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魔界への誘い  作者: 直井 倖之進
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第二章 『皇帝の力』①


               第二章 『皇帝の力』


 ――ボサッ――

 落ちてきた何かが頭に当たり、ミカは目を覚ました。

「い、痛いよ」

 頭を(さす)りながらゆっくりと上体を起こす。そこには、見慣れぬ景色が広がっていた。

「え? ここ、どこ?」

 状況を整理できぬまま、ミカはその場に立ち上がった。

 それから、注意深く周囲を見回す。真っ先に彼女が目に留めたのは、正面。左右に長く続く壁だった。

 それは、見上げるほどの高さの外壁で、奥には、西洋風の城がこちらに背中を向けて建っていた。

 「あれ? 私、病院の屋上にいたはずなのに……」そう思い、少し考えるミカだったが、すぐにその理由に気がついた。

 そう。召喚した魔物と契約し、母の病気を治す代わりに自らの命を差し出したのである。

「ということは、私、死んだんだ。じゃあ、ここは天国なの?」

 誰かに問いかけるように口に出す。

 だが、そうでないことはミカが一番よく分かっていた。雲の上にいるわけでなければ、神や天使の姿が見えるわけでもなかったからだ。

 現在、立つのは砂の大地。眼前にあるのは、城を囲む外壁である。肌寒いのに生温い風が吹き、生ゴミが腐ったような臭いさえ仄かにする。死後の人間の行き先が二つしかないとすれば、恐らく、こちらは地獄であろう。

 魔物と契約した者は、天国には行けない。以前読んだ本の中にそんな一文があったのを思い出し、ミカは戦慄(わなな)いた。いったいこれからどうなるのか。鋭く尖った針の山を歩かされるのか。それとも、煮え湯たぎる窯の中に放り込まれることになるのか。まったく先が見えず、想像するのも恐ろしかった。

 しかし、彼女に後悔の念はなかった。たとえ自分がどうなろうとも、母親が助かったのだから、それでよかったのである。

 さて、いつまでもここでじっとしていているわけにはいかない。何気なく振り返ってみると、百メートルほど先に巨大な門があるのが分かった。遠くてはっきりとは見えないが、大門の前には、野良の仔犬らしき動物の姿もある。

 「門まで行けば、誰かいるかも」そう考えたミカは、仔犬に釣られたのもあって、そちらに向かうことにした。

 ところが、最初の一歩を踏み出した途端、彼女の靴先に何かが当たった。

「きゃっ」

 短い悲鳴を上げて、足元に目を落とす。そこには、召喚の際に供物として捧げたはずのプリンの入った紙箱が転がっていた。

 「これが、ここで倒れていた私の頭の上に落ちてきたのね。でも、どうして?」わけの分からぬ気持ちの中で、それでもミカは紙箱を拾い上げた。

 その時、突然、彼女の後方から声が聞こえてきた。

「ミカ様。天音ミカ様でございますかな?」

「えっ」

 呼ばれるままに振り返る。彼女の目の前には、ひとりの男が立っていた。

 男は、身長百四十八センチメートルのミカよりもずっと小柄で、見た目、(よわい)八十を超える老人であった。手に大きな(かし)の杖を持っているのだが、背筋はしゃんと伸びており、足腰も至って丈夫そうだ。

 「このおじいちゃん、いつの間に私の後ろに?」戸惑うミカに、老人は再度尋ねた。

「天音ミカ様に、間違いありませんな?」

「はい」

 こくりとミカが頷く。

 すると、老人は安堵した表情になり、(いん)(ぎん)にお辞儀をしてから口を開いた。

「お待ちしておりました。私、ルキフゲ・ロフォカレと申します」

「ル、ルキフゲ。貴方が? じゃあ、屋上で私が呼び出したのは?」

 ミカが、狐につままれたような顔をする。

 その反応が予想どおりだったからか、老人は小さく笑って答えた。

「私こそが、正真正銘のルキフゲ・ロフォカレにございます。大変呼びにくい名前のため、以後はルキフグスで結構です。それと、ご質問の回答となりますが、先刻ミカ様の召喚にて現れたのは、私ではなく、ルシファー様にございます」

「ルシファー……さん?」

 屋上で出会った長身の男を、ミカは思い起こした。

「左様で。(がい)して、召喚魔術というものは特定の魔物を呼び出すと思われがちなのですが、それより上級に位置するならば、代わりに現れることも気分次第では可能で」

「ということは、ルキフグスさんよりルシファーさんのほうが偉いってことですか?」

 ミカが、十一歳の子供らしい質問をする。

 だが、そんな問いにもルキフグスは丁寧に返した。

「そのとおりでございます。ミカ様がお読みになった『召喚大図』にも記載されていたと存じますが、私の地位は(さい)(しょう)。魔界における財宝管理の一切を引き受けております。人間界の日本で例えるならば、財務大臣といったところでございましょうか。一方、ルシファー様は皇帝。この魔界の支配者にあらせられます。そして……」

「え、ちょっと待ってください」

 泡を食った様子で、ミカが途中で遮った。

「どう致しましたか? このルキフグス、嘘は申しておりませんぞ」

「いいえ、そうじゃなくて。今、この魔界、と(おっしゃ)いませんでしたか?」

「申しました」

「じゃあ、つまり、ここは……」

 言葉に詰まるミカに代わって、さらりとルキフグスはそれを続けた。

「はい。魔界にございます」

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