第十二話 されど風立ちぬ・2
「––––ですから、現状、政治の世界はイコール金の世界でしかないんですよね」
土曜日の夕方。志郎は久しぶりに伊原翔の授業を行なっていた。
翔は中学二年生の男子で、土日に不定期の授業を行う、ということを志郎たちに求めていた。それは完全に“不定期”であり、まるまるひと月授業のないときもある。いつも一週間ほど前に母親が連絡を入れてくる。それで志郎の予定と合わせて授業をする、というのがいつもの流れだった。一応、授業があるかもしれないので、志郎はできるだけ土日の二時から四時という時間帯には予定を入れないようにはしているが、やはりどうしても無理なときがある。そんなとき、次の回で授業に赴くとあからさまに翔の機嫌は悪くなっている。それがいつものことだった。
どうしてこのようなスタイルを翔が取っているのかは志郎たちにもよくわかっていなかったが、月謝を払ってくれているので断るわけにもいかない。考え方としては毎週土日の授業で欠席の多い生徒、ということではあった。ただ、志郎は、翔が何らかの精神的病を抱えていることを両親から聞いてはいた。
具体的な病名は知らないし、日常生活を営む上で支障があるのかどうかも志郎にはわからない。別に不登校なわけではなく、学校にはきちんと通っている。志郎が見る限りでは成績も特に悪いところはなくむしろ優秀だった。だからといって家庭教師を雇うのがおかしいということにはならないとして、やはり気になるのはなぜこんな不定期授業を行うのかということだった。翔を受け持ってからもう半年ほど経つが、最初からこのようなスタイルだった。
何か理由があるのだろう、それだけを志郎は考えるようにしていた。もしかしたら自分の知らないところで日常的に大変な目に遭っているのかもしれない。両親は優しそうな人たちだったが真実はわからないし、翔にとって彼らがどんな印象なのかも当然わからない。だから、翔が自分を求めているのであれば、応えてあげたい、と思っていた。むろん仕事だから付き合っているのだが、志郎は自分と同じように精神の病気を患っている翔に個人的な感情があった。いつか病気がよくなってもらいたい––––そう、思っていた。
「違法献金や賄賂があるのは当たり前だし、忖度がないはずがないんですよね」
「そうだね。政治って複雑な世界だからね」
「そうなんですよ。この間も政治とカネの問題で友達とちょっと議論になったんですが、話は平行線を辿りました。あいつはちょっと夢想家なんですよね。ポジティヴなのはいいと思うんですが」
いま、志郎と翔は休憩時間に日本の政治の話をしている。志郎からすれば翔の間違った部分を訂正したい気持ちがずっと続いていたが、ひたすら話を聞いていた。いつものことだった。
志郎は翔を担当する教師として、塾に残っていた最後の一人だった。他の家庭教師たちはみんな翔との授業を嫌がり、そもそも翔自身が彼らを拒みクレームを入れたので次々に担当が変わっている。その最後が志郎だったのだが、翔はどうもひたすら話を聞いてくれる志郎に好印象を覚えたようで、いまのところ塾に志郎に対するクレームは来ていない。
正直に言えば志郎は翔がやりづらい。別に精神の障害の有無とは無関係に与えられた仕事は拒絶されない限り遂行しようとは思っているが、やはりどうしてもそう思ってしまう。それだけ翔は“難しい子ども“だった。
基本的に翔は“折れる”ということがない。そして翔は議論を好み、主に政治の話をすることが多かった。だが、話を聞いている限り志郎には翔が政治について基本的なことを結局のところあまり理解していないことがわかっていて、しかし迂闊に“諭し”たりしないように注意している。
翔の持論は、政治では世界は変わらない、ということだった。それから、自分は組織票を持っていないから投票しても意味がない、だから投票権を持っても選挙には行かない、ということをいつも言っている。そして、自分は政治に興味がある、と、言う。全て志郎には翔が“わかっていない”と思うことだらけだったが、その一方で翔は自分が“わかっている”と思っている。
これは翔がまだまだ中学生だからなのか、それとも彼の病気によるものなのかはわからない。だが、志郎はなんとなく、いつか雪尋が言っていた人格の崩壊という言葉をいつも考える。精神医学の現場での勉強をしたことがあるわけではない志郎に、人格が崩壊しているというのが具体的にどういう状態なのかはわかっていないが、なんとなく翔を見ていて、もしかしたらこういうことなのだろうかとうっすら思っていた。しかしそれだけ翔の様子は“ちょっと変わっている”どころではなかった。
それでも日常生活を営む上では極端に苦労はしていない様子なのが不思議だった。結局、精神の病気と一口に言ってもその現れ方は人それぞれでしかないのだな、と志郎は思う。だから、人格崩壊というワードを思い浮かべてもそれ以上の追求をしないようにしている。そう不勉強な自分にそんなことを判断する技術があるとは思っていないので、その点に関しては妙な納得を自分自身しないように心がけている。なんといっても自分は医者のたまごどころかただの素人なのだから。
「いいですね、先生は。まだ高校生だっていうのにちゃんとわかってる」
まだ中学生の翔は達観したようにそう言った。
「それはどうも」
