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隣の先輩  作者: 沢村茜
第八章 ほろ苦い夏
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見えない心と花火

「そういえば、あの映画見に行ったよ」


 二人の会話が続くさなか、咲はそう口にする。


「どうだった?」


 咲が話をしていたのは、クラス内で話題になっていた話題になっていた映画だ。

 先輩が言ってたクラスの女子が言っていた映画でもある。


「そこそこ面白かったよ」


 咲は優しい笑顔を浮かべていた。


「いいな。わたしも見たかった」

「急にお姉ちゃんに誘われて行ったんだ。夏休みの最初に行けばよかったね」


 咲にお姉さんがいるのは知っている。

 どういうお姉さんかは知らないが、咲のように可愛くてきれいな人なんだろう。

 女の姉妹がいるとそういうときはいいなと思える。

 さすがに裕樹をそんなところに誘えないし、彼も嫌だと言うだろう。


「気にしないで。わたしはDVDが出るのを待つよ」


 一人で映画館に行ければいいが、わたしは性格的に無理そうだった。


「何の話?」


 依田先輩と話を終えた愛理が会話に加わってきた。

 映画のタイトルを告げると、愛理はああと面倒そうな表情を浮かべていた。


「恋愛映画なんて恥ずかしくて見てられないからな。わたしは」


 愛理はそう言うと、肩をすくめる。


「本当、将来行き遅れそうだから、兄としては心配になるよ」

「よけいなお世話です。それに一度も彼女ができたことのないお兄ちゃんにはお互い様だと思うんだけどね」


 彼女は隣に立つ兄をあきれたように見る。


「分かったって。じゃあ、一生この家で一緒に暮らすんだ」

「お兄ちゃんも今のままじゃそうじゃない」

「一生おいしいごはんが食べられてうれしいよ」


 顔を赤くしながら苦言を呈する愛理を依田先輩がなだめていた。

 部屋での会話を思い出しながらほほえましい気持ちで見ていると、西原先輩がわたしたちのところによってきた。

 一瞬話しかけられるかもしれないと期待したが、彼が足を止めたのは咲の近くだった。


「そろそろ行こうか」


 彼女ははにかみながら彼の言葉に頷いていたのだ。

 先輩はわたしたちの声をかけると部屋を出ていく。

 少しの時間の経過後、咲と先輩の声と、ドアの閉まる音が聞こえてきた。


 その言葉で愛理と依田先輩の会話が途切れる。


「お金渡してなかった」


 愛理が間の抜けた声を出す。


「あいつらだって持っているだろうし、後から払えば? 持ってなかったらそのうち帰ってくると思うよ」

「そうだけど、今すぐだと追いつけると思うから届けてくるよ」

「わたしが届けてくるよ」


 歩き出した愛理にそう口にしていた。


「そう? ありがとう」


 愛理の笑顔に胸が少し痛む。

 愛理から念のため一番近いお店の場所を聞き、お金を受け取ると、家を出た。

 まだ明るさの残る町並みを仰ぐと、ため息を吐いた。わたしは二人にやきもちをやいていたのだ。


 だが、お金を持っていくだけなら誰でも構わないと言い聞かせ、二人の後を追う。

 迷うかもしれないという不安は家の角を曲がったときに解消された。

 少し離れて歩いている二人にほっとし声をかけようとしたとき、咲の切なそうな声が聞こえてきた。


「やっぱり先輩のことが好きなのかもしれないなと最近思います」


 その言葉に心臓がどくんと脈打つのが分かった。

 先輩って誰のこと?


「愛理も無理には真由には言わなくていいんじゃないって言っていたけど、どこか気にしてしまっていて」

「そうだよな。結構顔に出ているから」


 二人のことが気になり追いかけてきたはずなのに、先輩のことではなく咲の話に耳を奪われていた。

 愛理と咲が仲がいいのは分かっていた。いつも一緒にいてわたしと二人の関係よりも仲がいいんだとどこかで分かっていた。


 どうして西原先輩が知っているんだろう。

 以前から先輩が咲を頻繁に気にかけるようになったことを思い出し、その相手はは目の前にいる当人同士ではないかと思ってしまっていたのだ。

 二人に声をかけることができずに、愛理の家に戻ることにした。


「会えた?」


 愛理の家の前になぜか依田先輩がいて、わたしは彼に首を横に振る。


「どこにいったのか分からなくて」


 自分の付いたウソに胸を痛めていた。

 彼はわたしをじっと見ていたが、何かを聞くことなく家に招き入れてくれた。

 リビングにいる愛理に先輩と咲とは会えなかったと告げる。


「そっか。先輩もいくらかお金持っているかな」


 本当のことを言ったら愛理にもそのことを聞いてしまいそうだったから、仕方ないと言い聞かせる。

 先輩の後を追いかけると言ったことを後悔していた。

 愛理なら問題なく話しかけることができて、そんな顔をさせなくてよかったのにと思うと余計切ない気持ちになってきてしまった。


「そろそろごはんを作ろうかな」


 愛理は台所まで行く。

 突っ立っているわたしの肩を依田先輩がたたく。

 咲たちが帰ってきたのはそれから一時間半くらい後だった。

 お店まで十分もかからないらしい。

 その間二人が一緒にいたということだけは明らかだった。



 目の前に並んだ食事はあっという間になくなっていた。彼女が作ったのはあっさりとした揚げ出し豆腐のサラダに艶やかな色のトマトスープにミカンのゼリーだった。盛り付けも丁寧でお店に売ってある商品を運んできたと言われても違和感のないほどだった。


