裏切り者のハズク?
「「トキヤ(様)!」」
ハズクの突然の行動。それに対して、チワとルナは驚く。もちろん俺も驚く。ハズクの腕は俺の首に、もう一方の手で、短剣を首の横に刺せるようにしている。
「おっと、二人とも動かないでください。もちろんご主人様もです。……さて、落ち着いて下さい。まぁ、それが難しい事はご存知です。二人はご主人様の事がとてもとても大切なんですから」
ハズクはチワとルナの足止めを、人質である俺を使ってする。俺の力では、ハズクからは逃げられない。かと言って、自分たちが動けば、俺が死ぬことが理解できたからこそ、あんなに悔しい顔をしているのだろう。
……いや、それだけじゃないな。仲間だと思っていたハズクに裏切られた。それが一番の原因か。ハズクと過ごした時間が一番長いのは、この二人なのだから。
俺は落ち着いていた。ハズクの裏切りは想定外だ。むろんむちゃくちゃ驚いた。だが、こう言う時は絶対に冷静さを欠いてはいけない。それを俺は、この世界に来てから学んだ。
さて、ハズクは元組織の仲間だ。俺を裏切る可能性が一番高かったのは言うまでもない。だから、こうして落ち着いていられるんだ。案外ハズクの事を信じていなかったんだな。
「……あら?ご主人様?もしかして泣いているんですか?涙が私の手を伝っているのですが?」
「……え?」
ハズクの言葉に耳を疑った。本当だ。いつの間にか涙が。……そうだよ。ハズクは仲間だと思ってた。裏切られたのがめちゃくちゃ俺の心を傷つけている。でも、俺はハズクが元組織の仲間だと言い訳をして、自分を納得させようとしていただけだ。
「ハズク、お前なんでこんなことしてるんだ?一応悪ふざけなら許してやる。今すぐやめるんだ」
「あら?ハズクがご主人様の言うことを聞くと本気で思っていると?命が惜しければ、ハズクの言うことを聞きなさい。手始めに、まず手に持っている武器を遠くに投げ捨てなさい。後は今持っている金を全て、袋に入れてこちらに投げなさい。そうすれば、あなた達の大切なご主人様は帰って来るわよ?今から……そうね、30秒で支度しなさい」
40秒でも、最後が『支度しな!』でも無かったので、笑えなかった。ハズクの要求からするに、狙いは金……なのか?
「……トキヤ様?」
チワは俺に判断を求めてくる。どうしたらいいのか分からないようだ。ルナも同様らしい。
「チワ、ルナ。武器を投げ捨てるんだ。そして金だが、そっちのバッグに入ってる。急いでくれ」
カランッ!
そう言うと、チワとルナは短剣や弓などの武器類を投げ捨てた。そしてバッグの中のお金を探し始める。
「所でハズク、今までの行動は全て、嘘か?」
「当然ではありませんか」
「そう、か……」
俺の問いにハズクは即答した。そのショックは大きかった。
「ハズクさん、これで良いですか?」
チャリンチャリン!ポイ!ガチャン!
チワは紐を結んだ麻袋の財布を取り出して、中身を揺らして金であることを確認させて、ハズクの方へと投げた。
ハズクはそれを拾う。それと同時に俺を突き飛ばした。痛い!
「もう、ハズクにとってご主人様は用済みです。金は頂いたので、ではさようなら」
「待てハズク、最後にいくつか質問をしたい。構わないか?」
「どうぞお好きに。私は答えるとは一言も言ってませんが」
俺がそう尋ねると、ハズクは了承してくれた。実力差があるからか、余裕と油断が透けて見える。
「そうか。俺たちと過ごした時間は、笑った笑顔も演技か?」
「ええ」
「じゃあ、本心では俺たちのことが嫌いだったんだな?」
「……ふっ、当たり前ではありませんか。誰が好き好んであなたみたいな人を。ご主人様なんて、大っ嫌いです!」
グサッ!トキヤの心に80のダメージ。
「と、と言うことは、出会った夜のあの行動も……俺から手っ取り早く金を奪い取るためか?」
「はい」
今までの回答から、ハズクがとった行動は全て計算だと言うことになる。だが……。
「そうか、最後の質問だ。ハズク、なんでお前が嘘をついているのか、理由は知らないがもっとうまくやるべきだったな」
「えっ?嘘ってどう言うことですか?トキヤ様」
「っ!……何をバカなことを。ハズクが一体いつ、嘘をつきましたか?
