13話 人生山あり崖あり
新暦1340年 ガレリア大陸 カルティア王国東北部 ゴウホウ霊山山中
「あ~思い出しただけで腹が立つ、あのクソジジイめ」
老人への怒りを気力に変えて、登頂を再開する。
登るにつれて傾斜角は70度を超えようとしていた。
一歩間違えれば少なくとも100mは転げ落ち、命はないであろう崖をトキはプレッシャーに耐え必死に登る。
幸い岩壁は脆くはなく、手足を引っ掛ける箇所は十分にある。
しかし、その硬さ故にトキの手先は傷つき、血がにじみ力が抜けてきている。
(力が……くっ、本格的にやばくなってきた。どうにかしないと……。このまま登りきるのは無理だ。下りるのも同じ。となると、賭けるしかないか……)
トキは3つ目の選択肢に賭けることを決めた。
すなわち、魔法を使って体を休めるスペースを作る。
おそらく短剣やナイフでは不可能だろう。
ちなみに4つ目の選択肢は叫んで老人に助けてもらうこと。
だが、これは無理だと判断した。
叫んでも聞こえないだろうし、あの老人のことだから今頃は頂上でお茶でも飲んでいるに決まっている。
さらに、トキ自身あの老人に助けを求めるくらいなら死んだ方がマシと思えたからだった。
短剣を逆手に持ち、魔力を集中させて、魔獣戦でも使った魔法を発動させる。
片手で捕まりつつ岩壁に刃を振るう。
ガガッ
力を込めれない態勢のひと振りだったが、硬い岩肌を削ることができてひとまず安心する。
(全く歯が立たなかったら、終わってたな)
あとは、魔力が尽きる前に削り切るだけ。
何度も何度も刃を振り下ろし、なんとか休憩スペースを確保できた。
1m四方くらいの小さいスペースだが、今のトキなら寝返りを打たなければ仮眠もとれるだろう。
背負った背嚢から糧食と水に口をつける。
傷薬を取り出し、手に塗ってから静かに目を閉じた。
日が落ち、時間的には朝を迎えたはずだが、相変わらず辺りは霧に包まれていた。
体力は回復したようだが、体中が痛む。
膝を抱えたままの態勢だったので仕方がない。
(時間制限については言ってなかったから、まぁ大丈夫だろう。よし、いくか)
崖登り再開。
時折、魔法で簡易に休憩できる箇所を作り、休みながら頂上を目指す。
数時間後、とうとう崖の切れ目が見えた。
残り30mほど。
現在いる所辺りからホールドできる箇所がほとんど見られず、魔法に頼り切ることになった。
(素人目に見ても、これ、ルートなくね?)
力と魔力を振り絞り、頂上へ這い上がる。
ようやく登頂を終えたトキは地面に大の字に倒れ込んだ。
「あ~疲れた~」
しばし、空を見上げた後、ふと気がついた。
(霧がなくなってる?)
崖の方を見ると数キロ先まで眼下に雲海が広がっていた。
「絶景じゃろぉ」
後ろを振り向くと、老人が得意気にそう話しかけてきた。
「まぁ、な」
老人と同意見であることは気に食わないが、前世でも写真でしか見たことがないその光景にトキは感動していた。
「ところで、お前さんはどちら様かいの?」
「殺すぞ、クソジジイ!あんだけおちょくっといて忘れんな!感動を返せや!」
「ふぉ?どっかで聞いたことあるような気がせんでもないかのぉ」
「昨日!この崖登ったら俺に魔法を教えてくれるって話だったろうがっ!」
「昨日?お~そういえば、可愛らしいお嬢ちゃんとキャハハウフフと遊んだのぉ。しかし、お主のように可愛げない小童ではなかったぞぃ?」
「てめーの頭ん中でどんな風に都合よく脚色された思い出になってんのかは知らねーけどな!約束は守ってもらうぞ!」
「……めんどくさいの(ボソ」
「聞こえてんだよ!とりあえず、あの向こうにある家がクソジジイの家か?今日は疲れたからもう休ませてもらうぞ」
平に馴らされた山頂は六角形のような形をしており、その中心に4,5人は住めそうな大きさの木造の平屋が建っていた。
こんな所に家をどうやって建てたのか不思議だが、老人のことなのでスルーすることにした。
土足で勝手に侵入する。
あの老人には遠慮や配慮は必要ない。
家の中は食卓も兼ねそうな居間と小部屋が二つあり、片方の部屋に布が敷き詰められたベッドがあったのでそこで横になった。
(ようやく、ゆっくり休めれる……)
この1ヶ月ほど、老人と追いかけっこをして、老人に見守られながら?魔獣と戦って、老人に忘れられながら崖を登って……老人との思い出しかない。
眠りについたトキは夢の中にまで現れた老人に、ウ~ンウ~ンと苛まれるのだった。




