米と握り飯
タイトル変更。やっぱり中身を想像しやすい方がいいよね。
旧:昭和のオヤジの至高の思考
新:異世界小説のネタ
ふう、暑い。街道沿いに一本の大木が見える。ちょうどいい、休憩にしよう。朝から歩き通しだからな。現代日本から転移した俺にはちょっと堪える。
日は天高く、ちょうど昼時だ。鞄から竹の皮の包みを取り出す。竹紐を解いて包みを開く。
「何だその真っ黒な塊は?」相棒はこの異世界の人間だ。俺が色々やらかすのを楽しんでくれる、気のいい奴だ。そんな友人の携行食は干し肉と硬いパン。初めて見る握り飯に興味津々の様子。
「食ってみるか?」パンと交換してやる。じっと見詰めてみたり、匂いを嗅いでみたり、指先でつついてみたりしてから、意を決して目を瞑って齧り付く。
まず一口。もぐもぐ。「へぇ、黒い塊なんてどこの悪魔の食い物かと思ったが…美味いな」
もう一口。もぐもぐ。「ブー!ペッペッ!何だこりゃ!何なんだこの強烈なのは!やっぱり悪魔の食い物だっ!」
あっはっは。口汚く罵る友人の前で、俺は、具の梅干しを美味そうに食ってみせたのだった。
・・・・・
米の食べ方は数あれど、携行食と言えばその代表は握り飯だよね。しかし「日本人にとっては」と但し書きが付く。握る為には粘り気が無ければならない。粘り気のある飯になるのはジャポニカ米と呼ばれる種類なんだ。
ジャポニカ米に対してインディカ米がある。タイ米と言えばアレの事かとわかる人は多いんじゃないかな。こいつは粘り気が少ない。そして2種類に分ければ中間が存在するのは世の常だ。中間はジャバニカ米と言う。で、握り飯を作れるほど粘り気があるのはジャポニカ米だけなんだよ。
世界的にはインディカ米が圧倒的人気らしいな。粘り気が少なくてパサパサするんだけど、それは油との相性が良いと言い換える事も出来る。その辺が世界で人気の理由じゃないかなぁ。
中国なんかは両方作ってるけど、伝統的にはインディカ米を好んでいた節があってね。それでもジャポニカ米を作ってた地域がある理由は、そこではそれしか作れなかったからなんだよ。身も蓋も無いね。
ジャポニカ米は多少涼しくても育つ。って言うか暑いと育たないんだ。日本の気候に向いていて、日本より暑くても寒くてもダメだとか。例えば大日本帝国が台湾を占領してた時代、日本から持っていった稲が育たず、苦労したらしいね。逆にインディカ米は暑くなきゃ育たない。
日本人はジャポニカ米の粘り気が大好きだ。食味評価基準の一つにも挙げられてる。単純に粘り気が強いほど評価が高い。どんだけ粘り気が好きなんだろう。いや確かに美味いんだけどさ。そんなに好きなら糯米を食べればいいじゃん。少量の糯米を混ぜて炊くと美味いって技もあるしさ。
と思ったら、糯米の常食は良くないんだってね。切傷なんかの外傷やら、おできなんかの皮膚疾患がある時は、糯米を食べない方がいい。化膿を促す作用があるんだって。
え?それじゃ異世界の冒険者は生傷が絶えないだろうから餅を禁止した方がいい?いや、いい事もある。下痢が止まらない時は糯米の粥がいいとか、はたまた母乳の出を良くするとか。漢方の理論でね、何にどう作用してそうなるのか、俺にはわからないんだけど。
ここで疑問なのが糯米と粳米の違いだな。その粘り気の違いはどこから来るのか?含まれる魔力の差じゃ無いよ勿論。ここは魔法と錬金術の異世界じゃなくて、物理と化学の現実世界だ。ちゃんと化学で説明できる。原因は澱粉の分子構造の違いにある。
澱粉とは、ブドウ糖が大量に繋がった物質だ。繋がり方によって2種類に分けられる。枝分かれするか、しないか。枝分かれする方をアミロペクチンと言う。枝分かれしない直鎖状の物はアミロースと呼ぶ。
