始まりの朝 鏡に映る贈り物
朝が来た。いつもならまぶたを擦って悶える時間だけど、今日は違う。
朝と気づいたその時から既に眠気は吹き飛んでいる。
すぐに飛び起きると、鏡を見る前に自分感覚で身だしなみを整える。
いつもだったらこんな事はしない。鏡を見ながらの方がちゃんと出来るから。でも、今日は鏡の前に立つ前にちゃんと身なりを整えたかった。
だって、私ことルイシアは、今日で十五歳を迎えたから!!
「よし、もう大丈夫」
気合十分で部屋の鏡の前に立った。
姿見には、十五歳になった私が映っている。
手だけじゃ直しきれなかった頭の上の部分で少しはねた髪の毛や、他にも流れに沿わない自我の強い一本毛とかもあったけれど、起きたての私はいつもよりも希望と期待に満ち溢れた表情をしていた。
「私の名前に、誕生日。ちゃんと増えた年齢と慎重と……」
姿見に映る私の左肩の部分に、私の事が表示されているのを確認していく。
「はは、今日の気分は満ち溢れてるとか出てる。やっぱりね」
やっぱり記念日にもなると心身ともにいつもとは違う表示がされる。
外見も内面も、この姿見の鏡は全てを表示する。
「ふ~ん。もったいぶるじゃない」
今日という日だから起こる出来事を期待していつもなら流し見している部分を読み続けていたけれど、もうすぐ読み終わってしまう。
足のところまで表示されたらもう終わりが近いのだけど、まだ出てこない。
「ん~。あ、在った。増えてる。増えてるわっ」
やっと見つけたその部分には、私に与えられたチートが追加されていた。
「ええっとぉ……。ひゃく……か? 辞典? ひゃっかじてん。百科事典?」
表示された文字は私に馴染みが無いものだった。
これがどんなチートなのか分からず、私は記憶の中を探った。
「辞典って、確か、村長の家に置いてあったわね。重いし分厚いしで、文字ばっかりだった本の事ね。でも、百科って何? 村長の家の草とか木について書かれたのとは違うの?」
違いの分からない私が独り言を呟いても、正解は出てこない。
出てこないなら、使ってみるしかない。このチートをっ!!
使い方なんて分からない。だって、チートの使い方なんで人それぞれだから。
「なんだか分からないけれど、出てきて。私のチート。百科事典っ」
呼びかけてみたけれど、突然強い風が巻き起こったり、光ったりはしなかった。
とにかく地味で、それはいつの間にか目の前に分厚さを誇るような本が居た。ううん、在った。
「え、辞典じゃない」
(はい、そうです。辞典です)
「あ、頭の中に声がっ」
(それはあなたのチートですから)
な、何か生意気というか、ふてぶてしい感じがする。というか、チートって喋るの?
(私はあなたの疑問に答えるチートですから)
「え、あ、そうなの。ああ、知っている事を教えてくれるから辞典って事ね。じゃあ、百科って何?」
(この世界に存在するあらゆる分野の情報の事を指しています)
「へぇ、そうなの。あ、じゃあさ、この姿見の鏡の事を教えてよ」
(分かりました。姿見の鏡。それは鏡に映った対象物の状態を映す鏡です)
村長の家の辞典もこんな感じのを書かれてた気がする。
「ふんふん。で、それで終わり?」
(まだ続けますか?)
「うん、やって」
(分かりました。姿見の鏡。それは、この大陸の人と人とのつながりの物語でもあります)
「うん。うん?」
納得しかけたけど、いきなり何を言い出した?
(始まりは六七四年前の五月十三日の午前九時――)
「わー、待って待って。細かい。細かすぎる。もっとざっくりとで良いから」
(辞典ですが?)
「辞典でもよ」
細かい事を言われても確かめようもない。
(医者の居ない土地に人の状態を見る事が出来るチート持ちが居ました。ある日、この情報を人にも見えるようにしたいと。それから彼の旅は始まります。魔法のチート使い求め、情報を他に移せるチート持ちを探しました。代が変わり、複写、転写が出来るチート持ちを探すには二世代が頑張りました。それから方法の確立と普及させるために適した物の精査判別。鏡職人との出会いから魔法に耐えられる強度の鏡作りと確立。生産と販路の模索。各家庭に一枚は必ず置ける価格設定の他に姿見以外の姿に変えるためのチートなど、数えきれないほどの人のつながりによって今の普及がある家具です)
「そ、そうなの。知らなかった」
便利なのは知ってるけど、最初の感じで話されてたら寿命を全うしてしまいそうな長い物語になるとは思わなかった。
でも、おかげで辞典らしいとは分かった。確信していないのは、今の話が本当かどうか分からないから。
(確かめるのなら、分かる話を求めるべきですよ)
「なんで言葉にしてないのに分かったの!?」
(あなたのチートですから。なので、頭の中で考えても答える事が出来ます。言葉を介さずともチートを使う事が出来ます)
それはそれで便利ね。今のところ、そんな場面は想像できないけれど。
「じゃあさ、次はこの国。ううん。チートの事を教えて」
これは王国の端も端にあるこの村でも一般教養とされているものだから、間違いがあっても分かるもの。
(分かりました。「十五になったらすげーチートもらえっからめでてー」以上です)
今までの淡々とした話し方とは違う口調に、私の時が止まった。以上ですと百科事典が言った後の沈黙が長い事。
「え、待って。それで終わり!?」
(はい。最も一般的な説明ですよ)
「そうだけど、そうじゃないでしょ」
(詳細まで希望でしたか?)
