表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/179

第二話 邂逅の日・3

 三年二組における報告者の一人真島紗耶香によると、次のような事件が発生したということだった。

 昼休みに体育館を使っていた一年生のグループが、

 体育倉庫の中で真っ二つ×になっていた被害者である一年一組の女子生徒の死体×を発見し、

 更に昼下がりの魔女と書かれた×メモ×が死体に置いてあった×。

 この説明を聞いたとき志郎はまず被害者を悼む気持ちが生まれたが、その次に思ったのが、現時点での状況下ではこの事件はやがて風化していくのだろうな、ということだった。

 紗耶香は「よくわかんないけど」と前置きしてから志郎と総一朗にこの説明を始めたのだが、それは日本語という言語が抽象的だからではなく本当に「よくわかんない」からそう言ったのだろう。実際、彼女自身の情報も一次情報などではなく他の生徒からの又聞きによるものなのだ。それも「友達から聞いたんだけど」ということだったので、その人物もまず発見者ではなく、誰かから聞いた話を紗耶香にしたのであろう。それもますます志郎の確信を強めた。

 頭の中で×印をつけた箇所は全部曖昧でどうとでもとれる情報だった。志郎が自分なりに自分自身に対してざっくりと解説するとこうなる。

 昼休みに体育館を使っていた一年生のグループが、

 体育倉庫の中で真っ二つ(体の上下なのか、左右なのかがわからない)になっていた被害者である一年一組の女子生徒の死体(仰向けだったのか、うつ伏せだったのかがわからない)を発見し、

 更に昼下がりの魔女と書かれた(手書きなのか、印字なのかがわからない)メモ(メモ用紙なのか、何らかの紙の切れ端なのか、あるいはカードのようなものなのかがわからない)が死体に置いてあった(死体の“そば”なのか、死体の“上”なのか、死体の“中”なのかがわからない。そもそも死体の“どこ”なのかがわからない)。

 おそらくその発見者である一年生たち自身も動揺と驚愕と混乱が収まらない状況でそれぞれ自分なりに記憶を構成しながら他の人間たちに話をしたのだろうから、その時点ですでに噂と化していたはずだ。

 これでは、「左右で真っ二つになって目を見開いていた被害者のそばに赤い印字で書かれたカードが置いてあった」とも言えるし、あるいは「上下で真っ二つになって指でダイイングメッセージを遺そうとしているかのような姿勢の被害者の女性器の辺りに乱暴な手書きで書かれたテスト用紙の切れ端が置いてあった」とも言える。この二つではその方向性がまるで異なっていく。そしてすでに三年二組の教室内でも尾鰭のついた噂に背鰭も胸鰭もつき始めており、報告者たる紗耶香自身の記憶も自信も曖昧になってきていた。おそらくいま、学校中でこの事件の噂の変容が始まっているのであろう。そしてそれぞれがそれぞれに辻褄を合わせ自分に理解できるように納得できるような形でまとめていく作業をしている最中なのだ。そして最終的にこの高校でこの事件が語り継がれるとしたらそれは殺人事件としてではなく都市伝説としてだろう。志郎の推測では、例えば「メモ」の部分に関していえばおそらく最終的には「ゴシックロリータデザインのカード」といったところで落ち着くはずだ、と思った。それは“昼下がりの魔女”というフレーズから彼が思いついた印象に過ぎないのだが。

