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 五. 失態


 香賀屋は興奮ぎみに言った。

その貴重な酒を二度も口にする機会を得たのだ。

その目には愉悦が表れていた。

香賀屋は続けて、朱国の御神酒に関する逸話を饒舌に語った。


 酒が入ったことで、一同は文長を問い詰めるのをやめていた。

口々に感想を述べ合いながら、和やかに酒を味わっていた。


 文長も、ほろ酔い加減になっていた。

造り酒屋である香賀屋の、『酒』に纏わる蘊蓄うんちくを聴くと、ありがたみが増し、酒は一層旨く感じた。


「諭利──と、いったね。」


 文長はハッとして、杉田屋を見た。

ここにきてはじめて、杉田屋が文長に問うていた。


「あの男は、どこからこれを入手したのだろう。」


「存じません。」


 即座に応答する文長に、因幡屋が怪訝な顔を向けた。


「知らない、ということがあるかい。

友人なら、見当くらいは付くだろうに。

あの男が、どういった素姓の者か把握したうえで、私たちに紹介したのではないのかい。」


 文長は言葉を失った。

あいつの下調べを、入念にしておくべきだった。

『はつはな』に呼び出したとき、あんな小細工をせずに、あいつとじっくり話しをしていれば、こんな失態を演じることはなかった。


「──邑重の所へ、船の依頼があったそうですよ。」


 と、文長の次に若い坂井屋が口を利いた。

皆がいっせいに、そちらを向いた。


「依頼主の手紙を持って来た使いの男が、役者みたいな色男だったと言っていました。

あれは、どこかで邑重の嗜好(ヽヽ)を聞きつけた依頼主が、気を利かせて寄越した者だろう──とも言っていましたよ。


 その男、『ゆり』と名乗ったそうです。」


「依頼主は誰だね。」


「泰国の、清張という商人です。」


 そこで美濃屋が口を挟んだ。


「清張は、運送業を営んでいて、各国の主要な都市に店を置いています。

たしか──朱国の大社に多額の寄付をしていたはずです。」


「それで、諭利という男の店を足掛かりに、この国で商売を始めるつもりでしょうか。」


 越後屋が言った。


 文長を飛び越して、会話がなされている。

文長は蚊帳の外。

面目は丸潰れだ。


 ──日吉め(ヽヽヽ)


 文長は腹の内で憎々しげに呟いた。


 馬鹿にしやがって、恩を仇で返す気か。

俺になんの恨みがあるのだ。

こちらが恨みこそすれ、おまえに恨まれる筋合いはない。


 日吉を、昔馴染みだと紹介すべきでなかった。

もとより、関わってはならない者だったのだ。


 あの(ヽヽ)『滝壺の一件』を忘れるはずがない。

いまでも、滝を飛んで降りる光景を夢に見る。

そのたびに、恐怖で身が縮み、目覚めると、ああ、夢でよかった──と胸を撫でおろす。


 あれは、飛びおりていいギリギリの高さだった。

普段、奴らが飛ぶ位置よりも格段に高い場所だった。

奴らは馬鹿だから、水は衝撃を和らげると単純に考え、死にやしないと囃し立てていやがった。

だが、あの高さでは水も地も同様だ。

一つ違えれば、身体は熟れた柿みたいにグチャグチャだ。




挿絵(By みてみん)

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