51.旅路の果てに見たもの
ヴィーラグアからの通知を受け取った、ホルス・ガガールンら使節団は、さっそく宿営地を発つことにした。
ホルスはかつて、修行のためにモルゴンの民と共に暮らした経験があり、平原の旅路についてはさほどの不安は抱いていなかった。
最終目的地であるツンドゥールカへの訪問はかなわなかったものの、代わりに会合地として指定されたボルカ河はそのはるか手前、行程は半分ほどで済む。
季節は夏が始まったばかり。秋の終わりまで数か月は穏やかな気候が続くはずだし、食料も十分に用意してある。気楽なのんびり旅のはずだ。
だからこそ、物資の大半を残して行かなければならないことを知った時の驚愕は、大きかった。
「えっ、荷物を持っていけないって、どういうことですか? これは王への贈り物、と言いましたが、半分くらいは旅の糧にする予定なのですが」
「草原を運ぶだけなら問題はないのですが。河を、どうやって渡ります?」
「それは渡し船で……、あっ!」
モルゴンの大地を流れる河は、そのほとんどがタイガの森に端を発し、南から北へと流れていく。そしてはるか北の地で西へ向かうリーナ河に合流し、氷結の大地へと去っていくのだ。
エルブル族の宿営地からポルカ河までは、約一千カマール。その途中で、何本もの河を渡らなければならない。なかには、リーナ河に匹敵する大河も。
大戦前には、どの河にも渡し舟が運航されていたのだが、それも今はない。その都度にいかだを組んで、自力で渡らねばならないのだ。
「穀物類は、水に漬けたらおしまいなので、大量に運ぶのは無理でしょう。防水袋の用意はありますが、さすがに全部は」
「馬も諦めざるを得ませんね。荷物は自分たちで担げる分だけか、やれやれ」
「その点はご心配なく、荷運びにはこちらをお使いください。馬車ほどではありませんが、自分で担ぐよりは楽ですよ」
そう言ってジーンが引き連れてきたのは、子牛ほどの大きさの毛の長い獣の群だった。
「大公閣下にもお贈りしました、ディンゴラです。種族の言葉で毛長牛といったところでしょうか」
「おお、これが」
体形はずんぐりとしていて、名前の通り全身が長い毛におおわれている。角はなく、顔つきはどちらかというと鼠か兎に似ている。脚が太く、力は充分と見える。
性格も大人しそうで、のんびりと草を食む様子は、なるほど牛のようだ。
「人も乗れるのですか?」
「さすがにそれは。ですが、荷を背負うくらいなら大丈夫ですから、長旅には重宝します。それに、この獣は泳ぎが得意で、河を渡れるのですよ」
「ほう」
「ですから、この数がそろえば筏を引いてもらうことも可能なのです」
「それは頼もしい」
とはいうものの、やはり一千カマールの旅路は果てしなく、目的地に到着したのは、それから三か月後のこと。
短い夏はとうに過ぎ、はや秋風が吹き始めていた。
食料は、狩や自生の植物を収穫するなどして極力自力での調達を心掛けたものの、それでも随行していた四十頭のディンゴラと荷物のうち、約三分の二を旅の間に消費してしまっている。
そのうえ衣料などは補給のあてもなく、旅の終わりには、みな浮浪者同然のボロボロの姿となり果てていた。
食うや食わず、生死の境をさまよう苦難の道行き。
それでも、人間とエルブル族を合わせ二十数名の同行者に一人の脱落者も出さず、長い旅路を踏破してのけた。
その末に彼らが眼にしたのは、小高い丘の上にそびえる、巨大な三角形の建造物だった。
―――※―――※―――
見通しの良い平原ではかなりの遠方から見えていたが、遠目には山としか映らなかった。
だが近づくにつれ、自然物ではあり得ない整った形状に眼を見張り、人の手による物とは思えない巨大さに息を飲んだ。
いや、彼らは人ではないのだ。ならばこれが、魔族の力ということか。
「ジーン殿、あれは何ですか?」
「いえ、私も初めて見ました。王が築いたのでしょうか」
「南国界にはあのような形をした墳墓があるというのを、本で読んだことはありますが。でもまさか、こんなところに」
近づいてみて、さらに驚いた。遠目には土か石でできているように見えたそれは、なんと巨木を積み上げて造られていたのだ。
「これは……」
構造的には、丸太を組んで積み上げただけの、山小屋と変わらない。むしろ屋根と壁の区別がない分だけ、さらに単純な造りだ。
装飾らしきものはなく、丸太の形状もよく見れば不ぞろいで、仕上げも雑。隙間に苔を埋め込んで塞いでいるのが、かえって手が込んでいるように見えてしまうほどだ。
ただ、優に百マールはあろうその構造物の一片が、一本の木をそのまま横たえて造られている。
太さだけでも、人間の背を越える。これほどの巨木を見るのは初めてのことだし、それが文字通り山と積まれている威容は、人間の王城とはまた別の意味で、見る者を圧倒するに十分な荘厳さを備えていた。
錐型にそびえる山肌は青空を二分するように視界を覆い、狂わされた遠近感が、無限の彼方へ続くような錯覚をもたらす。
ホルスや同行の人間たちのみならず、エルブルのジーンすらも言葉を失い、ただただ見上げるのみだ。
と、その頂を越えて、数羽の鳥影が現れた。
影は、陽光をさえぎるように翼を広げ、輪を描いて舞い降りてくる。
そのまま、彼らを取り囲むように降り立った。
「クワッカカカ! クワッ! クワッ!」
「し、屍喰鳥……」
間近に迫る凶鳥の群れに、人間たちは円陣を組んで防御態勢を取った。
「ジーンさんジーンさん、やっとご到着ですか。随分なのんびり旅でしたね」
「君たちのように空を飛べたらいいのだけれどね。荷物も多いし、時間がかかるのは仕方がない」
「クワッカカ! なるほどなるほど、荷物がたくさんですね! ボクたちだってこんな重いものを運ぶのは嫌ですから! 仕方ないですね! クワッ! クワッ!」
「クワッ! クワッ!」
「クワワワッ!」
歓迎のあいさつも、人間の耳には威嚇の咆哮としか届かない。
恐怖に耐えかね、思わず腰の剣に手をかける彼らを取り囲んで、鳥たちは陽気に踊り狂った。
「それで、他の者は? ずいぶん静かだが」
「クワッ! 王が魚を捕るというので、みんなついて行きましたよ! 人間にごちそうするんだって!」
「君たちは行かないのかい?」
「僕らは水辺が苦手なので!」
「なにしろ魚は手ごわいので!」
「うっかりするとこっちが食べられてしまうので! クワッ!」
「クワッ! クワッ! クワッ!」
「クワッ! クワッ!」
冗談だったのだろうか。嬌声を響かせバサバサと小羽をまき散らしながら踊り出す巨鳥たち。
だが大河には、鳳族をも一飲みにする巨魚も、たしかに棲んでいるのだ。
水中を戦場とする水鳥族ならともかく、鳳族が水辺を苦手とするというの、もうなずける話ではある。




