54.覚悟の告白
なごやかな交流の日々が続いた、とある夜のこと。
ヴィーラグアは、いつものように巨大三角楼の外壁沿いに藁を敷いて、ヤーゴートを伴って床としていた。
内部は人間たちに提供されており、種族の者たちは、ヴィーラグアと同様に草原で思い思いに休んでいる。
ゴロリと寝転がって見上げる空は、満天の星の海。
無言でそうしていると、どこまでも漂って行きそうな、そんな錯覚さえ憶えた。
「ヴィー」
「うん?」
ヴィーラグアの腕枕に抱かれながら、ヤーゴートは小声で呟いた。
「あのホルスという人間のことを、以前から知っていたのか?」
「どうしてそう思う?」
「どうもこうもあるか。お前の態度を見れば、そうとしか思えないに決まっているだろう」
「そうか」
「いつかの人間の村でも、そうだ。はじめから何もかも知っていたような振舞いだった」
「何もかもなんて知らないさ。村での出来事は、予想もしないことばかりだった」
「つまり、予想ができるだけの知識をあらかじめ持っていた、ということじゃないか」
鋭いな、と笑いをもらしそうになる。
「ヴィー。ひょっとしてお前は……」
「なんだ?」
「人間の世界で、暮らしたことがあるんじゃないのか?」
「ああ、ある」
あっさりと答えるヴィーラグアに、詰問していたヤーゴートの方が絶句した。
これまでの彼の言動はたしかに、そうとしか思えないものばかりだ。だが同時に、そんなことは不可能だという確信もあったのだ。
この神龍族の若者がいったいいつ、どうやって人間界で暮らせたというのか。
生を受けてまだたったの数年、その間の足跡はほぼ把握している。すべてとまでは言えないが、たとえ自分が知らない期間であっても、そこまで濃密な経験が出来る時間など、なかったはず。
そのうえ、この異形だ。人間の姿に化ければ問題ないだろうが、その術を身に付けたのも、自分と出会った後のことなのだ。
「この数日間ホルスと過ごして、俺は決心した。我ら種族は、これから人間界と積極的に関わっていかなければならない」
「そ、そうか」
「だからヤーゴには、知っていて欲しい。
他の者たちは、俺が何をしてもそれほど疑問には思わないだろう。でもヤーゴはそうではないのだろう?
だから君にだけは、教えておきたいんだ」
なにを? という言葉が口から出なかったのは、怖れからかも知れない。逆に、ゴクリと息を飲んだ。
「俺には、人間だった前世の記憶がある。俺のゴウラは、人間のものだ」
やはり、という想いと、まさか、という衝撃が同時におとずれる。
「それは、どういう意味だ。我らのゴウラは、血脈により代々受け継がれている。神龍族の祖先に、人間がいたということなのか?」
「そうじゃない。俺の肉体はたしかに母と、父、あのならず者の王から受け継いだものだが、ゴウラはそうではない。
俺の中に、母のゴウラは確かにある。だがならず者の王のそれは、どういう訳かまったく感じられない。
その代わり、人間であった前世のゴウラと記憶が、そっくり残されているんだ」
「人間のゴウラが、ならず者に取って代わったというのか?」
「どうやら、そうとも違うようだ。
母は言っていた。自分の子は、九十九体のはずだったと。そのすべてが死産に終わり、諦めかけていたところに、思いがけず俺が生まれた。それも、これまで感じたことのない異形の、光に満ちたゴウラを携えて。
異形とはつまり、人間のことなんだ。
人間に生まれるはずだった俺のゴウラが、母の胎内に宿ったらしい」
「そんなことがあるのか。
たしかにゴウラは、親から受け継ぐ以外にも、他者を喰らうことによって継ぐことができる。仮にお前の母、ベテルグが人間を喰らっていたとしたら、その者のゴウラがヴィーに継がれる可能性もないわけではないが」
「いや、そういうことじゃないんだ。俺は間違いなく、母の生とは無関係の人間の生まれ変わりだ」
「その人間が、かつてスノルウィーグという村で暮らし、ホルスというあの雄とも知り合いだったというわけか?」
「そうだ。そしてその人間は、極星の勇者アーリィの名を持ち、人間族最強の戦士として魔族と戦い、魔王を葬った」
「な……に……?」
ヤーゴートは思わず身を起こした。
藁床に仰向けになって星空を見上げる彼の眼は、静かなままだ。
「狂ったか」
「いや、狂ってはいない」
「お前が、あのならず者の王を倒した人間? その魂を宿して、神龍族に生まれ変わっただって? 自分自身が倒した、敵の子として?」
しばしの沈黙。
「俺は、神に会った」
「神とは?」
「この世界を創り、支配する者」
「人間たちがそのような存在を信じ祈りをささげる、信仰というものを持っているのは知っている」
「やはり、種族にはない概念か」
「いや、人間ほど明確ではなくもっと漠然としたものだが、この世は我らのはるか高みにある存在によって創られたという考えは、多くの者が持っている。
もちろん、私もそうだ。
むしろ、これほどまでに整った緻密な世界が、何者の手も借りず勝手に生まれたと考える方が、納得できない」
「その神に、俺は断罪された。俺が信じた正義は人間のものでしかなく、翻って種族の側に立てば、その行為は魔王にも劣らぬ悪行に他ならないと。
だから、今度は種族として生き、犯した罪を贖えと」
「これまでのヴィーの言動は、まっすぐに王道を歩んでいるようでどこかちぐはぐな、他の者にはともかく、私の眼には狂っているとしか映らないようなのばかりだった。その理由が、やっとわかったような気がする。
だが、そんな途方もない話を、私が信じると思ったのか」
「ああ、ヤーゴなら信じてくれると思った」
責め立てるように重ねる問いかけに、ヴィーラグアはよどみなく答える。
いつも通りの会話だが、普段はどこかはぐらかされているような、苛立ちをともなうものだったのに対し、今日の彼の言葉は、欠けていた断片を埋めるように、ヤーゴートの心を満たしていく。
「なぜ……今……」
「覚悟が必要だと思ったからさ。
人間と関わる覚悟。種族の王として世界を導く覚悟。そしてヤーゴート・ティニンアラバルを、妻に迎える覚悟だ」
「私を、私たち種族を、いったいどこに導くつもりだ」
「わからない。道は、これから開いていくんだ」
ヤーゴートは再び身体を横たえ、ヴィーラグアはその肩を優しく抱いた。
「聞かせてくれ。これまでのこと、これからのこと」
「ああ、まだまだ夜は長い」
「今夜だけではない。明日も、明後日の夜もだ」
「そうだな。俺たちの時間は、これからもずっと続くのだから」