 志郎の推測は、人間社会はわからないものをわからないままにしておくことが壊滅的に難しい社会だからだという大前提のもとに成り立っている。だからどうしても“わかる”ようにしなければならない。だから、あまりに“わからなさすぎる”とその作業ができなくなる。なぜなら“面倒臭い”からだ。人間にありとあらゆる可能性を平等に扱うことができない以上どうしても思考が追いつかなくなっていき、それはやがて思考停止状態に陥ったのち最終的に思考すること自体を放棄してしまう。したがって、猟奇的殺人事件は具体的に何がどう猟奇的なのかが重要なのであって今回のようにあまりにも情報が曖昧すぎて状況を断定することが難しく「猟奇的殺人事件が発生した」というだけのまとめ方をしてしまうことは人間社会においてはある意味“合格”なのである。おそらくこれからマスコミ各社がこの学校に突撃してくるだろうし、もともと不審死の多発事件が発生しているという前提のある街で劇場型猟奇的殺人事件が起こったわけだからセンセーショナルなニュースとして連日扱われることにはなるだろうが、ただそれだけだ。死体の発見者たちがインタビューを受けたとしても相当な状況の現場を目撃したわけだから明日以降の時点でもう記憶が曖昧になっているだろうし、教員が詳細な説明をするはずがない。むろん遺体や現場の状況は警察の発表により詳細にはなるが、全てが詳細に語られるわけではない。今この学校で行われているように、基本的には足りない部分を自分たちで勝手に埋め合わせていく作業が続けられ、繰り返されていくのである。いずれこのニュースはいままさにこの学校で起こっているように話が二転三転し、収拾がつかなくなった頃から人気スイーツの紹介企画などへと予算編成が組み込まれていくようになるだろう。あるいはインターネット上の一部の陰謀論者たちを除いてこの事件を扱う者はやがていなくなる。そしてこの事件は「かつて猟奇的な殺人事件が発生した」ということだけが残存し、そのまま風化したのち誰の頭からも消えていくのだ。

 被害者の直接的な関係者はこの事件をいつまでも忘れないだろうが、しかしその被害者というのが今年入学してきた新一年生であることからおそらく忘れないのは家族や親しい友人だけで、他の生徒はクラスメイトとはいえまだ一緒になって数日しか経っていなかったわけだからそもそも被害者のことを認識すらしていない者もいるはずだ。いずれにせよこの殺人事件は殺人事件としてではなく都市伝説として語り継がれていくだろう。志郎にはそうとしか思えなかった。

 しかし犯人が逮捕されれば話は別だ。それも人間社会において“合格”の判定を受けるまとめ方となる。おそらく同じように噂が噂を呼び話は二転三転するだろうが、そこに“答え”が用意されれば人々の思考は最終的に唯一の方向へと収束する。それは例えば「犯人の趣味は美少女が登場するアニメ鑑賞で」「どうしても現実の少女を支配したくなり」「体を真っ二つに切断することで自分のものにできるように思ったから」そこで「アニメオタクは犯罪者予備軍」という偏見が強化されることであり、そうしてやがて社会は安定していく。別に解剖学に興味を持っているでもいいし家庭環境に問題があったでもそこはなんでもいいのだ。重要なのは“わからないものをわかるようにする”ことであって真の理解などは二の次なのである。人間が“答え”を求めるのは結局“気楽になりたいから”なのだ。たとえそれが思い込みであろうと、あるいは警察の自白強要による虚偽の説明であろうと、そんなことはどうだっていいのだ。なぜなら、そしたら自分とは関係のない世界で自分には関係のない出来事が起こっただけ、と、そう“安心”することができ、そうして人間社会が安定していくからである。いずれにせよ被害者や被害者遺族に対して悼む心をいつだって持っていたいものだ、と志郎は思った。そして、あまりこの事件の猟奇性そのものに興味を持たないようにしなければ、と、志郎は自分の善の心に言い聞かせ悪の心と向き合った。

 それにしてもやはり志郎が心配するのは、これから第二、第三の被害者が出るのではないだろうかということと、犯人は逮捕されるのだろうかということだった。犯人が逮捕され全容が明らかにならない限り最悪被害者が次々に現れていくのではないだろうか。犯人の動機や目的も気になって仕方がない。別の心配では誤認逮捕が出る可能性もある。それも怖れるところだった。またはそう、自分が冤罪にかけられてしまうという可能性ももちろんあるのだ。いや、自分も冷静にならなければならない。死体の状態や現場の状況などそんなことはどうでもよかった。あるいは、ここのところ街を騒がせている不審死多発事件もまさにこの件と関係しているのかもしれないのだ。そう––––。

