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第七話 天使とペテン師・3

「いや、そんな都合のいいだけの人を求めてるわけじゃなくて、ただみんなでわいわいがやがやしてるの楽しそうだから」

「カバ夫はバイキンマンのやったことを許せないと思ってるかもしれないよ。表面上はみんなといるからわいわいがやがやしてても」

「でもそれを言ったら、アンパンマンだってメロンパンナちゃんだって」

「そうだね。彼らは彼らで何か葛藤を抱いているかもしれないね。現実世界のぼくらと同じように」

「でも、アニメ観てると、なんかそういうんじゃなくていつも楽しそうにしてるし」

「そりゃあアニメだからね。主な視聴者層が幼児である以上それは当然さ」

「うーん。でもそういう大人の事情っぽい話じゃなくて……」

「でも、そうだね。仮にアンパンマンたちが、大団円でみんなが心の底からわいわいがやがやしているとしよう」

「うんうん」

「それは危険だと思うね」

「なんで? どこが?」

「だって、みんなが同じ気持ちでいるなんて、非現実的な状況だもの」

「だって、アニメだし」

「そうじゃない。それは、リアルじゃない、ってことさ」


「えーと。こんばんは」

「こんばんは」

「こんばんは」

「こんばんは」

 しばらくまるで同じやり取りを繰り返したのち、ようやく燎は落ち着きを取り戻したようだった。やがて燎は志郎に訊ねた。

「なんでこんな時間に学校にいるの?」

 志郎は答える。

「スマホを忘れたんだ。仕事の連絡があったらどうしようと思って」

「あ、そうか。山岡もバイトしてるんだったっけ」

「西宮くんもファミレスでバイトしてるんだよね」

「うん。もう辞めたけどね。引っ越すし。まあ対人関係が最悪だったから、辞める口実ができてよかったけど」

「そうなんだ」

「そうなんだよ」

「それで」と、志郎は訊く。「君こそ何してるの?」

「えーと……」

「何やら不思議なことになってるみたいだけど」と、いつの間にか燎の足元にちょこんと座っているテディベアに懐中電灯の灯りを向ける。「ロボット技師にでもなったのかな」

「いや、えーとその」

「これが魔法なら、まあそういうこともあるんだろうな、とは思うよ」

「えっ」

 と、燎は目を剥いた。

 しばしの沈黙。

「えーと」燎が口を開いた。「なんか、理解が早いな」

「模試の上位常連だからかな」

 そこで、燎は吹き出した。

 そして、持ち直した。

「いやあ、山岡はすごいなあ。動くぬいぐるみ見ても動じないんだもん。魔法、魔法ねえ。そういうこと、あっさり受け入れちゃうんだもんな」

「多様性の時代とかじゃなくて、そもそも世界は多様にできてるからね」

「違いない」と、そこで燎は足元のテディベアを抱えた。「魔法なのかなんなのかはわかんないけどな」

「よかったら、部室に招待してくれたら」

「うん、いいよ。入って」

 燎が部室へと志郎を促し、志郎は入っていった。するとそこは、なかなか不思議かつ、かわいい光景が広がっていた。

「わ。みんな動いてるね」

 ぬいぐるみたちがちょこまかと部室中を動き回っていた。熊もいれば兎もいるし猫もいれば犬もいる。それは全て燎の作品であることを志郎はわかっていた。

「そうなんだよ。俺の友達だよ」

「友達かあ。不思議な友達だ」

「みんな、そんなに怯えなくていいんだよ。山岡だよ。俺の友達だよ」

「怯えてるの?」

「うん。誰っていうから」

「いうから?」志郎は怪訝に思った。「言葉を喋るの?」

「え、聞こえるだろ?」

「僕には動いてることしかわからないけど」

「ああ、そうなんだ。じゃ、俺にしかわからないのかも。まあとにかく、座ってよ」

 と、志郎は部室の床に座った。相変わらずぬいぐるみたちはちょこまかと動き回る。

 燎がテディベアを抱きながら志郎の前に座る。

「よかったら、説明を」

 という志郎の希望に、しかし燎はどう説明したらいいだろう、と迷った。

「思いつくままでいいよ」

 うーん、と、悩み、だが燎はなんとか説明を始めてみた。

「そうだな。なんていうか。最近になってこの子たちとコミュニケーション取れることがわかって」

「うん」

「二週間ぐらい前に、部室で作ってたら、なんか煮詰まっちゃって。うまくいかないなあ、みたいな。いやまあ、手芸もそうなんだけど、家のこととか、あとファミレスのバイトのこともずっと引きずってて。で、そんとき一人で部屋にいたんだけど、別にいつも通りこの子に、話しかけてたら、話しかけてくれたんだよな。最初はびっくりしたんだけど、でも、この子、すごい優しくて。燎のせいじゃないよ、って、ずっと言ってくれて、すごい嬉しくなっちゃって。それで他の子たちにも話しかけてみたりしたら、つまり、みんなこんな感じになって」

