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第1話 昭和の日 光と闇

「……続いては、半年前に鮮烈なデビューを果たし、今やトップアイドルの仲間入りをしたこの三人組! フルーツ・ポップの皆さんです!」



眩い照明、割れんばかりの拍手。

センターに立つ桃香ももかは、カメラの赤いランプが点灯した瞬間、完璧な『アイドルスマイル』を披露した。


「皆さんこんばんは! 笑顔の魔法を届けに来ました、桃香です!」

「真っ赤な情熱を、さくらです」

「最年少、フレッシュな美柑みかんです!」



三人の息の合った自己紹介に、スタジオが揺れる。司会者が感嘆したようにマイクを向けた。


「激しいダンスの後のトークなのに、息一つ乱れていない。その超人的な根性の秘訣は、一体どこにあるんですか?」


桃香は、隣のさくら、美柑と一瞬だけ視線を交わし、誇らしげに微笑んだ。


「私たち、デビュー直前に、プロデューサーによる特別な集中レッスン……通称『昭和の日』っていう、たった一日だけど…地獄の一日を生き抜いてきたんです」

「『昭和の日』?」



「はい。詳しくは言えないんですけど……レッスンが終わるまで、何があっても、その日はスタジオから一歩も出てはいけないっていうルールで……本当に地獄のような一日でしたけど、あの経験があるから、私たちはどんな過酷なステージでも『耐えられる』んです」


スタジオが驚きと賞賛の拍手に包まれる中、桃香は静かに奥歯を噛み締めていた。



――耐えられる



テレビの向こう側で眩しく笑う彼女たちの瞳の奥には、今もあの日の光景が焼き付いている。喉を焼く酸欠の熱と、衣装を汚し、タイルの冷たさを消し去った、あのおぞましくも熱い液体の感触。それは魔法などではなく、一線を越えてしまった者だけが共有する『血の誓約』に近いものだった。




半年前。デビューを一ヶ月後に控えた、運命の一日。

山奥にある事務所所有の古い地下スタジオに、三人は呼び出されていた。



「……今日が集大成の一日になる。おまえらの甘ったれた根性を叩き直す。この部屋のドアは開けておく。逃げたければいつでも逃げていい。ただし、その瞬間に契約は解除だ。この『フルーツ・ポップ』が何人でデビューすることになるか、あるいはデビュー自体が消えるか……それはおまえら次第だ」


パイプ椅子に深く腰掛け、冷酷な眼光を放つのは、彼女たちを育て上げたプロデューサー兼コーチの黒岩くろいわだ。



「ルールは一つ。全員が一糸乱れず完璧に踊れるまで、この部屋からは一歩も出さん。水だけはいくら飲んでもいい。……トイレ?その辺でしろ。吐く時は隅のバケツを使え。」

部屋の四隅には、無機質な青いプラスチックバケツと、使い古されたモップ。



静まり返ったスタジオに、黒岩が深く腰掛け直したパイプ椅子の、ギィ、という乾いた金属音だけが響く。



「……始めろ」


暴力的な音量の重低音が響き、レッスンが開始された。

一時間、二時間。三人は軽いインターバルを挟みながら、延々とデビュー曲のダンスを繰り返す。ペットボトルの水を飲み干すたび、黒岩が新しいボトルを無造作に放り投げる。

脱水症状は許さない。


三時間を過ぎた頃、最年少の美柑が、ついにステップを乱した。

彼女は内腿を震わせ、もじもじと膝を擦り合わせながら、消え入りそうな声で黒岩を仰ぎ見た。



「……っ、あの、黒岩さん……。トイレ、行かせてください……。もう、本当に……っ」


音楽が止まる。

静寂の中で、美柑の必死に尿道を締め付ける衣服の擦れる音だけが聞こえた。

黒岩は、縋るような美柑の瞳を、氷のような目で見つめた。



「トイレだと? ……お前、ステージの真ん中で、数万人のファンに同じことが言えるのか?」

「……でも……っ、本当に……。が、我慢ができなくて……!」

「尿意すらコントロールできない奴に、センターに立つ資格はない。……全員、位置につけ。もう一度最初からだ。一曲通して、全員が完璧に揃うまで、この曲を止めることはない」


黒岩は美柑の懇願を、まるで何も無かったかのように切り捨てる。



「桃香。さくら。貴様らもだ。わかってるな。誰か一人が脱落すれば、残った人数で活動させるだけだ」



桃香は、絶望に顔を歪める美柑の肩にそっと手を置いた。だが、桃香自身の腹部も、すでに限界に近い重みを湛えている。大量の水。ステップの衝撃。ジャンプのたびに、下腹部から脳天を突き抜けるような、鋭い刺激が襲う。


(美柑……頑張って。私も逃げちゃダメだ。ここで外に出たら、私たちの人生は終わる。だから……どうなったとしても)



黒岩は、冷酷に再生ボタンを押す。絶望がスタジオを支配する。


美柑は泣き出しそうな顔で、それでも激しいステップを刻み始める。

桃香は、自分の下半身に宿った『熱』が、今にも溢れ出そうとしているのを自覚していた。

 


一歩踏み出すたびに、一回腰を振るたびに、自制心が砂の城のように崩れていく。

グレーの短パンの股布が、内側からの圧力でピンと張り詰める。



(……ああ、これは……もう、ダメ…)


桃香の視界が、羞恥と熱気で白く染まった。

地獄の一日における、最初の決壊が訪れるわずか数分前のことだった。

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