を吹き出さなかった自分を全力で褒めてやりたかった。
しかし、トキの反応を注視していた王女殿下には見抜かれたようだ。
「ふふふ。そのご様子では、その銀翼というのはあなたのようですね。お名前をお聞きしてもよろしいですか?」
王女殿下は面白そうに話している。
(この目は……知ってる。ジジイがよくしていた目だ)
老師のように破顔したカンジではないが、二人に共通するものが感じ取れた。
「私はトキニア=ゼペルルクスという平民で、冒険者をしております。銀翼というのはあまり、その、本意ではありません」
「あら、私はいいと思いますわ。そちらの美しい鳥と相まっていい表現です」
「こいつはホワイトロックのギンといいます。私の相棒であり、家族です。おそらくギンを連れているせいでそんな名がつけられたのでしょう。本意ではありませんが」
俺が名づけたんじゃない、俺はその名が気に入らない、と大事なことなので二回言ったが、王女殿下は無視したようだ。
「確かにその鳥もあるのでしょうが、その商人はカルティアと行き来しているらしく、空を飛ぶ白銀の髪をした少年が郵便配達をしている、と言っておりましたよ?こちらにも空を飛んで来たのではないのですか?銀翼様?」
もう一度吹き出しそうになったのを堪え、その商人を殺してやりたくなった。
あえて後から少しずつ情報を出すことで、トキの反応を楽しんでいる。
トキが考えている以上に、あちらはこちらのことを知っているようだ。
トキはこういう時相手を楽しませないようにする。
「ええ、そうです。空を飛んできました。何がご要望なのでしょうか?」
「ふふふ。あっさり白状されましたわね。私の要望はあなたの話を聞くこと、そして私の話を聞いてもらうこと、それだけなのですよ?」
絶対なにかある、とは思うが主導権は最初からあちらにあるようなので観念する。
「わかりました。ですが、ご無礼を働いても本当に不問としていただけるのでしょうか?」
「はい、もちろんです。そうでなければ、入って早々に礼儀を失していたあなたはとうに問題となっていたでしょう。願わくば、あなたとは普段の言葉使いで友人としてお付き合いしたいですわ」
今度は不敵な笑顔を見せる王女殿下は完全に老師とかぶって見えた。
王族の、ましてや他国の礼儀なぞ知るはずもなかったトキは、笑う王女殿下に心中苛立った。
どうやらこの王女殿下は無遠慮にしたいようなので、こっちもそれに合わせることにする。
「わかった。んで姫さん。何が聞きたいんだ?」
「あららら?これはまた、随分砕けましたわね。もう少し遊んでいたかったのですが」
「そういう本心は心の中だけにしておけ。俺の師匠があんたに似ててな。遊ばれるのはもうこりごりなんだよ」
「そうなのですか。お師匠様とは気が合いそうですわ」
「死んじまったけどな、会いたかったら言ってくれ」
「無礼講とは言え、王族に対してそこまで言えるあなたって大物ですわよ?ああ、だから銀翼なんて名をつけられるのですわね。私、納得がいきました」
「あんたの減らず口、マジでクソジジイを思い出すぜ。あと、銀翼はやめろ。俺のことはトキでいい。で、結局何を聞きたいんだ?」
「死んだら紹介してくださいね。私が聞きたいのはあなたのことですわ。私は一度も王城から出たことがないので、外の面白いことをたくさん知っていそうなあなたのこれまでのお話をお願いします。題目は『奇想天外!トキニア=ゼペルルクスの一生』で」
「あんたが王女殿下なのが不思議に思えてきたよ。その題目も相まってな。面白いこともあったが、悲しいことの方が多かったし、少し長くなるぞ?」
「ええ、かまいません。そのために今日一日予定を空けましたから」
トキは老師によく似たこの美少女にため息をつきながら、これまで起こったことをかいつまんで話した。
トキの話に微笑み、クスクスと笑い、眉を寄せ、目を細め、色んな表情をしながらアリビアは聞いていた。