「なるほど」

「なるほどって、理解できた?」

「とにかくぬいぐるみを自動的に動かす能力を手に入れたわけだね、いつの間にか」

「う、うん。まあね」

 燎に抱かれているテディベアが彼の顔を覗き込んだ。

「不思議だよな」

「不思議だね」

「あ、いや。いまはこの子の返事を」

「不思議だね」

「不思議だよな」

 再び、沈黙。その沈黙を志郎が切り開いてみた。

「それで、それから毎晩学校に忍び込んでるの?」

「うん。なんでかわかんないんだけど、家じゃ動かないんだよ。だから、夜しかないだろ。ここに来てみんなと遊んでる」

「ということは技術室の窓から?」

「え、山岡も知ってたの?」

「うん。見て見ぬふりを」

「へえ。山岡だったらすぐ報告すると思ってた」

「誰にでも悪の心はあるさ」

「違いない。じゃあ、山岡に感謝だな」

「それはどうも」

「へへ」と、燎はテディベアの頭を撫でる。「それから、これは俺にもわかんないんだけど、どうして自分ちのは動いてくれないんだろって疑問で。いや、何人か連れてきて、そしたら動くようになったんだけど」

「それはきっと、ご家族にバレたらヤバい、っていう西宮くんの動物的本能が」

「うーん、まあ、そういうことなんだろうかね。あと、俺の作ったのだけ動くのは?」

「西宮くんが作ってくれたからだろうね」

「そうか〜。だったら嬉しいや」

「それにしてもこの教室、電気がついてるけど、よくバレずに二週間近くこのままいられたね」

「うん。運がいい。バレるな、バレないでーって気持ちがあったのが、願いが叶ったのかな。ま、今日バレちゃったけど」

「僕でよかった」

「だな。山岡にソーイングセット拾ってもらったから、なんか縁が強くなったのかも」

「あとこの子、カバンを提げてるね。前はなかった」

「あ、すごい。よく気づいたな。そうなんだ。コンテスト終わってらこの子にはなんとな〜くカバンかけさせてあげたいなーとは思ってたんだけど、なかなかピンとくる生地がなくて。それが昨日、よく行く手芸屋さんで、これは! って思うのを見つけて、それでさっき完成したとこ。そしたらなんか部屋の外に出たがってたみたいだから出してあげたの。いままで部屋の外になんて出たがらなかったんだけどな」

「ふむふむ。世の中は不思議がいっぱいだね」

 ほっ、と、燎は一息吐いた。

「まあ、説明っていうと、こんな感じなんだけど。だいたいわかったかな」

「うん、だいたいわかった」

 基本的な情報は得た。志郎自身に特殊能力が芽生えたと同じように燎にも特殊能力が芽生え、それが彼の場合ぬいぐるみに命を吹き込むことであること。いや、命を吹き込んでいるのかどうかまでは志郎にはわからない。だが、いずれにせよぬいぐるみを自律させる能力が燎にあるということだけがわかれば充分だった。

 自宅で能力を発揮できないのは志郎の説明通りであり、もう一つ追加すると、西宮家が燎にとって安心できる場所ではないからではないか、と、志郎は考えた。おそらくは精神的負荷による能力の覚醒だが、そうであるならなおさら家では発動できないはずだった。知られてしまうことは燎の人生の危機であり、まだ燎は志郎と違って自分の特殊能力を客観的に自覚しきれていないのだ。自覚しきれていない、ということは、能力を使いこなせていない、ということである。場所によって能力が発動できないのは燎の動物的本能、原始的本能が“ここは能力を発動させる場所ではない”と訴えたことによるものだろう、と、志郎は推理した。

 推理は続く。部室内の空間はおそらく外部からの認識を阻害している。だからさっき志郎には気づかなかったのだ。校内に入るまで結界を展開していなかったことを考えると、認識の阻害というものはそもそも阻害してしまっているわけだから周囲の人間には認識できないのだろう。それが特殊能力を持つ自分も例外ではないことを知り、志郎は自分の能力の限界を改めて理解する。この部屋を志郎が認識できたのはテディベアを追いかけていたからで、つまり異変を感じ取っていたからだろう、と、志郎は考えた。