俺の言葉にチワは驚く。ハズクはその証拠を出せと言ってくる。
「簡単だよ。ハズクは俺たちのことが嫌いだったと言ったが、あれが嘘だ。ハズク、お前本当は俺たちのこと嫌いでは無いだろ?好きかどうかは知らないが」
「だから!何を根拠に!」
俺の言葉にハズクは少しキレ気味に大きな声で威圧してくる。
「ハズク」
「……なんですか?ご主人様?」
「ほら、今自分で認めているじゃねーか。俺がハズクに付けた名前、『ハズク』をハズク自身が認識しているじゃねーか。嫌いな奴が付けた名前を自分の名称にまで今も普通するか?さらに言えば、いつまで俺は『ご主人様』なんだ?」
「あ……そ、それは……」
俺の言葉にハズクは返す言葉が見つからないらしい。
「良いか。俺の知っている人はこう言う名言を残している。『どんな嘘をついても、自分の心だけは騙せない』とな。今のお前にぴったりじゃ無いのか?」
ついでに言えば、さっきの俺にも当てはまるが。
「ハズク、お前がこんな行動に出る理由が俺は分からない。でも、俺は訳も無くこんなことをする人じゃないことだけは分かる。……話してくれないか?解決するかは分からないけど、一人で悩んでいても辛いだけだ。そのための仲間、パーティメンバーなんだから」
ハズクは黙ったままだ。そして、その目には涙が。
「ハズク?」
「ご主人様、組織に逆らうのはやめて下さい。この中ではハズクが一番よく分かっています。逆らってはダメなのです。逆らっては……いずれご主人様も殺されてしまいます!ですから、お願いです」
……それがハズクがこんなことをした理由か。ハズクが抜ける精神的ダメージ。戦力の大幅な低下。組織に対する反抗力の低下につながるな。
「いずれご主人様はも?って事は、ハズク、お前誰か殺されたんだな?……両親か?」
ハズクは黙ったままだ。もし言えば、俺がさらに組織に逆らうと分かっているのだろう。でも、沈黙は肯定と同じだ。
「ハズク、俺はさ……みんなが笑って楽しく暮らせたら良いんだ。でも、組織はその笑顔を奪っているんだぞ?なら、逆らうしか無い。今勝てないなら強くなれば良い。幸い時間は向こうが用意してくれている。後、嫌な事、辛いことがあったら俺、チワ、ルナにでも良い。話したら楽になる。そんで楽になったらその対策をする。人間は一人では生きていけない。だからそのために仲間がいる。パーティを組むんだ。だから、もう自分を押し殺すような事はするな」
「ご主、人様……申し訳、ございませんでした」
ハズクはそう言って、足の力が抜けたのか、立ち崩れた。俺はそれを見て、急いで駆け寄り肩を支える。
「ハズク、今は仲間に敬語なんて使うな。『申し訳ございませんでした』じゃ無くて『ごめんなさい』だ。それだけで十分だ」
「ごめん、なさい。ごめなざい!」
ハズクはひたすらそう言いながら、俺の胸で泣いていた。俺はひたすらハズクの体を抱きしめて、頭を撫でていた。
ハズクは俺たちのためを思ってこんな事をしたのか。金を要求したのは元組織という立場を利用した誘導で、本当の目的は俺たちを危険から少しでも遠ざけるためか。
「ご主人様、もう大丈夫です。えっと……ありがとうございます」
ハズクは少し照れながらそう言う。
「うん、それじゃあ二人にも謝れよ?」
俺がそう言う。するとチワとルナは驚く。
「トキヤ様とハズクさんは私たちの事忘れているかと思っていましたよ?」
「忘れてないよ!二人のことは絶対に忘れる訳無いじゃないか」
「そ、そうですか?それなら良いんですけど」
なんだ?チワの当たりが少し強い気がしてが、すぐにいつも通りに。