ここへ来る途中に見つけた牛の角を生やした馬を発見したことを話すと、おそらくそれは霊獣ブースホースだろうと言われた。
とても速く、そして長く走り続けられる馬らしいが、捕まえ調教することは難しいらしい。
途中軽食を挟みながら一通り話し終わり、王女殿下はトキに尋ねた。
「トキは……そのような過酷な人生を歩んでもなお、前に進めるのは、なぜですか?」
アリビアはまるでその答えを探しているかのような聞き方をした。
「母さんが死ぬ最後に言ったんだ。『生きなさい』って。ジジイも最後に言ったんだ。『恨むな、強くあれ』って。だから、俺は強く生きようとしている。生きる目的もできた。故郷の村の復興なんだけどな。だから俺はそのために今を強く生きている。……アリビア、お前の夢はなんだ?」
「私の夢……」
「ああ、小さなことでも大きなことでも夢っていう目標があれば人はそれに向かって努力できると思うんだ。叶えられないこともあるかもしれないけど、それでも夢を持つことは大事だと、俺は思う」
「私の夢は……大好きな人と結ばれて、子供ができて、面倒を自分でみてあげる、そんな家庭……」
(王族としては難しい、か。普通の夢なんだろうがな)
アリビア自身よくわかっているのだろう。
夢といっても叶いそうにない、届かない願い。
言葉にした途端、眼を潤ませ俯いてしまった。
少し震えているようでその様子を見て、気休めにしかならないけど、と思いながらトキはその言葉を口にした。
「アリビア。お前は王族だ。その責任からは逃れられない。でも、俺にできることがあるなら言ってくれ。さすがに、連れ出せなんてのはできないけどな」
アリビアはその言葉を聞いて、俯いていた顔をぱっとあげた。
そして、言質はとったと言わんばかりにニヤリと笑った。
トキはそれを見て自分の失態に気付き、思わず走り去りたくなった。
(やっちまった!!間違いねー!!)
「そう……トキがそう言ってくれて、私は安心してことを頼めますわ」
「おい、てめーさっきの全部演技か?演技だったのか!?」
「ヨヨヨヨ。か弱く落ち込むわっちに手を差し出してくれたのであろう?ぬしはそんな女子が好みなのでありんす。ヨヨヨヨ」
「てめー本当に王女か!?化け狐か化け狼じゃねーんだろうな!?」
「さて、話がまとまったところで、事の経緯を話しましょう」
「全然まとまってねーよ!?これ、なに詐欺?わっち詐欺!?」
アリビアは気にせず話を続ける。
「実は、私とカルディア王国第一王子殿下セルクス様との間で婚約が結ばれようとしているのです。今回の配達はそれに伴う殿下から私への私文でした。か弱く落ち込んでいた私は王女の義務を果たすべく、この話を健気にも受けるつもりなのです。ですが、私は王子殿下を見たことは一度もありません。そこで、トキにそこの辺りを事前に調べてもらおうかと思っていたのですが……うまくいって大変喜ばしいですわ」
「俺は全然喜ばしくねーよ!?」
満面の笑みを浮かべる王女と驚きの表情のトキ。
「どうせ断れないんだから、そんなのどうでもいいだろう」
「自分が生涯を共にする方を初対面でこの人です、では納得がいきませんわ。トキ?一度言った言葉は守っていただきます」
「最初から巻き込むつもりだったくせにどの口が言うか」
「この口ですわ。返書とは別に、トキが直接殿下に会えるように認めておきましたので万事抜かりはありませんのでご安心を」
「いやだ、もうこの人。ほんとジジイっぺぇ」
「諦めてください。折り返しまた来ることになりますから、そのときもよろしくお願いしますわね」
何度目だろう今日ため息つくの、と思いながら返書の入った箱と書類を受け取った。
今日は宿で寝てから帰ろうと決め、とぼとぼ歩くトキの背中は元気がなかった。
書くモチベーションが下がりつつあります。
表現方法がわからなくなってきてます。
ストックが切れつつ…切れました。
他の作者様方まじリスペクトだわぁ(´ω`)
ところでわっち云々ってところネタとしてはまずいですかね?
警告されるまで放置しますが。




