聖水再生
「うぅ……」
ガクッ、少し呻き声を出して、気を失ったNo.8。出来るだけ顔に当てないようにしたため、顔や手など肌が出ている部分はほとんど無傷だ。
実はさっきのは《灯火》では無い。《火球》だ。これが魔法同時使用のもう1つの方だ。
No.8は光に弱い。なら途中で変えても気づかないかもと考えた。普通はわざわざ嫌なものは見ない。
なら変える隙は?No.8は建物の後ろに一旦隠れる。追撃されないため一定の時間は居場所を見つけられないためや、自分が殺る位置を見つけるために動く。
その間に《灯火》を消す。そして小さく《火球》の詠唱をする。その間の時間は相手が勝手に使ってくれる。
集中力が切れたと思わせれば《灯火》が消えたことも納得してくれる。実際に見られようが向こうはわざわざ《火球》をはっきりとは見ようとしないだろう。
来る場所は前や正面なら音が聞こえなかろうと《火球》の明かりのおかげで見つけることは出来る。
なら、上だ。背後は壁で無理。No.8を初めて見たときも上だったからな。タイミングは《火球》で影が出来る。それの色が濃くなれば降りてきて俺を殺すタイミングが分かる。あとはそのタイミングを見計らって上に《水拘束》を使えば捕らえられる。
もし避けられてもNo.8はもう片方の魔法を《灯火》と思っているため、何も出来ないと勘違いして単純な攻撃をして来る。そこには予想外の攻撃をしてやれば倒せるかな?と考えたのだ。
ただこれは相手が初めから姿を現さず、俺たち二人を奇襲で殺しておけばこんなことにはならなかったはずだ。わざわざ名乗ったのは何故だ?自身の信念?暗殺が仕事みたいなやつが?名乗るのは騎士とかだろ普通。まぁ助かったからいっか。
「そうだ!チワ!」
No.8が気を失ったのを確認して俺は、チワの方に向かう。良かった。まだ息はある。見るからに酷い怪我だ。肉はえぐれて、血が溢れ出ている。
「チワ今すぐ治してやる!だから死ぬなよ!」
もちろん絶対に直せる保証なんて無い。だからって諦めろと!んなことできるわけないだろう!魔猪戦で二本あるうちの使わなかった残り一本の中級ポーション。これを傷にかける。
「んっ……」
染みて痛いのかチワの声が少し漏れる。おそらくこの傷は上級ポーションクラスでは無いと直せないだろう。
「ごめんチワ。我慢してくれ」
『命の源、水よ。かの者を癒せ。《水癒》』
ポーションに魔法を重ねがけをする。頼む。せめて血は止まってくれ。だが傷が深いのと魔法の効力が弱いため治らない。
ザッ!足音が聞こえた。誰だよこんな大事な時に!
「トキヤ!……ってどうしたのその血!!って!チワさん!!!!!!」
振り向くとそこにはルナが居た。それと同時に手に持っていただろう本が3冊落ちたがそこには気にもしない。
「ルナ!何でここに⁉︎」
「そんなこと今はどうでも良いから!私も手伝うわ」
そう言って、チワの元にしゃがみ込む。
『命の源、大いなる原初の水よ。かの者の命の鼓動を活性化させ、躍動せよ!かの者の傷を癒せ!
《聖水再生》!』
すると、血が止まり、少しずつだが傷も塞がっていくように見える。
「……すごい…」
さっきのは今までで一番長い詠唱だった。そういえばルナは一種類だけだが上級魔法を使えると言っていたがこれがそうだろうか?
「お願い!治って!もう2度と知り合いが死ぬのは見たくないの!」
ルナが涙目になりながら叫ぶ。知り合い?誰かルナの知り合いが死んだのか?もしかして……だからルナは水属性なのか?
「ルナ!ありがとう!本当にありがとう!おかげでチワが生きてる」
チワの傷はほとんど治った。跡も残らずにだ。これが大きい。チワも女の子だからな。今はまだ眠っている。
「……え、えぇ……はぁ……はぁ……」
息を切らしている。それほど難しかったのか。ルナは12歳。チワを助けるためにまだ身の丈に合わない魔法を使ったと考えるべきか?息が切れるほどの疲労。これが上級魔法を使った代償か?悪いことをした。
「大丈夫か?なんか欲しいもんとか……」
「大丈夫。でももう一回店まで送ってくれないかしら?」
息も元に戻っている。大丈夫か。
「あぁ、それくらいならお安い御用だ。だがあと1つ魔法を使って欲しいんだが……本当に大丈夫か?」
「えぇ。どんな魔法?もしかしてあんたも直さない傷があるの?」
「いや、そこの亜人の女の子。こいつがチワを襲ったやつだ。理由とか色々を知りたいんだが、今はルナやチワを休ませたいからな。その後にこいつを回収したいんだが、ちょっとやそっとじゃ起きないように眠らせる魔法とか使えないか?」
「そんな強力な魔法使えないわよ。どの魔法書にも載っていないわ。それはもう固有魔法クラスよ。てか、あんたの《水拘束》を使えばいいじゃ無い?」
「そう言えばそうか!悪りぃ、忘れてた。あと、固有魔法?の事もあとで教えてくれ」
また、新しいのが出て来たよ。いい加減にしてくれよ。認知することで解放されるってマジでめんどくさいな。
「えぇ、分かったわ」
No.8に《水拘束》をして、俺はチワをおんぶする。起きていたら殺されそうだがこうおもった。重たい。いや、チワは普通の女の子の中でも軽い方に入るだろう。体重も40㎏ちょっとあるかどうかだ。でも俺からしたら重たい。
「よしっ。ルナ準備完了だ。行けるよ」
「……それじゃあ行きましょう」
俺たちはまたすぐ再開したのだった。No.8?ルナを送り届けて、チワを宿に預けたあとで回収しよう。今は時間が惜しい。
「あれ?そういやなんで俺たちに会いに来たんだ?別れの挨拶したばっかなのに?」
それが謎だ。俺の住んでる宿も教えていない。
「なんでって……本当に覚えがないの?」
「うん。全くだ」
「はぁ……これを見なさい!これを!」
そう言って見せて来たのは魔法書だった。火属性、水属性、風属性の。あれ?これって……。
「……俺たちのじゃねーか!なんで⁉︎」
「トキヤたちが忘れて帰ったからじゃないの!宿を探すのはチワさんの事から推測はできたけど。まったくもう」
「すいません。全く頭が上がらないです」
「とか言いつつ私より頭の位置が高いのが気に食わないわ」
「本当に下げたらチワが危ないだろう。あとでいくらでもするから我慢してくれ」
「言ったからね。絶対よ」
そんなに俺に頭を下げさせたいのかルナは?まぁ、言われなくても土下座ぐらいは出来る自信がある。チワの命の恩人だ。「これで今日の貸し借りは無しね」とか言いそうだが……。今度は俺たちの方に借りが出来てしまったな。
「……ところでさっきのは説明してもらえるんでしょうね?」
ルナが聞いてくる。そらいきなりあんなところに出くわして何も説明なしは無いだろう。
「あぁ、これもいくらでも聞かせてやるよ。ただし、店に着いて、チワを休ませて、襲った犯人自身も連れてからな」
俺たちは再び魔道具屋を目指して歩き出した。




