バレンタイン・イブ
「俺と付き合ってください!」
「ごめんなさい、好きな人がいるんです」
彼女はそう言い足早に去っていくのを目にした。
×××
同級生の告白を見てしまった。男の子はただのクラスメイト、女の子の方は幼なじみだ。別に覗きたくて覗いたわけじゃない。放課後、ふと校舎の裏を歩いているとその光景を目にした。とっさに身を隠したのだが、肝心なところを聞いてしまった。
まあ他人の恋愛には興味はないのだが、何も思わなかったわけではない。二つの意味でショックだった。僕は彼女に対して普通の幼なじみ以上の感情を持っている。端的に言えば、彼女が恋愛的に好きだ。だから、この告白は全く他人事というわけではない。彼女が男子から人気があるのは知っていた。顔だちも良く誰にも明るく振る舞う姿は客観的に見てもモテるだろう。そんなことは知っていたのに実際に告白されているのをみると不安というかなんというか...まあとにかくショックだった。もう一つは「好きな人がいる」という言葉だ。彼女とは今でも仲がいいのだが、この「好きな人」は間違いなく僕のことだ。 いや妄想とか勘違いじゃない。現に一度告白されている。 たしかあれは去年のバレンタインだったはずだ。
×××
買い物からの帰り道
別にそんな雰囲気じゃなかったのに
「はい、チョコあげるよ」
チョコをわたしてきた
なんて不意打ちで僕の鼓動を早めるようなことを言った
顔に出ないよに努めて
「あーうんありがとう」受け取ろうとしたのに引っ込められた
「んー。ねえもっと喜べば」
どうやら無反応すぎた態度がお気に召さなかったらしい。
「そりゃ、毎年のことだからなー いつからだっけ」
「私が6才の時からだよ!だから10回目だよ!」
「よく覚えてるな。てか6才からなら11回目だろ」
「あ、そっか」
「まあ、ありがとーってことで」
「もっと感謝しなさいよね。どうせあんたチョコなんてもらえてないんでしょ」
「友チョコくらいもらうし」
「友チョコじゃないよ」
「あーそうだったな。あれだろ幼なじみチョコだったな。かわんねーだろ」
「ううん、今年は、それでもないよ」
はあ、ならなんだ。また、しょうもないこと考えたのか?
「そのえーっとね...
もう一度チョコを前に出して
「その私さあんたのこと好きなんだ。だからっさその……恋人になってよ」
×××
あの時彼女の想いに応えられなかった。別に今と気持ちが違ったというわけではない。ならなぜこんな対応をしたのか?なんてことはない。僕の自分勝手で自己満足な理由だ。
特に、何もせずにそんな回想をしていると彼女からメッセージが届いた
-どこにいるの?帰ろー -
少し会いにくいなと思いながらも断るのも不自然だ
-校門で待ってる -
さて急ごうか
×××
校門で彼女を待つこと数分彼女はやってきた
「ごめんね」
「いいよ」
「いこうか」
僕らは並んで歩きはじめる。歩幅は違うはずなのにどちらかが合わせたり無理したりしなくても自然とスピードがあう。会話が途切れても心地よいと感じるこの空間が大好きだ。
この関係はそこらの恋人より強いものだと思っている。だから、彼女と恋人になるというのは今の関係よりも弱くなるのではないかと思うのだ。それも告白を断った理由の一つだった。
「そういえばお前部活は?」
「月曜日と火曜日高校入試じゃん」
「ああそうだな」
だから月火と休みだ。その分たっぷり宿題がある。
「だから先生たち今日の午後と明日は準備があるんだって。だから、休みなの」
「なるほど」
彼女が所属しているのは空手部だ。結構強い。本当に…僕まで傷つくほどに強い……
特筆すべき会話もなく家についた。
「じゃあな」
「うん…」
彼女はドアの前で立ち止まり振り向いた
「明日、バレンタインだね」
「あーそうだな」
「うんじゃあね」
そういって家に入っていった。
×××
その後、家で適当に勉強して時間をつぶして夕食を食べて風呂に入った。少し落ち着いたところで明日のことを考えた。あの様子だと明日彼女はまた告白するだろう。まだ矛盾を解決できていない。この矛盾を説明するには僕が保育園にいたころにまで遡らなければならない
×××
空手の有段者である僕の祖父が僕にそれを勧めた。特に何も思わず僕はそれをはじめた。祖父は僕とよく一緒にいた彼女にも、さも当然のように勧めた。彼女の親とかははじめ反対していたが祖父が「これからは女の子も自分で自分を守れないと」と強引に説得した。僕らはその頃から仲が良かったから一緒なのは嬉しかった。数年の間は特に何もなく過ぎたのだが、僕の度胸のなさが原因で軽いすれ違いのようなものが起こった。
筋がいいと褒められていた彼女と違って僕はまるで向いていなかった。小学生も高学年になるにつれていろいろ遊びを覚えるようになる。おもしろくもないただただ辛いだけの空手をさぼるようになった。真面目に取り組む彼女に対してうしろめたさから会うのを避けるようになった。さみしいことだけど、異性といるのが冷やかされるようになる時期でそれもふつうのことだと思うようになった。そして、あの日祖父に空手をやめることを伝えにいった。
