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隣の先輩  作者: 沢村茜
第八章 ほろ苦い夏
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周囲の変化

 光沢のあるピンクの素材が白い肌をほんのりと素材色に染める。咲はそんな自分の姿が映し出された鏡を戸惑いながら見つめていた。


「なんでも似合って羨ましい」


 愛理はそんな咲を満足そうに見つめている。

 二人のアルバムを見た後、愛理が部屋の隅にある紙袋を取り出したのだ。何でもお母さんからいらないといってもらった洋服があるらしく自分には似合わないものだから好きに持ち帰ってもいいと言ってくれたのだ。その中の一番上に置いてあったワンピースを咲に渡し、愛理が笑顔を浮かべていた。咲は戸惑いながらもそれを受け取って、成り行き上彼女は隣の空き部屋で着替えることになり、戻ってきたところだった。


「派手じゃない?」

「別に。ね?」


 愛理の言葉に頷く。咲にと言った洋服は単体で見たときは派手な印象をぬぐなえなかったが、実際に袖を通すと想像以上に彼女に似合っていた。その派手さが引き立て役としての役割を最大限に果している。


「でも、ウエディングドレスみたいな純白のドレスのほうが似合いそうだよね。咲のイメージは白という感じだもん」

「分かる。着物も綺麗だろうけど、ドレス姿を見てみたい」


 盛り上がるわたしたちのそばで彼女は困ったように笑っていた。


「咲はどっちが好き?」

「ドレスかな。すごく綺麗だよね」


 だが、そう口にした彼女は一瞬さみしそうにわらった気がした。

 その理由を聞く前に彼女からそんな表情が消える。


「きっと愛理や真由はいいお嫁さんになると思うよ」

「わたしは想像できないな。それにお兄ちゃんを一人にしておけないから、お兄ちゃんが結婚してくれないと無理。一人にしたら毎日外食ばかりしてしまいそう」

「愛理は料理が上手だもんね」


 西原先輩が依田先輩は料理だけは苦手だと言っていたのを思い出す。


「咲は愛理の料理を食べたことあるの? どんな感じ?」


 興味本位で身を乗り出した。


「上手だよ。何でも作れるもの」

「ただの慣れだよ。毎日作っているからね。二人分。お弁当を含めて」


 お弁当と言われ、凝った品々を思い出す。


「お弁当って、愛理が作っているの?」

「そうだよ」

「てっきりお母さんが作っているのかと思っていた。すごく上手だもん」

「お母さんは仕事で家にいつかないから、小学生の頃からわたしがしているよ。お兄ちゃんは本当に使い物にならないし」


「いいな。わたしも食べたい」

「じゃあ、今日食べる? 材料はあると思うから」


 わたしがうなずくと、愛理は肩をすくめた。


「親からは外食でもしたらと言われたんだけど。いいよ。わたしの料理でよければいくらでも食べさせてあげる。何がいい?」


 わたしがあれこれ迷っていると、愛理が立ち上がる。


「下に本があったからそれを参考に決めようか」


 わたしたちはリビングに戻ることにした。

 だが、ドアを開けた愛理とわたしを咲が止める。


「わたしは着替えてから行くよ」

「お兄ちゃんがその洋服をきたところを見てみたいと言っていたんだ」


 咲は自分の腕や足元をちらちらと見ていた。


「カーディガンを貸してくれるなら」


 彼女は肩を落とし、頬を膨らませる。

 愛理はクローゼットから白のカーディガンを取り出し咲に渡す。

 咲はそれを羽織っていた。さっきまで艶やかに存在感を示していた素材があっという間に白に存在感を抑えられてしまっていた。



 リビングには先輩と依田先輩の姿があった。彼らの座っていた机には青のアイスのパックが置いてある。わたしたちを見て、何かを言いかけた依田先輩の声を愛理が遮った。


「お兄ちゃん、それ食べたの?」

「冷凍庫に三つあったから、お前の分はあるから大丈夫」

