33話 逃げるが勝ち
新暦1345年 ガレリア大陸 カルティア王国 王都カルティア 流通局
いってらっしゃい、気をつけてな、と多くの声がかかる。
トキは11歳になっていた。
流通局での依頼も始めてから半年以上が経ち、11歳という年齢や容姿、外面がよかったおかげでトキは流通局のマスコットキャラクターのように可愛がられていた。
依頼に対しては局長に言われていた通り真剣に取り組んでいるが、人間関係に関しては大人ってちょろいなと舐めてかかっていた。
報酬の方は他人の3倍以上働いて追加報酬もあり、月に金貨20枚とかなりの稼ぎになっている。
これは5人家族が食っていけるだけの報酬である。
おかげで魔法学園の入試、通学費用も金貨70枚ほどになっていた。
3年間分のお金もあと1年あれば十分貯まると思われる。
大きな買い物をする予定もないので、余剰資金もできるはずだ。
飛行中や野宿している時に敵に襲われることもしばしばあり、その時いつの間にかギンが風魔法で攻撃できるようになっていた。
飛行中にも使っていたようだが、このとき初めて気づいたのだ。
親鳥も使っていたのでギンができても不思議ではない。
さて、トキ自身はどうかというと、飛行魔法の習熟で立体戦闘がかなり上達しており、疾風の鎧を使用しながら、風の刃を両手で発動させ、3つの同時展開が可能となっていた。
『ジジイ』と『ババア』の扱いにはだいぶ慣れてきたところだ。
しかし、老師が亡くなってから対人戦闘訓練をする機会は全くない。
老師が強いことは知っているが、同世代やランク別の強さを比較して知る機会がなかった。
自分ではそこそこなところまで成長したと思うのだが、学園に入るまではお預けとなっている。
入試試験対策も順調だ。
一般教養と魔法の筆記試験に関しては文字は書けるので問題ないが、国の歴史と魔法の常識的な理論とかは教わっていなかったので、夜や休養日に覚えている。
わからないことがあれば休憩中の流通局の人に聞きに行ったりしていた。
レクディアン伯爵は一番知識量が多いので、仕事の邪魔にならない程度に教えを請うことが多いが、時折悲しげな残念そうな顔をされている。
魔法試験はその人の素質や独創性、練達度、可能性を見るものらしいが、大丈夫だろたぶん、と思っている。
いざとなれば、飛行魔法見せればいいんじゃね?と考えてるのだ。
秘匿するつもりは最早ない。
依頼の話に戻ろう。
今回は南東の街ミアザに行くことになった。
荷物は背嚢と肩バックに満載といつもよりは多い。
ミアザはナルビス王国との交易の要所で、港町でもあり南部ではかなり大きい街になる。
前回食べた記憶が忘れられず、そこへ着いたらギンと一緒に魚を食べようと考えていた。
トキでも10日かかる長旅を終えて、ミアザの街を闊歩する。
この半年間で注目されることを気にしなくなったトキはギンを肩に乗せていることが多くなった。
いつもは周りで驚かれるか、ひそひそと話されるか、子供が近寄ってくるくらいだった。
しかし、今日は少し厄介な人物と遭遇することになる。
郵便物の受け渡しを終えたトキは前回来たときに泊まった、おいしい魚料理を出す宿屋に向かっていた。
すると、護衛らしき武装した大人を二人連れた、同い年くらいの少年がこっちに歩いてきていた。
トキより少し背が高く丸い体型の少年。
赤茶色の髪はおかっぱで、丸い目と鼻をしている彼はおそらく貴族なのであろう、仕立ての良い白い軍服のような格好をしている。
そんな彼がトキを発見して、ドスドスと音を立ててこちらへ来た。
「おい、お前。その鳥を俺によこせ。お前にはもったいない」
会って早々失礼なことを言う少年にトキは丁寧に答えた。
「この鳥は私の相棒であり、家族でありますのでお渡しすることはできません」
「はん、なんだ金か?いくらがいいんだ?」
「私は家族に値段を付けることはできません」
「獣を家族とぬかすか。金貨10枚だしてやる。それでそいつをよこせ」
「いくらであろうとお譲りすることはできません」