 犯人は“本気”を出したのかもしれない。最大級の警戒をしながら生活していかなければならない。志郎は心にそう固く誓った。

「ところで、篠沢高校七不思議ってなに?」

 多部がやってくるであろう時間を見計らったかのように、不意に蒔菜が紗耶香に訊ねた。

「え、知らないの⁉︎ 結構有名なのよ。知る人ぞ知るって感じで、知らない人もいるけどみんな知ってる話なのよ」

「へえ。結構カオスな話なんだね」

 のんびりと言う。いやしかし、もしかしたらこれは蒔菜なりの計算なのかもしれない、と志郎は思った。興奮状態の紗耶香を落ち着かせるために、あくまで自分のペースを守っているという体でちょっと事件とは別方向の話題を仕掛けたのかもしれない。もしそうなのだとしたらやはり蒔菜は頭のいい子だ。志郎は中学生のときからなかなか侮れない少女だと思っていた蒔菜の、紗耶香の“救出”を手伝うことにした。

「この学校に昔からある都市伝説なんだけどね」と、志郎はかつて読んだオカルト研究部の資料の内容を思い出しながら解説した。「例えば、いつまでも雨漏りの直らない教職員用男性トイレの個室とか」

「オンボロ校舎だもんな」と、総一朗。

「ひとりでにギシギシと音を立てる屋上行きの階段とか」

「オンボロ校舎だもんな」と、ふたたび総一朗。

「なぜか何度蛍光灯を変えてもすぐに消えてなくなる印刷室とか」

「オンボロ校舎だもんな」と、またまた総一朗。

「とまあ、こんな都市伝説なんだけどね」志郎は総一朗にへたくそなウィンクをした。総一朗は、うん、と、うなずく。

 蒔菜は、えーっ、と大袈裟に声をあげた。

「なあんだ。てっきり手首が這いずり回るとか血まみれのプールとかを期待したのに」

「え、期待してたの」と、紗耶香は目を剥いた。「あんたってほんとすごいわね」

「だって、七不思議っていうとだいたいそういう感じじゃない? それがもうつまんない話ばっかりなんだもん。さすがにがっかりしちゃって」蒔菜は両手でやれやれ、というポーズをした。「じゃ、どうせその昼下がりの魔女っていうのもつまんない話なんだろうなー」

「つまんない話だよ」

 と、志郎は穏やかに強調した。なぜ強調したかというと、つまらない話ではあるが興味深い話でもあるからだ。他のクラスメイトたちのことも気になるが、少なくともいまは紗耶香の救出が先だと思い、とにかくこの七不思議を知っているらしい紗耶香のことを気にかけながら話し始めた。

「なんか、昼下がりの魔女っていうどこかの誰かを呼び出すとそいつが願いを叶えてくれるんだって。でも願いを叶えてもらう代わりに何かを渡さなきゃいけないんだけど、その何かがなんなのかを先に知ってしまうともう一生昼下がりの魔女を呼び出すことはできなくなるんだって」

「ほんとつまんない話だね」と、蒔菜は心底がっかりしたようだった。「え、まさか呼び出し方とかノーヒント?」

「一応、あるよ」志郎は警戒した。紗耶香の顔色を伺う。混乱半分冷静半分というところだ。だからここで決めなければならない。「よくわかんないけど––––」

 あっけらかんとした調子で志郎は言い捨てた。

「人生はなるようになるから自分もなるようになるんだって心の底から思えたら呼び出せるんだって。だっけ? 真島さん」

 と、志郎は紗耶香に話を振ってみた。

「え。あ。うん。えーと」

 紗耶香は自分の知識の中にある昼下がりの魔女伝説のことを想起した。確かに志郎の言った通りだ、自分の持っている情報とはちょっとニュアンスが違うけど、でも篠沢高校七不思議の資料は何冊かあるけど全体的に細かいニュアンスがそもそも違っているし、ていうか読んだ本が違うのかもしれない、それに山岡くんの方があたしよりずっと理解してるだろうし、たぶんどっちかっていうと山岡くんのいまの解説の方が正しいんだろうな、などと紗耶香は自分の中で自分の思考に辻褄を合わせ、やがて––––蒔菜を真似て、両手でやれやれ、というポーズをした。

「そうそう。マジつまんない話だよね。ほんと、誰が言い始めたんだろう?」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