「詳細というか……。もう少し。そう、もう少し、私があんたの力が判断出来るくらいの内容を話してよ」
融通の利かないチートだわ。他の人のチートもこんな感じなの?
(役立てられないと感じているのは、あなたの求め方に問題があるという事を覚えておいてください)
しまった。私の考えている事はチートにも筒抜けだった。うう、何このチート。使いにくい……。
そんな考えが浮かんだ瞬間、学習させられたばかりの私は、とっさに別の事を考えた。チートの成り立ちについてだ。
(……かつて、大陸に災いが訪れた時、一人の若者がこの世界の壁を越えて現れた。その者は召喚の儀に神と対話し、力を与えられた。その力を使い、仲間と幾多の苦難を乗り越えた末に災いに打ち勝ち、大陸に平和をもたらした。世界を救ったその者は、神と再び対話した際に、褒美を求めた。その者が望んだのは、大陸に生きる人々が齢十五を迎えし時、チートなる力を与えよというもの。神はその望みを叶え、神との対話を終えたその者が人々に伝えた言葉が先のものとなります)
「そうね。それで、その召喚されてきた人っていうのが」
(王国の初代国王となります)
先に言われてしまった。この物語以前の大陸にはいくつかの国があったらしいけれど、様々な事情で現代の形に収まったそうだ。
(これでどのような力か理解出来たのではありませんか?)
姿見の鏡での始まりの年が合っているのか分からないけれど、私が知らない知識は持っているらしい事は分かった。
じゃあ次は、どうこのチートを使うかという話になる。
過去の事が分かっても、この先に生かせるかは別問題だもの。
(随分と軽んじられていますね。私はこの世に存在する全てを網羅していると言いましたよ)
「その口ぶりだと先の事まで分かるように聞こえるけれど?」
(この世に存在する全ては、意識無意識問わず、所謂波を起こします。その波の重なりが未来となるのです。その全てを読み、あなたが現状で選ぶ未来について告げる事など造作も無い事です)
「やだ、私のチート凄すぎっ」
これは頼りがいがある。というか、もう全部チートに任せれば良さそう。
(その考えのまま突き進むと駄目人間になりますよ)
「駄目人間って、具体的には?」
(チートに全てを任せる事で思考が衰えます。チートの言葉をそのまま受け入れるようになるのです。すると今でさえ希薄な交友関係が完全に途絶えてしまいます。また、父親一人に全てを任せ、自分は何もしないようになります面倒を見る者が居なくなった後は、そのまま食べられる野草だけで生きるようになります。動かず、時が来たら眠る生活に、本来であれは生命として危機感を覚えるはずですが、あなたは人としての感覚は衰えた後です。体調が悪くなろうと関係ありません。あなたはただこの家の天井を見つめながら生涯を終えるのです)
「やだぁっ、そんなのっ」
(今のあなたならそう言うでしょう)
「こっわぁ。どうせだったら生活に苦労しない方向の駄目人間が良い」
(今のも生活にはくろうしていませんよ)
「私はね、毎日毎日働かなくて良い状況で良い暮らしが出来るような未来が良いの。そういうのは無いの?」
(今のあなたにその未来への道筋があるとでも?)
やだ、急にとんでも無く辛辣っ。
「な、無いけどぉ……。でも、日々体を酷使して暮らす農民なら夢に思うんですけど。これくらいのは」
(そうですね。そう願う人は、夢を夢で終わらせないための努力をするか、自嘲気味に諦めますよ。ですが、あなたはありのままです。水辺浮かぶ落ち葉のように流れに身を任せたままです)
「あんた、私のチートなのにずいぶんな事を言ってくれるじゃない。分かってるでしょ。うちは代々その辺に適当に埋めておけば勝手に育つメシイモ農家なのよ。税を払って食を維持するだけで精一杯なんだから」
そうだ。新しい事をすれば何かが変わるかもしれない。でも、それをするだけの余裕は無いし、きっかけになりそうな事など何も思いついていない。
我が家は初代である父さんから畑を引き継いで、この大陸の主食であるメシイモを育てる以外に選択肢が無いんだ。
(この村に来てからですからね。ですが、選択肢が無いと考えていますが、そこがまず間違っていますよ)
「どういう事よ」
(あなたは今日、一五歳になりました。そして、チートを得ました)
「それはつまり、あんたが私の未来を変えるきっかけって言いたいの? ろくでもない未来しか言わなかったあんたが?」
(それはあなたが破滅の未来になる事しか言わなかったからです)
淡々とした口調のせいだろう。そう言われたら、確かに怠けの一番を目指すような事しか言ってないな。
「じゃ、じゃあさ。あんたの力で魔法を使えるようになったりする?」
(魔法を行使する力は持ち合わせていません。ですが、魔法を得た未来についてなら語る事が出来ます)
「へぇ、そういう可能性もあるんだ。じゃあさ、教えてよ。魔法を使えるようになった私の未来」
(それは可能ですが……。その前に、地道と最速。どちらを選びますか?)