「先生はぼくとレベルが合ってるんでしょうね。前々から先生は話がよくできるなと思っていたんですが」
それもこれも自分が話を聞いているからこそ翔は自分の話ができているだけだ、と、我ながらそう思う。
「先生も、政治の世界は汚いって思われるわけでしょう」
「汚いというか、本当に複雑怪奇な世界なんだろうな、と思うね」
「そうでしょう、そうでしょう」満足したように翔はペンを取った。「じゃ、そろそろ二時間目行きましょう」
「そうだね。では、どうぞよろしく」
そして志郎は授業を再開した。
政治で世界は変わらない、自分は組織票を持っていないから投票しても意味がない。これは、翔が議会制民主主義をあまりよく理解できていないことの証左だった。志郎はいつもそう思う。
もし翔が志郎の友人であれば、日本の政治がもしも悪い方向へと向かっているのだとしたらそれは自分たちの責任だと言っていたと思う。投票率が五十パーセントを切り、有権者の半数が政治に信頼を置いていない国なのだ。悪化していくのは当然だとしか思えなかった。しかし翔はそこで組織票の話をする。志郎からすれば組織票があるのは当たり前で、それと一人一人が投票しないことは別問題だと考えていた。そもそも論で言えばそんなものより一般の有権者の方が圧倒的に多いのである。もし翔が志郎の友人であれば、志郎はそういった議論をしていたことだろう。
政治に興味がある、というのも自分のことがよく見えていないとしか思えなかった。確かに話題にするぐらいだから興味はあるのだろう。しかし翔は興味がある“だけ”で、それを自分の中でどう消化するかばかりを考えており、そこから得たものを社会にどのように活かそうかということには関心がないようだった。むろん投票をすることだけが市民の政治参加ではない。しかし、基本的な部分をクリアしていないのに声を上げることに何の意味があるのだろうと志郎はいつも思っていた。インターネット上のデモ活動というものに何の意味もないと考えている志郎としては、数百万人もの人間が集まれば何でもできるのにしょせんネット上の存在でしかないデモに何ら生産性も発展性も感じられなかった。もしかしたら翔もやがてはネット上で“軍師”のような存在になりたいのかもしれない、と思うと、志郎は憂鬱だった。どうにかして翔をリアルな方向へと導いてあげたかった。
だが、翔はあくまでも生徒であり、つまりお客様である。だから迂闊に説得なり論破なりをするわけにはいかない。志郎はできるだけ自分の言葉の表現を否定的な形ではなく肯定的な形に変化させて翔と向き合っている。
人の話を聞く、というのは技術でカバーできる部分が大きい。それが傾聴と受容ということだった。もちろん専門的に医学講習を受けているわけではない志郎の傾聴技術である、とても人を癒すことができているとは自分自身思えなかった。周囲の人たちが志郎に話を聞いてもらいたくて仕方がないように翔も志郎と話をするのが楽しみの一つであるようなのは幸運だったが、しかし、それが志郎の精神科医を目指す者としての自信に繋がるわけではない。自分はあくまでも素人で、自分は何もわかっていない、そう戒めることを志郎は常に自分に命令していた。
ところが翔は自分は“わかってい”て、周りの人間たちは誰も“わかっていない”と思っていた。そんな中で志郎は“マシ”な部類であるようだった。
翔は、政治で世界を変えることができると主張する周りの人間たちのことをいつも理想主義者と言っている。
志郎からすれば、一人一人が投票に行かないから日本の政治は良くならないのだ、というのは厳然たる事実であり、だから一人一人が投票すれば政治は世界を変えられる、というのは紛うことなき現実なのだが、それを翔は是が非でも受け入れない。それが志郎にはやや不思議だったのだが、わからない話ではない、とも思う。
みんな自分の世界を守るのに必死なのだ、という感想を志郎はよく抱く。もし日本が悪くなっているのだとしたらそれは選挙に行かない自分たちの責任であり、だから“自分のせいで”国家が滅びた、などという結論に至らないようにするためには、彼らはどうしても政治で世界は変わらないという考え方のもと生きていくしかないのだ、と志郎は思う。結局、まだ有権者ではないものの翔も自分の世界を守るために“選挙に参加しないこと”に必死なのであろう。なんとなく志郎はそう思う。
それでも翔はやりづらいだけではない。難しい話、でなければなかなか楽しくコミュニケーションが取れる。やや一方的ではあるがそれでも礼儀正しいし、何より真面目だ。志郎は他の教師陣とは違い、そこまで翔に否定的な感情は抱いていなかった。だから翔も志郎に好印象を抱く。いい循環だ、と、志郎は思う。現実的には好きな人を好いているからといって好きになってくれるとは限らないが、結局のところ誠意を持って相手と付き合うということは人間関係の基本的な姿勢なのであろうと思う。だから、翔ともちゃんとした付き合いをしていこう、と、いつもそう思う。
ふと総一朗を思う。
果たして自分は、総一朗とこれまで通りの関係に戻れるだろうか。ちゃんとした付き合いができるようになるだろうか。わからない。それでも––––そうしたいと望む。少なくともそれは、翔と話を合わせることよりは容易なことなのではないか、と、そう期待して。