 なぜ結界内部で異変を感応したのか。今日、燎のソーイングセットを手に取ったことで燎と自分が同じ能力者同士一時的に接続されたからではないか、と志郎は推理した。その針で作られたぬいぐるみだから、結果的にテディベアと志郎がリンクしたことになる。したがって、志郎が校内に入ったタイミングでこのテディベアは自身と繋がっている志郎を感知し、テディベアなりの異変を感じたから志郎を追いかけてきたのだ。少なくとも全て筋は通っている、と、志郎は思った。

「残る疑問というと、やっぱりなんでまた西宮くんがそんな魔法を使えるようになったか、だね。確かに世の中は広いんだけど」

「う〜ん。なんでなんだろ」

「よく、事故に遭ったらIQが高くなるみたいな話あるけど、そういう感じかもね」

「ストレスってこと?」と、燎はそこで意外そうな顔をした。「いやストレスはあるよ。あるけど、にしてもだからといってこんなことになるかね」

「西宮くんが思ってるよりも重いストレスだった、ということなのかな」

 断言できるのは燎にもともと素質があったということだが、それを説明する必要はないと志郎は思った。

「え、でも。家族とうまくいってないとか、バイトがつまんないとか……そりゃ嫌だけど、アメリカに引っ越すとか、そこまでかな?」

「僕にはなかなかの悲劇的ラインナップに聞こえるけど……」

 手元に指を当て、燎は何度か頷く。

「うん。まあ、そうなのかな? 山岡がそういうってことは。でもなー」

 何を疑問に思っているのだろう、と志郎は訝しんだ。志郎は続けた。

「だって、家が安心できないなんてなかなかの絶体絶命の事態だし、仕事がつまらないっていうのは人生を生きていく上で決定的な問題だよ。それにアメリカに引っ越すなんて、引っ越し自体が大変なのに」

「へえ〜……」

「そう思わない?」

「いや、いま思うようになった。そうかもしんないって」

 うん、うん、と頷きながら、燎は、興味深い、といった表情で志郎の目を見た。

「いや、家族親戚は全体的に俺に対する最低限のリスペクトがないんだよな」

「そんな感じだね」

「おはようって言ってもおはようって言ってくれるとは限らないし。向こうから言ってくることはまずないし」

「ヤバい人たちだね」

「や、ヤバい? そ、そうか。……だから職場でも挨拶してくれないとき、あー俺が仕事できないやつだから、そりゃこうなっちゃうよなーみたいな……」

「いや、西宮くんが仕事があんまりうまくできないっていうことと、職場で挨拶をしないっていうのは無関係だから」

「むう……」

「他に愚痴があったら聞こうか」

「いや〜……なんつうか」と、燎はテディベアを軽くいじり始めた。「井野とかは、親の愚痴とか言うと、え、いい親父さんじゃん、とかって言うんだよ」

「いま目の前にいるのは西宮くんで、いまは西宮くんの話をしてるんだから、井野くんのその対応は西宮くんの相手をしてないってことになっちゃうね。残念ながら」

「うーん」

「いや、別に井野くんがやなやつ、とかそういうことじゃなくて、ただ」そこで志郎は真剣な眼差しで燎を見つめた。「人の話を聞くっていうこと自体がすごく難しいことであるってことなんだけどね」

「そうか……」

 テディベアの右腕をいじりながら、燎は言う。

「この子たちは、聞いてくれるんだけど……」

「それはよかったね。あんまり負荷がかかってたから、神様がちょっと休めって言ってくれてるのかもしれないよ」

「神様。神様ねえ」

「神様というか仏様というか、何か、超越的絶対者が」

 へへ、と、燎ははにかんだ。

「そうだな。そういうのがいるのかもしれないね」

「世の中は多様だからね」

「違いない」

 2人は見つめ合い微笑み合った。

 志郎は時計を見た。時刻は〇時近くになっていた。

「じゃあ、僕はこれで」

「え、帰っちゃうの?」

「明日も学校だよ。少しでも寝なきゃ」

「あ、まあそれはそうか……でもさ」

「?」

「また明日も、来てくれるか?」

 志郎はちょっと悩み、だが答えた。

「うん。じゃあ、来ようかな」

「ほんと?」

「大丈夫。なんといっても寝てる時間だからね」

 なんといっても学校の後の仕事の後であり、本来この時間に睡眠を取っていないのは不健康なことではあるが、それでもこの誘いを断るわけにはいかない。

 いくらかわいらしいふわふわした出来事であってもこれは明らかな“異変”なのである。このまま放っておいていいものなのかどうなのか、志郎は必ず見極めなければならないのだから。

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