「何、その二択。でも、やるんだったら早い方が良いでしょ。最速を選ぶわ」
(あなたならそうですよね。魔法を覚えるための入門書はとても高価です。急いだあなたは、村を出ます。出稼ぎです。一番早いのは娼館で働く事でした。しかし、入門書を手にする事は出来ましたが、その金額を稼ぐために体を酷使していました。ボロボロの体で待望の魔法を行使しますが、その負荷に耐えかねてそのまま帰らぬ人となります)
「いや、待って。私、体売るほど魔法を覚えたいとか思ってないんだけど」
(現状で臨むならそれが最速という事です。そうなる過程もありますが、あなたは長い説明は望まないようなので簡潔にしました)
「あ~うん。そうね。そこまでの決意を固める未来とか詳しく聞きたいないわ。因みに、地道の場合は?」
(そちらは五十歳になった秋にようやく入門書を買うための金額を手に入れます。ですが、その頃には世界はもう……)
「何、その不穏な感じ」
(いえ。こちらはあなたの問いからは逸れるので忘れてください)
そう言われて忘れられるほど図太い神経してないんだけど……。
というか、聞いてみたらどちらも希望が見えない結末のように聞こえたのは何なの?
これは聞き方が悪いの? それともチートが言う無限の可能異性の先はこんなのしかないって事?
不安とかよりも何だこれは? という気持ちの方が強くて悲観的になれずにいた。
だからだろうか。より良い未来の話を絶対に聞いてやるというおかしなやる気に燃えていた。
漠然としたこうなったら良いな、では無い言い方をしてみよう。
「私は、良い生活がしたい。楽したい。だから良いお金稼ぎの方法を教えて、百科事典」
これならどうかと、心配しつつ尋ねる。
((では、何を育てますか?)
育てるって何? 今までは先の展開を言うだけだったのに。
これは正解を引いたのだろうか? そんな事を考えていたら、百科事典が言う。
(正解も何もありません。今、あなたの前にある選択肢から選ぶだけですよ)
私の目の前にある選択肢。それって実質一択じゃない。
私の家は父さんが始めた、この国の主食であるメシイモを育てるメシイモ農家。さっきは乱暴な言い方をしたけれど、メシイモはとても凄い野菜だ。気温の変化に強く、病気に負けず、唯一の条件だけに注意すれば同じ畑でも一年通して育てられる。
その上、収穫後も長く保存出来る。
神様が飢えないようにと自分達のために用意してくれたような野菜だ。
これらの理由でメシイモを育てている農家は多い。
何せ、職を失っても、農家未経験の素人でも成果を出せる。
加えて主食だ。だから引く手あまたで備蓄用としても重宝されている。
育てやすいから当然メシイモ農家は多い。
一定の需要があるおかげで、豪華な暮らしを目指さなければ、人が日々を生きるだけの最低限の食と収入が得られる。
私の場合、他の植物を育てるお金は無いし、手に入れる手段も無い。
メシイモ以外の植物はその育て方が一子相伝のような形で秘匿されている。なので、その農家に嫁いだりしないと知る事が出来ない。もしもその育て方が知られようものなら、疑われた人とつながりのある人は覚悟を決めなければならない。
それほどまでに徹底されていた。
その点、我が家はメシイモ農家。父さんに少しばかり種芋を分けて貰えば良いだけだ。
百科事典が言ったのはそういう事だろう。
「分かった。元手が無いから、メシイモで」
(分かりました。では、場所を決めましょう)
あれ、私の事をまだちゃんと把握してない?
全部知ってますみたいな事を言っているのに、おかしな事を言う。
「それならもうあるよ。うちの畑がね」
既にあるから問題無いと、百科事典の勘違いを指摘する。
まだ私もこのチートについて完全に把握したとは言えないからね。広い心で百科事典の失敗を受け入れてあげようじゃない。
それにしても、私の誕生日が種芋を植える前で良かった。
畑を休ませているこの時期じゃなかったら、場所を探さないといけなかったもの。
別に収穫した直後から新しく植えても育つけれど、父さんは腰が悪い。それに税として納める分と食料として確保する分の分別をしたりするので、半月以内で畑を休ませるようにしている。
(鼻を明かしたような振る舞いですが、そこはあなたの畑ではありませんよ)
間違ってないけど、その指摘のされ方はなんか腹が立つ。
なんて生意気なチート何だろう。
(では、案内するので、行きましょう)
立場逆転でそんな事を言う百科事典。
「あんた、自分で動けるの?」
(動けません。場所を教えますからそこに行ってください。まずは家の外です)
ちょっと勝手が過ぎないだろうか、このチート……。
けれど、このままでは何にも進まないから、言われた通りに外へ出た。




