17話 登山家修行は大変です
新暦1341年 ガレリア大陸 ゴウホウ霊山本山
「ファック!ファック!ファーーーック!」
老師への罵詈雑言を吐きながら、トキはまたもや崖登りの真っ最中だった。
日々の修行のおかげで、今や順手逆手問わずどちらの手からも風の刃を出せるようになっている。
さらに、指先のケガを防ぐために作り出した3本の『風の鉤爪』はピッケルの役割を果たし、途中から風の刃に代わり崖登りに大いに役立っていた。
魔力効率もあがり、魔法を出しては消してと、この2つの魔法に関しては瞬きをする間に発動できるほどになり、豊富な魔力量も相まっていくらでも継続することができた。
そのため、登攀速度だけみれば熟練のクライマーに匹敵するほどとなっていたのだが――。
「もうジジイの家の2倍は登っているはずなのにまだ頂上見えねーし」
もちろん老師はいつもの如く、先に一人で登ってしまっている。
遠くから見ても頂上は雲に覆われて視認できなかったが、やはりゴールが見えないのは精神的に辛いものがあった。
加えて、老師の家に初めて登ったときのように、空気が薄くなっているためか呼吸が荒くなる。
「ハァハァ……ん?」
頂上ではない。
が、切り立った崖の一部に突出した箇所があった。
(あそこで一旦休憩するか)
少し直線コースから外れて向かってみると、そこは魔法で削る必要がないほど平らな岩棚になっていた。
そして、そこには小枝や枯葉を土台にし白銀の羽毛が敷き詰められた何かの巣があった。
覗いてみると、大きな卵が1個鎮座してある。
羽毛を一本取り上げてみると50cmは超えようかというもの。
そこから想像できるのは前世では存在しなかった大きさの猛禽類の姿。
(あれ?これって親御さんに見つかったら卵泥棒と誤解されね?)
キュエエエエエ
(お、遅かった。こんなところでなんたる孔明の罠)
姿を現した親鳥を見て、トキは息を止めた。
ホバリングをしながら翼を広げるその姿は見るものを魅了する。
白よりも白いと表現ができそうな純白の体毛、翼は白銀色で星が瞬くかのように煌めいている。
そして、その堂々たる大きさは翼開長5mを超えていそうだ。
鋭く下に曲がった嘴は若干灰色がかった白さで、小動物なら丸呑みできそうなくらい大きい。
大きい黒目はトキを睨みつけているようで動かない。
キュエエエエエ
威嚇する鳴き声に反応してトキは行動に出た。
「う、動くな!卵がどうなっても知らないぞ!」
言葉が通じないのにもかかわらず、トキは卵を盾にして叫んだ。
子供(卵)を人質に短剣をつきつけ親に動くな、と告げるトキは思いっきり悪役になっていた。
住居侵入につぎ、銃刀法違反、逮捕監禁罪まで加わる。
(異世界の鳥相手だから無問題)
トキの行動に対して親鳥は……。
ギョエエエエエエエエエエ
さらに激怒した。
バシュゥゥゥゥ
「うおっ!」
両翼を叩きつけるように羽ばたかすと、カマイタチのような風がトキを襲った。
(風魔法か!?)
身をかがめてやり過ごしたが、崖に亀裂が入るほどの威力だった。
(こりゃ、殺り合うしかねーな。娘さんをくださいってわけでもねーのに。モタモタしてたらこの岩棚も破壊されかねねーし)
親鳥からのカマイタチを風の刃で切りつける。
自分の魔法で通用しそうなのはこれだけだと判断し、魔法を防ぎ続け親鳥が焦れて嘴か爪で接近してきたところをカウンター、という作戦だ。
幾度かの攻撃を防いだところで親鳥が上昇した。
(くるか。爪か嘴か)
上空から加速した親鳥が一直線に飛んでくる。
(はやっ!?)
左手で風の鉤爪、右手で風の刃を発動させ躱そうとするが、その速度に反応が遅れた。
ガガシュ
咄嗟に出した鉤爪同士がぶつかり合い、衝撃で後ろに倒れる。
後出しで出した風の刃が親鳥を下から切り裂いた。
親鳥は岩壁にぶつかりながら落下していく。
トキも落下しそうになるが、鉤爪を引っ掛けて難を逃れた。
「ふ~やばかったぁ。まさかあんなに速いとは」
もう数瞬反応が遅れていたら、左手で鉤爪ではなく刃を発動させていたら、トキが死ぬか親鳥共々落下していただろう。
(弱肉強食の世界だな。さて、番ならもう1匹親がいるはずだけど……)
先ほどの親鳥の鳴き声はかなり遠くまで響いていたはずだが、片親だけだったのだろうか、他に姿は見えない。
周囲を確認してから改めて卵を見てみる。
実際に見たことはないが、ダチョウの卵よりも大きいと思われる。
殻の硬さも相当なようで結構暖かい。
食べるか孵化に挑戦するか迷ったが、このままにしておいても仕方ないのでとりあえずのところ懐に入れて温めておく。
(死んでしまったら墓を作ってやろう)
そんなことを考えながら卵を抱えて休息をとった。
崖登りを再開し、卵が割れないように気をつけて登っていく。
連日の疲労と空気のせいで頻繁に休息をとる必要があったが、ついに頂上が見えた。
「つ、い、たーーー!!」
トキが立つ場所から雲が遥か下の方に見える。
(随分と遠くまで来たもんだな)
この達成感はたまらないな、と感慨深く思いながら腰を落とし、水を口に含む。
(しんどかった。登山家ってのは何を思って登るんだろうな……)
頭上に広がる空は少し暗い青さをしていた。
その眺めを十分に満喫してから背後を見渡す。
大きな岩が乱立しており、奥に進めるほどの隙間が通路のように行き渡っていた。
通り抜けると拓けた場所に出た。
そこに老師の姿が見える。
「ふぉっふぉっふぉ。ようやく着いたか。ん!?……い、いつの間に。お嬢ちゃんや、儂はお主をそんな軽い女に育てた覚えはないぞぃ!」
「はぁ?数日ぶりに会ったかと思えば、いきなり何言ってんだ?俺は男だし、てめーに遊ばれた覚えはあっても育てられた覚えはないぞ」
「わ、儂が遊んだ!?な、なんと。儂のせいだというのか。そんな覚えはないが……。もしや、いつか酔っ払った時に!?」
「あぁ?酔っ払った時も散々ふざけて振り回されたな」
「ふざけて!?振り回した!?そんな激しいことをしてしまったのか!?」
「まぁひどかったな。外に出て暴れ終わったと思えば、中に入っても暴れて」
「外に中に!?なんたることじゃ……」
「よーく反省したら今後は酒飲むなよな」
「わ、わかった。儂も責任をとろう」
「おう?まあ気をつけてくれ」
「して、お嬢ちゃんはいつ頃そのお腹の子を出産するんじゃ?」
「…………」
トキは卵を入れて膨らんだお腹を見た。
首をかしげる老師。
「……?」
「ふぅぅぅぅ。……死ね」
「ゴファッ!……家庭内暴力、反対……(ガク」
「てめーの勘違いっぷりには怒りを通り越すもんがあるぜ」
夫婦漫才?を終えて、トキは疲れを癒すためにテントに入った。
奥には岩のアーチのようなものがあったが、また今度老師に聞けばいいだろうと思い、卵を抱えて眠りについた。




