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「メリッサはすごいと思うよ」
ヒューゴはベンチに腰掛けた私の隣に座る。
「小さい頃にお母様を亡くし、継母たちに虐げられて生きているのに。
社交界にだって行かせてもらえなくて、ただ掃除ばかり命じられているのに。
それなのに、いつも我慢して笑って生きていて……」
「ふふっ。私、笑顔だけは得意だから」
満面の笑みでヒューゴを見る。そしてヒューゴは、少し悲しそうな顔で私に告げた。
「僕の前では我慢しなくていいんだよ。僕の前では泣いてもいいんだよ」
その言葉に、本当に涙が溢れ、慌てて下を向く。
家族から馬鹿にされ、奴隷みたいに扱われ、なんでこんな人生を歩んでいるのだろうと思った。前世はスパルタ教育を受けながらも、家族からは愛をもらっていた。前世のほうがずっとずっと幸せだった……ーー
ヒューゴはそっと私の髪を撫でる。私はさっと涙を拭き、ヒューゴを見上げた。そして無理に笑顔を作る。
「私、結婚することになったの」
「えっ!? 」
咄嗟の報告に、驚きを隠せないヒューゴ。その顔は明らかに強張っていた。
「私はこの地を去ることが出来て、本当に幸せだわ」
だが、相手は『悪魔辺境伯』だ。もしかしたら、ここ以上に酷い待遇が待っているかもしれない。
ヒューゴは怪訝な顔で私を見て、遠慮がちに聞いた。
「それは、メリッサが望んでいる結婚なの?
今のメリッサは、幸せそうな顔をしていないんだけど」
バレバレだ。ラファエラが行きたくない嫁ぎ先に、代わりに行かされることになったのだ。当然幸せではない。
「私は伯爵家の娘だから、政略結婚は覚悟していたわ」
私の今世、終わったな。今世でこれだけ悪いことばかり起こるのだから、来世に期待するしかない。
ヒューゴは悲しそうに私を見て告げた。
「メリッサ、幸せになってね」
「うん、今までありがとうね、ヒューゴ」
こうして私は故郷を離れ、遠く離れたハンスベルク辺境伯領へと嫁ぐことになった。『悪魔辺境伯』と噂される、冷徹な辺境伯のもとへと。
ハンスベルク辺境伯領から迎えが来るまでの二日間、私はいつも通り必死で下働きをした。
一日目、庭の落ち葉拾いをする。
秋も深まった今、絶好の紅葉シーズンだ。庭の木々は色付き、そして冬へ向けて葉を散らす。私はスカートが汚れるのも気にせずに、無心に落ち葉をかき集めた。そして、山のようになった落ち葉を袋に入れようとしたのだが……
「ほら、キャロル!ボールを取ってきて」
ラファエラがわざと落ち葉の山に向かってボールを投げる。愛犬キャロルが落ち葉の山に突っ込んだのは言うまでもない。おまけに、キャロルは私を見ると噛みつくように躾けられているらしい。ボールを咥えて顔を上げたキャロルは、私目がけて猛突進する。そしてボールをぽろっと離し、私のスカートに噛みついてくる。
……このクソ犬が!!
だが、幼い頃から私は『女性はおしとやかに』と教えられてきた。ここでクソ犬を蹴り飛ばしたりしてボロを出すと、ラファエラの格好の餌食になるだろう。
「キャロル、やめて!」
私は引き攣った顔で許しを乞う。すると、ラファエラがにやりと笑って私に告げたのだ。
「お姉様、ご自身は犬以下の存在だということを忘れないでくださいね。
キャロルに土下座して頼んでね」
仕方なく土下座し、スカートだけでなく腕も噛まれてしまった。だが、こんな生活もあと二日と我慢する。
二日間。お義母様の言われる通り、屋敷の床磨きをする。
昨日と同じく、服が汚れるのも気にせず、床に這いつくばって雑巾で拭く。屋敷は普段は綺麗にしてあるが、今日はわざと汚してあるのだろうか。絵の具みたいなものがべったりと付いている。それを必死で雑巾で拭いた。
気付いたら、私の服も黄色にピンクにと染まっていることに気付く。それをわざと見に来たラファエラが、にやにや笑って告げた。
「まぁ、お姉様。とても見窄らしいこと。
今日は悪魔辺境伯の侍者が迎えに来るのに、そんな姿をしていたら嫌われてしまいますわ」
誰のせいだよ、と心の中で思う。だが、この生活ももう終わりだ。一刻も早く出て行きたいと思った時だった。
「メリッサ!何をしておる、メリッサ!」
お父様に階下から大声で呼ばれた。私は雑巾を持ったまま、小走りで階下へ降りる。すると、広間にはグレーの服に赤いマントを付けた騎士たちがいる。見たことのない隊服だ。もしかしてこの人たち……
「メリッサ、その姿はどうした!?
今日はハンスベルク辺境伯領から迎えが来るから準備するようにと言っていただろう」
お父様は、イラついたように私に言う。
「申し訳ございません。館の床掃除をするようにと命じられていましたので……」
私が溢すと、騎士たちはざわっとする。そして信じられないような顔で私を見るのだった。みんな、きっと私を見て引いているのだろう。
だが、慌てるのは父親だった。
「そんなことを言ったのは、どこのどいつだ? 」
あなたの妻ですけど?
「もういい!とっとと行ってしまえ!」
最後は怒鳴り声に近かった。そんなお父様に、私はせめて最後の挨拶でもと近付くが、お父様からは凄まじい殺気を感じている。きっと、私の酷い姿をハンスベルク辺境伯領の侍者に見られたからだろう。お父様のイメージが傷付くのだ。
それでも私は負けずに、笑顔で頭を下げる。
「今までお世話になりました」
それに対して、もちろん誰も返事をしない。だが、私はこの家を離れられることがこの上なく嬉しかった。相手が悪魔辺境伯だろうとも、今以上は幸せになれるだろう。この頃はそう思っていたのだ。
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