 立ち上がりお皿を集めていた愛理を先輩が呼び止め、机の上のお皿を重ねていく。


「いいよ。俺が片づける」

「でも、悪いよ」

「それくらいは俺にだってできるから」


 依田先輩は顎でしゃくる。


「この前の花火でもしてきたら? このままだと湿気てしまうよ」


 愛理は先輩の言葉に部屋を出ていく。そしてビニール袋を手に戻ってきた。


「花火しない?」

「花火?」


 その中には封の開いた花火がいくつか入っている。


「先輩もしませんか?」


 窓辺で涼んでいる先輩に問いかける。


「賢がするならする」


 依田先輩は食器を流し台に置くと、あきれ顔で西原先輩を一瞥し部屋を出ていく。

 西原先輩はその後を追う。


 わたしたちも庭に出るとそれぞれが花火を手に取っていた。遠目に咲がその花火を見ていると依田先輩が適当に何本か選別し、咲のところに行く。彼女は頭を下げて線香花火を選んでいた。彼も咲に合わせたのか線香花火を選び、わたしは火薬の部分が固められたスパーク花火を手に取る。愛理は先端に赤い紙がついているすすき花火を選んでいた。彼女がそれを選んだのは一番余っていたからのような気がする。西原先輩も愛理と同じものを手にしていた。


 愛理はろうそく台のろうそくに火をつけ花火を手に咲のところに行き、持っていた花火を見せていた。そして自分と同じ花火を二本依田先輩に押し付ける。


 西原先輩と咲の話を思い出し、依田先輩もそのことを知っているんだろうかとの疑問がわいてくる。わたしは話に入ることができずに、ろうそくの火の先端に花火をつける。そのときオレンジ色の不安定な光に影が映し出された。


 立っていたのはいつもと同じ表情をしている西原先輩だった。彼はわたしの知らない世界をたくさん持っているんだって改めて気づいた。それは宮脇先輩や依田先輩だけではない。愛理や咲ともだった。

 何かを話しかけようとした言葉はあっさりとのどの奥に吸い込まれていく。

 何度目かの努力を重ねたとき、西原先輩がにっと笑う。


「花火が出てこないからって覗き込むなよ」

「そんなことしません」


 わたしは頬を膨らませ先輩を睨む。先輩にとってわたしはそこまで子供なんだろうか。


 花火の先端が赤く染まり、一気にカラフルな火花が飛び出してきた。その場を離れる。花火の光が辺りに広がり、さっきまでの暗い気持ちを照らし出してくれるみたいに明るい光が辺りを照らし出す。その光を見ていると、少しだけ元気になれるような気がした。

 また光に影が混じり、そこには同じように花火を手にしている西原先輩があった。


「花火をしたの久しぶり?」


 彼が話をしてくれたことにほっとしながらもできるだけ言葉に気をつけて、言葉を返す。


「前もマンションだったから、花火なんてあまりしたことなかった」

「そっか。俺は祖父母の家ならいくらでもできたから、あまり考えたことなかった。こっちでも宮脇や賢の家でできたから」


 その言葉を聞き、ドキッとする。


「それってお父さんのほう? おかあさんのほう?」


 宮脇先輩の話は避けたかったのだ。


「両方。どっちかっていうと、父さんの実家のほうが田舎だから、やりやすいかも」

「この前もしました?」

「してないよ。さすがにそんな年でもないし」


 宮脇先輩とはしなかったんだ。二人はどんな時間を過ごしたんだろう。


「わたしも行ってみたいな」


 そう言ったのは、ただ宮脇先輩と張り合いたいような気持ちがあったからなのか、先輩のお父さんの実家を見てみたかったからなのかはよく分からない。無意識に出てきた言葉に思わず口を押える。


「そんなに行きたいなら遊びに来たらいいよ」


 わたしの反省をよそに思いもよらぬ言葉が届く。思わず先輩を凝視していた。


「変なこと言った?」

「そんなことないけど、驚いて」

「そうかな。じいちゃんもばあちゃんも人が来てくれると喜ぶからさ。だから、別に構わないよ。でも、親の許可とかはもらわないならダメだけど。裕樹も来たいと言っていたから一緒に来るといいよ」

「そうですね」


 友達にアリバイを頼んでの旅行とかは嫌だと言っているんだろう。わたしのお母さんと和葉さんは親しく筒抜けになってそうな気はするので、そんなつもりはない。

 ほんの少しだけ宮脇先輩と並べた気がして、嫌な子だと自覚しながらも少しだけホッとしていた。


「それ、水につけておけば?」


 いつの間にかわたしの手元で輝いていた光は闇に呑み込まれていた。愛理がためてくれたバケツにその花火を入れる。

 実際に行けるかは分からない。ただ先輩の言葉だけで満足だったのだ。


「次はこれでもする?」


 先輩は手にしていた線香花火をわたしに見せる。


 わたしは先輩の言葉にうなずいていた。


 わたしたちは花火を終えると、家の中に戻ることになった。

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