祖父は激怒して僕に手をあげた。普段優しくて空手においても手をあげたことはなかった祖父に殴られたことがショックだった。
「彼女は真面目に、強くなった。そうしながら、お前が来なくなってからもお前を待っていたんだ。それなのにお前は遊びほうけて逃げるのか」
僕は黙り込むことしかできなかった。
「もういい。出て行け!」
叩かれた痛みとちょっとした反発心からそのまま道場から出て行った。道場の扉を開けると彼女がいた。彼女は何か言いたそうだったが、結局何も言わなかった。何か言われる前に僕は走り去った。何も考えずに走り着いたのはよく彼女と遊んだ公園だった。本当にかっこ悪い。祖父の言うとおり僕は逃げただけだった。でも、辛いんだ。物理的にだけじゃなくて見えない何かに押しつぶされる感覚が。彼女は強すぎる。直接戦わない僕にまで攻撃をしてくる。別に誰かが彼女と比べたわけじゃない。ただ、僕が勝手に劣等感を抱いて傷ついただけだ。その結果大事なものを失ったと思った。この頃はもうだいぶ疎遠になっていたが、この件で完全に幻滅して僕とはもう会わなくなるだろう。
寒空の下ぼーっとしていると誰かが走ってくるのが分かった。気配が背中まで迫ったのを感じて振り向いた。彼女がいた。とてもドキッとした。
「おまえどうして?」
「ん」
僕の言葉を無視してきれいにラッピングされた何かを渡してきた
「なにこれ?」
「チョコレート。今日バレンタインデーだから」
そうだった。でも、そういうことじゃない
「よく渡しに来たな。」
「?どうして?」
「いやだって、最近、俺、空手もしてなかったしあんまり話してもなかったし、それにさっきの話聞いてたんだろ?」
「うん、空手やめるんだってね。だから?」
「だからって、俺だけ逃げてずるいとか弱いやつだとか会いたくないとか思わなかったのか!?」
大きい声をだしてしまった。彼女は驚いていた。
「ごめん。でも嫌われたと思ったから」
……
居心地悪い沈黙が通った。
そして、彼女がゆっくりと口を開いた
「関係ないよ」
「え?」
「関係ない。だって仲良くなったのは空手がきっかけじゃないでしょ。それに私は空手が好きだし続けるの辛くないし。でも、君はそうじゃないんでしょ?今まで気を使って続けてたんでしょ?」
「……」
僕の行いを非難されたように感じて俯いてしまった。だが、そうではないようだ。
「ああ、いやそうじゃなくてね。ようは、そう、嫌いなこと無理してやらなくていいよってこと。私は好きだから続けるの。それに関して君が悪いと思う必要はないし、君は間違っていないし逃げたわけでもない。だから空手は関係なくまた仲良くしたい な。」
彼女は手を差し伸べていう
「また、これからもよろしくだね」
……このときの先ほど感じたのとは違うドキッとした感情はまだ忘れていない。
まったく男のくせにだらしないなあ
「分かった。俺もこれからもおまえと一緒にいたい」
「うん」
「だから約束しよう」
「約束?」
「ああ」
「なに?」
「おまえは空手続けて、んでもっと強くなって一番になれ」
「一番って。無理だよ」
「いや、できる。おまえなら。というかやれ」
「うん…頑張ってみる…」
「それで俺も何かで一番になる。今はまだ何ができるかわからないけれど、近いうちにおまえの隣に恥ずかしくない人になってやる」
どうしてこんな偉そうなことを言ったのか?意地やプライドそんなものだっただろうか?
彼女は変わらぬ幼い笑顔で…なんと言ったっけ?……そうだたしか
「分かった。待ってるね」
と言ったのだ
×××
てな感じで僕は半ば強引に自己満足な約束を押し付けたのだ。
そして彼女は昨年度その約束を果たしたのだ。一年生ながらインターハイで全国優勝した。
僕は何になるかさえ分からないままなのに…
そしてその年度のバレンタインに彼女は告白をしてきたのだ。約束を果たしたよ。という思いも込められていたと思う。でも、それは少し違う。彼女は勘違いしている。あの時言った一番とは別にそういった肩書のことを言ったのではない。彼女はすでに僕の中では一番だったのだから。要は僕が彼女の隣に並ぶにふさわしい人になると言いたかったのだ。あの時すでに、彼女に惚れていたから。
よって彼女の告白を受けることはできなかった。全国優勝して客観的にも一番になってしまった彼女とはますます差が開いてしまった。「今は僕とおまえは釣り合わない」と言って断ったのだ。もちろん、僕が劣っているという意味で、しかし、彼女は泣いてしまった。誤解させたかなと思ったが、すぐに彼女は笑った。意図は通じたようだ。「分かった。もう少し待ってるね」と言われた。その二日後、学校で彼女は僕に普通に接した。それは彼女がまだ僕を見捨ててないということだろう。彼女にはもっとふさわしい人がいるかもしれないのに僕を待ってくれている。それに甘えていたのかもしれない。だから、告白を断る彼女を見て罪悪感を覚えた。僕はまだ答えを見つけてないのに……
読んでいただきありがとうございます
明日には完結いたします




