45.故城より始まる
ツンドゥールカの山中に首都を築くことは、諦めざるを得なかった。
白い大地は、かつて栄華を極めた何者かの巨大な墓所であり、また、都市を築こうにも地盤が軽石よりも脆い白骨では、どうにもならない。
第二の候補として挙がったのは、その南の地、大地の裂け目の西端と山脈の間に広がる地域。ロスコアでは、ツンドゥールカ山脈の麓に位置することから「ツンドゥールカの森」と呼ばれている森林地帯だ。
この地域は、ロスコアを含む東原世界と西部世界の境界にあたり、かつては人間族にとって東西交易の重要な拠点となっていた。
だが、山中に居座ったならず者の王とその配下のせいで、一帯は世界で最も危険な場所となり果ててしまい、いつしか近寄る者も絶えた。
その結果、東西は分断され、交易で栄えていたモルゴン王国は急速に衰退し、ついには消滅してしまったのだ。
ヴィーラグアがこの地に居城を構えることは、ならず者たちが引き起こしていた東西分断を、引き継ぐことになる。
だが彼にとっても、人間の都合など知ったことではない。むしろ、人間の力を削ぐことが種族の安寧に貢献すると考えていた。少なくとも当面の間は。
また、仮に人間が自分たちを排除しようと画策したとしても、すでに種族の活動域となっている西域平原を突破してツンドゥールカにたどり着くほどの兵力は、今の帝都にはないはずだ。
一方で、反対側に接している西方世界に対しては、さほど警戒の必要は感じていない。
ツンドゥールカ山脈は、西方世界では『トンロン山脈』と呼ばれている。トンロンとは、神々が住まう聖なる地の意だ。
そもそも『ツンドゥールカ』とはトンロンをロスコア語表記したものであり、本来はトンロン山脈こそが正式な名称なのだ。
大陸北部は、大きくロスコア、モルゴン、西方世界の三つの地域に分けることができる。
そのモルゴンと西方の境界にあるのがトンロン=ツンドゥールカだ。地理的には、ロスコア本土よりも直に接している西方世界の方がずっと近い。
西方世界は、ならず者たちによる被害も東原界よりずっと多く、恨みも大きいはず。先の大戦においては、ロスコア以上に積極的に参戦してしかるべきだった。
だが、西方には西方独自の価値観があったのだ。
いわゆる西方思想のひとつに「超常の事象は天の配剤であり、人は従わざるを得ない」というものがある。
超常のうちには、地震や台風などの自然現象も含まれており、魔族の行いもまた、それらと同一視されていた。
つまり、ならず者の王による暴虐は、抗うすべのない天災と認識されていたのだ。
それゆえに大戦における西方軍の動きは、東原軍に較べると明らかに鈍かった。
むろん、西方の民も戦いの意義は理解していた。これ以上の暴虐を許せば、社会秩序の崩壊どころか、人類滅亡すら招きかねなかったのだ。
だが、勝てるとは誰も思っていなかった。少しでも力を削いで被害を軽くすることができるならそれで充分、という程度の覚悟だった。
それもある意味、仕方のないこと。
なぜなら、西方世界には極星の勇者が現れなかったのだから。
加えて説明すると、中央界、南国界の国々はまた事情が異なる。
ツンドゥールカ地方とは大地の裂け目をまたいで隔てられ、さらに南岸の森も大部分がチヴェタ山脈に隠されていることから、種族と人間族が衝突することはごく稀だった。
また、一部には西方世界と同様に神とあがめ、あるいは生活を共にする部族もあるなど、むしろ友好的ともいえる関係が保たれていたのだ。
それが一変したのは、ならず者の王が気まぐれに行った南国遠征によってだ。
突然の災禍に南国の民は恐怖し、ロスコアの呼びかけに応じて大軍を北へ送り込んだ。
それに呼応して東原、西方諸国も軍を起こし、かくして世界を巻き込んだ大戦が始まったのだった。
