第5話 砂の国と時計仕掛けの祈り――後編――
風が流れ込み、止まっていた砂が舞い上がる。光の粒がふわりと回る。
ミナが目を細めた。
「……きれい」
ルイは揺れる砂を見上げ、肩の力を抜く。
「動き出したな」
光の中から少女の幻影。小さな手に父の腕時計。
『もう動かなくていいと思ったの。でも、止めたら、みんなが笑わなくなったの』
「そりゃそうだ」
ルイはぼそっと漏らす。
「時間が止まったら、ツッコミも止まる」
ミナがくすっと笑う。
「それは困るね」
少女が顔を上げる。
『もう一度、動かしていい?』
「もちろん!」
ミナが即答する。
『……ありがとう』
少女の手が歯車に触れる。
カチリ――最後の針がゆっくり動き始めた。
時計塔の鐘が一度だけ鳴る。
音が砂の街に広がり、風が通り、人々が目を開ける。
戸が開き、子どもが笑い、砂は朝焼けを跳ね返す。
ミナが手を振る。
「おはよう、砂の国!」
ルイは苦笑した。
「お前、ほんと気持ちで動いてるな」
「いいの、気持ちって大切!」
「はいはい、またそれ」
少女の幻影が淡く揺れ、微笑む。
その瞬間、ミナの手のひらに小さな歯車型の光が残った。
「……未送達の欠片か」
「うん。最後の“ありがとう”だね」
光は風に溶けて消える。
ルイは息を吐いた。
「やれやれ、今度の便も無事完了」
ミナがにっこりする。
「これで、今日も一日が動き出したね」
「朝勤、終業報告っと。お昼までに戻れるかな?」
「無理」
「えーっ!」
霊体馬が嘶き、扉の奥に光の道が開く。
馬車が戻り始めると、鐘が二度目の音を響かせた。針はゆっくり進んでいく。
★ ★ ★ ★
厩舎へ戻ると、主任が腕を組んで待っていた。
「帰ったか。今回の報告、“動作確認済み”にしとけ」
「了解。止まってた街、再稼働」
ルイはさらさらと書きつける。
「感想欄に“きれいでした”って書いていい?」
「観光レポじゃねぇ」
「えー、仕事の感想も大切!」
「……まあ、ミナの感想が多い報告書は、読んでいて飽きないけどな」
「今、褒めた?」
「五十五点」
「また減点!」
主任がため息をつく。
「次の準備しろ。“北の記憶帯”で反応だ」
「北か。雪国だな」
ルイは背伸びをした。
「砂の次は雪って、気温差ひどい!」
「気合で対応しろ、脳筋」
「それ、絶対褒めてない!」
霊体馬が軽く嘶く。風が通り、定期券がピッと小さく光った。
新しい依頼の気配が、空気に混じる。
「じゃ、次の旅、行こっか」
ミナが笑顔でこちらを見る。
「朝勤、第二便出発」
ルイは手綱を引いた。
馬車が走り出す。光の蹄跡が砂に残り、風がやさしく包み込んだ。