直鎖状だとあんまり粘らない。普通なら澱粉全体の2割前後がアミロースになる。これが粳米の正体だ。枝分かれした樹状の澱粉はよく粘る。糯米に含まれるのはほぼすべてがこのアミロペクチンだ。日本の米は、アミロペクチンをいかに増やすかがテーマの1つと言える。
このアミロースとアミロペクチン、消化の良さに違いがある。アミロースの方は若干消化に悪い。
澱粉分解酵素ってのは、澱粉の端っこから少しずつ分解するという特徴がある。直鎖状だと端っこは2個しかない。沢山枝分かれして樹状になると端っこが沢山あるよね。だから枝分かれ構造のアミロペクチンの方が、消化に良いんだ。
但し、アミロースが25%くらい無いと、米として実際の消化吸収に差が出ないんだとか。ジャポニカ米はアミロースが18%~20%だそうだから、粳米だろうが糯米だろうがどっちを食っても大して変わらない。
消化の良さについてはもっと重要な問題がある。酵素ってのは水に溶けてないと働かない。だから澱粉の分子をほぐして隙間を広げ、そこに水分を目一杯染み込ませる必要がある。これを糊化と言う。糊化してない澱粉は、腹を壊すほど消化に悪いんだ。糊化するには水に晒して温度を上げる。そう、飯炊きだ。
飯を炊くと言えば、古くから日本に伝わる有名な呪文がある。始めちょろちょろ中ぱっぱ、じゅうじゅう噴いたら火を引いて、赤子泣いても蓋とるな。これは科学的に理解できる。
「始めちょろちょろ」→温度を上げる事で米に水分を吸わせる。
「中ぱっぱ」→強火で沸騰させる。これによって澱粉分子をほぐして水分子を染み込ませる。
「じゅうじゅう噴いたら火を引いて」→強火のままだと焦げ付くので、沸騰を維持する程度に弱める。
「赤子泣いても蓋とるな」→炊き上がった後に蒸らす事で、湯気として抜けていく水分を飯粒の中に浸透させる。
今の電子ジャーは優秀だ。焦げ付きなんかあり得ない。でもね、それもちょっと寂しいよ。昔からの竈を使うと、余程上手に炊かないと焦げる。それで良いと思う。単なる懐古趣味じゃない。適度な焦げ付きは食欲をそそる香りと美味の素だ。おこげと呼ぶ。これは味わった事が無いとわからないだろうな。おこげの握り飯とかね、もうね、涎がね…
その握り飯だが、どうやって握る?掌にラップを広げて、その上に飯を乗せてギュッギュッてのが今の主流かな?そのまま包んで、手を汚さずに済むしね。でもこれは邪道だと俺は思う。掌、それもポリエチレン手袋なんかしない素手に、水を付けて塩を塗り、そこへ飯を直接乗せて握る。
出来上がった握り飯を包むのはラップじゃない。アルミホイルを、それも一度シワクチャにしてから広げて包む。出来れば昔ながらの竹の皮の方が良いな。アルミは脳に悪影響を及ぼして痴呆症の原因になるらしいし。
ラップで包むとね、密閉し過ぎるんだ。湯気が籠って、飯粒が水っぽくなる。その点は竹の皮が有利。隙間から良い感じに湯気が抜ける。しかも竹には殺菌作用があって傷み難い。皮の内側は蝋のようになっていて飯粒なんかがくっつきにくい。素晴らしい素材だ。
そして素手で握った方が美味い。不思議なんだよな。理由はサッパリわからん。見当も付かない。素手の方が魔力が伝わり易いなんて話じゃないだろうし。俗に掌から出汁が出るって言われるんだけどさ。そうするとジジババが握る方が美味いのか?どんな出汁なんだかねぇ、想像したくないなぁ… 美女が握ってくれるなら、出汁が出るだけじゃなくて魅了の魔法まで染み込みそうだけどな!
誤字orz
誤:初めちょろちょろ
正:始めちょろちょろ