―――※―――※―――
ヴィーラグアたちが見つけたのは、森の中に埋もれていた石造りの遺跡だった。
「でかいな。これは何だろう」
「城跡ですかね。神殿の造りではないようです」
「城壁の一部かな、かなり奥まで続いているようだ。だがかつての交易路からも外れているし、人間はどうしてこんな山奥にこんな要塞を築いたのだろう」
「ヴィー、この形状に見覚えはないか?」
ヤーゴートの言葉に首をかしげる。が、すぐに思い当たった。
「湖の底にあったのと同じものか」
「そう。これは人間ではなく、種族が造ったものだ」
「種族が? 信じられません。神龍族ですか?」
「いや、何者かは伝えられていない。神龍族もその血脈に連なるのかも知れないが。はるか古代、今の我らとは別の文明を築いた者たちだ」
「これほどの建築技術を持つ種族とは、いったい……」
ジーンの知識にも、それらの者に関する伝承はないらしい。
「おそらく、掘り起こせば都市一つ分ほどの大きさになるはずだ。ヴィー、どうだ?」
「ああ、良さそうだな」
「おいちょっと待て、まさかこれを全部掘り出そうというのか?」
ドノドンの目の前には、遺跡というよりも巨木の苗床とでもいうべき、巨石と太根が絡まり合った異形の造形物が横たわっている。
果ての見えないその連なりに、思わず悲鳴のような声が漏れた。
「根っこ一本抜くだけで一日掛かりだぞ。これ全部って、いったい何年かかるんだよ」
「一から造るよりは楽だろう。まあ、じっくりやるさ」
人間の都市も、昨日今日出来たわけではない。帝都など千年でも足りないほどだ。
だがおそらく、人間が千年かかる大工事でも、自分たちなら数年で整えてしまうことだろう。それを可能にする力自慢が、種族には揃っているのだ。
ドノドン率いる熊族や大猴族はもちろんのこと、彼らをさらに上回る巨漢の、巨人族という一族がいる。
体高はおよそ3マールから5マール。容姿は大猿に似ているが、体毛が少ないのでむしろ人間のように見える。このことからロスコアでは、森人族、矮人族とともに人魔族に分類されている。
知能は高く性格は温和、しかし当然のことながら戦闘力は高い。
ツンドゥールカ地方でもそれなりの地力を示していたが、やはり食糧難には勝てず、近々森を出ようとしていたところだ。
ヴィーラグアが物資の供給を申し出たことにより、合力を受け入れてくれた。
同様の交渉条件によって、最大級の狼族である黒牙狼や、湖獣族なども協力的だ。
つまるところ、ヴィーラグアは種族社会に『力』という法に加え、『食』を基盤とする経済の導入を果たしていたのだ。
―――※―――※―――
開発は順調に進み、社会秩序も徐々に回復してきた。
食料不足についても、森の外縁部の開拓や草原での牧畜により解消の兆しが見えつつある。
ヴィーラグアの基本政策である農業立国は、急速に進んでいた。
一方で、モルゴン地区への進出は、人間族との衝突の増加も意味する。
だが勢いを増しつつある種族に対し、人間族は度重なる戦闘の損耗を補填する力もなく、弱体化の一途をたどっていた。
ヴィーラグアとしては、ツンドゥールカを種族の領土とし、西域地区の大部分は緩衝地帯として旧モルゴン民にゆだねたい考えだ。
今のところ人間族とは完全な敵対関係にあるため、対話は困難だが、いずれこちらの体制が整ったら外交を始める心づもりもある。
条件次第では、大陸東西の交易を復活させてもいい。むろん税はいただくが、ロスコアにとっても大きな利益となるはずだ。
長く困難な道程だが、挑む価値はある。
まずは、ガガ―ルン大公との交渉から……。
種族繁栄への構想は尽きない。
だが彼の理想とは裏腹に、世界の潮流は新たなうねりを見せようとしていた。




