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迎えの馬車は、予想以上に豪華なものだった。私がこんな豪華な馬車に乗ってもいいものかと、不安に思うほどだった。
黒く塗られた馬車の先には、立派な白馬が繋いである。そして、グレーと赤の隊服を着た騎士。そして私を馬車へ案内してくれた騎士が、馬車の扉を開けて中へと促す。
「メリッサ様、お気分は大丈夫ですか? 」
私と同じくらいの歳であろう、その騎士は心配そうに聞く。
「おかげさまで元気です。ありがとうございます」
私は彼に笑顔で返していた。今まで蔑まれてきたのに、この待遇の差に驚くばかりだ。
「悪路ゆえに揺れるかと存じます。お気分が悪くなられた際は、遠慮なくお申し付けください」
彼は胸に手を当てて優しく告げ、そして頭を下げる。そして、
「護衛のため、私は隣に失礼いたします」
私の隣に乗り込んだ。
うわっ、若い騎士と二人か。もちろんこの騎士に気はないが、なんだかドキドキしてしまう。ヒューゴみたいな気の知れた友達ならいいものの、見ず知らずの騎士はハードルが高い。おまけに、この騎士は私の身なりに失望しているだろう。
しばらく沈黙が続いた。道はまだ舗装されており、馬車の揺れも少ない。その中で、何を話すべきか必死に考えた。相手がヒューゴなら、冗談の一つや二つも言えるのに。……それか、久しぶりに柔道の話なんてしたいなぁ。もちろんラファエラに技をかけたりなどしないが、ラファエラを投げ飛ばすところを想像するだけでストレス解消にもなる。
そんなことを考えていた私に、不意に騎士が話しかけた。
「私は、ハンスベルク辺境伯領第一騎士団長のジルと申します。どうか、ジルとお呼びください」
この男性は騎士団長なのか。この若さで騎士団長とは、なかなかの腕なのだろう。一度お手合わせ願いたいものだ。
「ところでメリッサ様。我らがメリッサ様のご様子を拝見したところ……何というか……メリッサ様はヤヌース伯爵ご令嬢ではなく、侍女なのでしょうか」
ジルはいきなり核心を突いてきた。そう思うのも当然だ。悪魔辺境伯はヤヌース伯爵令嬢をご所望なのに、侍女を連れてきては困るからだ。だが残念ながら、一応私もヤヌース伯爵令嬢ではある。
「いえ、侍女ではございません」
私は細心の注意を払い、おしとやかに告げる。
「わ、わたくしがす、好きで使い走りをしているのです」
不本意にもそう告げてしまった。いきなり真実を話すのは危険だろう。相手は悪魔辺境伯だ。私が虐げられて生きてきたことを知ると、同じ扱いをされるかもしれない。
「で、ですが本心は、自分の思うように好きに生きたいのです」
そう。本当の私は、おしとやかでも侍女でもない。前世のように体を動かし、男にも負けない活躍をしたいと思っている。その願望を知っているヒューゴが、よく私の対戦相手になってくれたものだ。ヒューゴから剣の使い方も教わったが、私は拳で戦うほうが好きだ。だが、伯爵令嬢の身としてそれは出来ない。いくら酷い扱いを受けていたとしても。
「左様でございますか」
ジルはそう告げて、馬車の窓を開ける。馬車の窓からは、広大な平原と燦々と降り注ぐ太陽が見えた。初めて見る外の世界に、私は胸を震わせていた。
だが……馬車が都会を離れるに連れ、ジルの言った通り馬車の揺れは酷くなった。まるで寄震車にでも乗っているかと思うほどの揺れが襲った。馬車に慣れているはずのジルも、苦い顔をして窓の外を眺めている。
「メリッサ様、お気分は大丈夫ですか? 」
そう聞かれ、とうとう言ってしまった。
「む……無理かもしれないです」
やばい、吐きそう。だが、淑女としてそれは許されない。ましてや、嫁ぎ先の関係者の前でだ。
「どうか窓の外の、遠くを眺めていてください」
ジルに言われた通り、窓にかじりつくようにして外を眺める。それでも気分は優れず、吐きそうになるのを必死で堪えることしか出来なかった。
こうやって私はジルと話も出来ず、道中四日間耐え続けた。そして、ようやくハンスベルク辺境伯領に辿り着く頃には、身も心もぐったりとなっていた。
馬車の揺れが小さくなった頃には、まばらに家が見え始めた。どうやら私の故郷よりは随分寒いらしく、馬車の間から舞い込んでくる風に震える。そして、この寒気の中、気持ち悪さは一向に止まない。
過酷な馬車の旅に疲れ果て、一刻も早く馬車から降りたい私。ここまで吐かなかったのは奇跡とも言えるだろう。
気持ち悪さでいっぱいの私は、すっかり忘れていたのだ。私の婚約者が、悪魔辺境伯だということを。
いつも読んでくださって、ありがとうございます!