「じゃなくて」


 頭を抱えた愛理に何かを察したのか、先輩が依田先輩に何かをささやき立ち上がった。

 そこで依田先輩は事情を呑み込んだようだ。

 立ち上がろうとした依田先輩を先輩が制す。


「俺も食べたから買ってくるよ」

「いいですよ。お兄ちゃんが行くって言ってますから」

「いいよ。遠くもないし。何か買うものがあれば一緒に買ってくるよ」


 愛理は西原先輩にあっという間に説得されていた。

 わたしの隣に立っていた咲が一歩前に踏み出した。


「わたしも行っていいですか?」

「いいよ。何か買いたいものでもある? 言ってくれれば買ってくるけど」

「歯ブラシを忘れてしまったけど、できれば自分で買いたいので」


 咲は笑顔を浮かべる。

 そんな彼女に先輩は笑い返す。

 いつの間にか咲は先輩にこんなに笑顔で話をするようになっていたんだ。最初は先輩達をどこか警戒している雰囲気だったのに。彼とこの数か月で仲良くなったのは自分だけではなかったのだ。


「洋服変わっている?」

「ちょっと。着替えてきますね」


 歩き出した咲を依田先輩が呼び止める。


「それって母さんの言っていた服?」

「そうだよ。お兄ちゃんが見たいって言っていたからきてもらったの」


 愛理は咲を見ると、ニッと笑顔を浮かべていた。咲は困ったように顔を背けている。


「やっぱり。確かに母さんの言うとおりだな。派手すぎかなと思ったんだけど」

「落ち着いているから逆に映えるってことじゃない?」


 二人の会話の意味が分からないでいると、愛理が肩をすくめた。


「その洋服ね、お母さんが咲にって持って帰ってきたの。お兄ちゃんは派手すぎだから似合わないんじゃないかと言っていたの」

「やっぱり似合ってないですよね」


 咲は自分の着ている洋服に触れる。


「そんなことないよ。可愛いと思うよ。白とか水色とか、ピンクでも薄い色が似合いそうだと思っていたから意外だったけど」


 依田先輩の言葉に咲は黙り、「着替えてくる」と言い残すとそのまま部屋を出て行ってしまった。


「今の言い方ってまずかった?」

「まあ、いいんじゃないかな」


 すっきりしない顔の依田先輩とは対照的に、愛理は笑顔で台所に行き、冷蔵庫の中身を確認していた。

 だが、咲の態度はどこかおかしいのは否めない。


「わたし、見てこようか?」

「大丈夫。それより夕食はどうする?」


 なんでもいいと答えたわたしに対し、困ったように笑うと冷蔵庫の中とにらめっこしていた。


「嫌いなものはある?」

「ないよ」


 愛理は頷くと先輩を見た。


「先輩も食べていきませんか? お父さんは一昨日から向こうに行っているんですよね」

「悪いし、いいよ」

「1人増えてもたいしたことはないですよ。いつも二人だけだから大人数で食べたほうが楽しいですから」

「愛理もそういっているし、食べていけば?」


 依田先輩の誘いにも、先輩は困り顔だ。

 それから、愛理と依田先輩と先輩は三人で何やら話をしていた。

 愛理の誘いに乗るように先輩もここで夜ご飯を食べることになったようだった。


 先輩と一緒にごはんを食べるんだろうか。

 そう思うと、緊張から手足が震える。

 わたしはまだ先輩の顔をしっかり見れていないのだ。


 洋服を着に戻っていた咲がもどってくる。


「咲は何がいい?」

「なんでもいいよ」

「テーブルに本を置いているから、よかったらそれを見て決めて」


 わたしと咲は誘い合わせてテーブルまで行く。そこに置いてあったのは料理のレシピ本だった。

 わたしと咲はページをめくるが、二人して決められないでいた。


「お兄ちゃんは何が食べたい?」


 なんでもいいと言い出した三人とは対照的に依田先輩は食べたいものをリクエストをしていた。


「それでいい?」


 愛理の問いかけにわたしと咲は頷いた。



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