「で、トキヤはハズクさんの事許すのよね?私は認めないわよ?トキヤはハズクさんを助けたのに、あんな恩を仇で返すような行動。でも、トキヤを思っての行動という事を加味して……今日、バルトロールダンジョンにいる間は、絶対に私を守りなさい。怪我を合わせたら魔法の餌食にしてあげるから……私からはそれだけよ。……勘違いしないでよね?私は戦力が減るのが嫌なだけ。間違ってもハズクさんが居た方が良いとは、さっきの行動も踏まえて全然思っていないわ」
ふふっ、つまりいつも通りにしろってことか。素直じゃないな。そう言う建前を作らないといけないのも大変だろうに。でも……。
「ありがとうな、ルナ。お前が仲間で良かったよ」
「ふんっ!許したわけじゃいなんだからね!トキヤもちゃんとしばらくは気をつけておきなさいよ!後は……いい加減頭を撫でないで!何度言ったら分かるのよ!」
おっと、無意識に撫でていたらしい。パッと手をすぐに離す。……あれ?ルナの顔が少しだけ暗くなった。どうしたんだ?
「あ、後ご主人様とチワさんにも、特にチワさんに少し言いたいことが……」
「はい、なんですか?」
ハズクは顔を赤くして少し指を絡ませながら言う。なんだがキャラが変わってきている。少し年上のお姉さんキャラだったのに。
「えっと……魔法、使えるんです。一種類だけですが」
「な!なにぃーーーー!!!」
は?あの身体能力に魔法も少し使えるって……俺の存在意義がどんどん薄くなっていく!後、チワもだ!
「それで、その……ハズクと出会った次の日の朝……なんですが……」
「「次の日の朝?」」
何があった?……あ、既に二人に裏切られてた!置いてかれてた!……では無さそうだな。他には何があった?…………そう言えばハズクを人質に取った男が居たな。
「あの時(チワさんを窓から水浴びしに行った)、(チワさんに)闇属性の《精神誘導》を使ってしまいました。ごめんなさい」
ハズクはそう言って頭を下げる。だからあの時っていつ?
「まさか……あの時(トキヤ様が私のタオル一枚の半裸姿を見ても、全く動揺しなかった)ですか?」
「はい、あの時(チワさんを窓から水浴びしに行った)です」
二人は分かり合っているらしい。この中で付き合いが一番長いのもあるだろうが……俺には分からん。素直に聞こう。
「ハズク、悪いんだけどいつ?」
聞いた結果、チワが恥ずかしい思いをしたのは省略する。後はルナが『私を待たせてそんなことをしていたの』と怒ってきたこともだ。
「おい、と言うことは……ハズク、お前一体いつからこの計画を考えてた?」
「初めからです」
「……マジ?」
「はい」
……頭良すぎないか?
「理由は?」
「……2人に対する裏切りの対価です。自分がそう思いたいだけの言い訳ですが。後、チワさんはご主人様には少し素直になるように、と思い使いました。結果的には上手くいったと思うのですが?」
「うん、そうだね。……まぁ、黙っていたのはあの事で相殺で0だ。それじゃあハズク。とりあえずご飯食べろ。冷めてるかもしれないけど」
「はいっ、ありがとうございます」
なんだが『ありがとうございます』と『ごめんなさい』をよく使うようになったな。ハズクは急いで、ご飯を食べる。
その間、チワとルナは見張りをする。俺はハズクの見張りをするように、ハズク本人から言われた。
さて、目的はもう少し。この速さなら夕方あたりには出られそうだな。そう考える。だが、その考えが間違いであることを、俺はこの先知ることとなる。
面白かったら感想、誤字脱字報告、ブクマ、ptお願いします。
あと、私のもう1つの連載作品の
『普通を求めて転生したら勇者の息子だった件』
も、是非読んで見てください。