「おい、貴様!俺はこの街を統治するブンゴット辺境伯の長男だ!逆らわない方が身のためだぞ!」
「私の意思は変わりません。どうぞお引取りを」
少年が激昂してトキの胸元に手を伸ばす。
トキはそれを半身になって躱したが、少年はそのまま前につんのめって転んでしまった。
トキが見下ろす形になってしまい、少年の顔がさらに赤みを増した。
「貴様っ!」
少年が魔力を集中し始めた。
どうやら魔法を使えるようだと察したトキはギンを飛び立たせ、自分も逃げる準備に入る。
数秒して発動された火属性の魔法がトキに向かって放たれる。
トキは避けられるギリギリまで引き寄せ、後方へ高速移動してから横道に入った。
すばやく小路を抜けて、空へ飛ぶ。
(うまく紛らわせれたかな?ってか、普通街中で魔法ぶっ放すか?面倒なことになったなぁ。これ絶対いつか再会するパターンだよ。はぁ~)
依頼中だったので我慢したが、休日に会ってたら叩きのめしていたところだった。
今回の依頼が済んだら局長に報告だけしておこうと頭の片隅に置いておく。
今回は魚は諦めて王都に戻ることにした。
「ということがあったんです。対応としては間違ってなかったですか?」
王都に戻ったトキは上司?であるレクディアン伯爵に事のいきさつを話した。
伯爵は椅子に背をあずけて溜息を吐いた。
「ああ、うまく逃げてくれたようでよかったよ。変わらないようだな、あそこの長男は」
「ご存知なのですか?」
「噂を聞くくらいだがね。他人の物を身分を盾に奪ったり、街中で魔法を発動させたり、貴族の社交場で問題を起こしたりと数年前から度々耳にするよ。なにより問題なのがブンゴッド辺境伯がその長男をいたく可愛がっていて、問題を起こしてももみ消そうとするという点だ。統治の方もあまりうまくいっていないという話でな。あそこはナルビスとの交易の要所なのだからしっかりしてもらわんと困るのだが。おっと、これはここだけの話にしておいてくれよ?」
「ええ、わかっています。ところで、ひとつ懸念があります。彼は何歳なのでしょう?」
「ニブルとかいったかな、彼は。確か11歳だったと思うが、ああ、なるほど。彼も魔法学園にくるのではないかということか」
「はい。ということは同学年で入学する可能性が出てきましたね……」
「ご愁傷様と言っておこう。どうだ?入学を止めてこのまま流通局の職員にならないかね?」
「いえ、私は道端に石ころが転がっている程度で夢を諦めるつもりはありませんので、ご遠慮させていただきます」
「石ころ。そうか、残念だな。ウチとしても優秀な配達員を手放したくないのが本音でね。いや、すまない。しかし、もし気が変わるようなことがあれば言ってくれ。いつでも歓迎しよう」
「ありがとうございます。私もこの仕事が好きなので夢がなければ、ずっとお世話になっていたことでしょう」
「そう言われると私もここの人間として素直にうれしいよ。ああ、そうだ。重要なことを忘れていた。トキニア君、君は未だFランクだが、本来Cランクであるはずのこの依頼を指名依頼という形で特別に受けてもらっている」
「指名依頼……。そうだったんですか」
「ああ、それで君は依頼の道中に獣や魔物を討伐して、その素材をギルドに度々売却しているね?これは契約の中に含まれた条件なのでいいんだが、高ランクなものもそこに含まれていたことも考慮して、契約が終了となる入試試験のひと月前に、Bランクへのランクアップ試験を受ける資格を与えるという話になった」
「Bランク!?いいんですか!?」
「ああ。ただし、これは今のペースで依頼を無事に達成し続けることが条件だ」
「それはランクアップに関わらず心がけていることなので構いません」
「うむ。では、今後も銀翼の活躍に期待させてもらうとしよう」
「その名は勘弁してください……」
伯爵は最後に、冗談交じりでトキが気にしていることを楽しそうに言った。
言い始めた人間がいたら蹴り飛ばしてやりたいトキであった。




