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その後、イレーナが通報をした事により騎士団が東側居住区の廃墟街にやってきた。レバルトの死体は騎士団が引き取る事になり、ノワール・デスペラードは本当の意味で終わりを迎える。
ノワール・デスペラードが壊滅した話は瞬く間に王都全域に広がり、彼らに怯えて暮らしていた人々は歓喜した。貴族であったレバルトの家系であるブローナンド家の豪邸には、怒りをあらわにした民衆が押し寄せ騎士団が警備するという事態になり、暴徒化した民間人が何人か捕縛されたそうだ。
フェイトは足と肩を剣で刺された為、一般地区の病院で入院する事になった。その病院は偶然にもボナン渓谷で負傷したイレーナが入院した病院と同じ場所である。
「暇だ……」
病室での一日は退屈なまでに退屈だ。暇つぶしになる事といえば、窓から活気ある大通りを眺める事ぐらいのもので、ベッドの上で過ごすのは正直辛いものがある。
一層の事、壁に掛けている衣類や武器を装備して抜け出そうかと考えてはみたものの、まともに歩けない足を見て素直に諦めた。
ベッドの上で上体を起こして窓から見える景色を眺めていると、扉をノックする音が聞こえた。
「オリバーだー。入っていいかー?」
扉の向こう側から聞こえてきたのは久しぶりに聞くオリバーの声。そういえば入院して以来一度も会ってはいなかったな。
「大丈夫だよ」
「入るぞー」
扉を開けて入ってくるオリバーは柔和な表情を浮かべている。こちらに歩み寄ってきたオリバーは、ベッドの近くにあった椅子に腰掛けた。
「お前さん、とーとー入院したな」
軽く皮肉を言うオリバー。前々から色々と注意を受けていたフェイトには返す言葉がない。こうなった以上何も言えないのだ。
「まっ、騎士の嬢ちゃんからはあんまり怒ってあげるなって言われたけどな」
「心配をかけたな……」
「お前さん、このまま無理してばっかだと本当にいつか死んでしまうぞ?」
「すまない……」
謝る事しか出来ない。オリバーは先程までと違って真剣な表情だ。よほど怒っているのだろう。しばらく二人とも黙っている時間が続く。しかし、ふとオリバーが口を開いた。
「そういえば、お前さんが初めて店に来た頃も、こんな感じだったなー」
「そう言われればそうだな……」
オリバーが言っている初めて店に来た時っていうのは、三年前に騎士を辞めた頃の話だ。俺は騎士を辞めた後、行き場も無く王都をふらついていたんだ。その時にクロッカス亭で働くオリバーと出会った。
手持ちの金がほとんどなかった俺だったが、空腹には耐えられない。偶然見つけたオリバーの店で安い食べ物だけ注文して食べる事にした。その時に何かのきっかけで話をする事になって、彼は何を思ったのか無料で部屋を貸してくれたのだ。
俺はその部屋を拠点にして魔物狩りを始めた。始めた頃は身体の事なんて気にもしないで、八つ当たりするように魔物を狩り、自分の生きている時間の全てを捧げるように仕事に明け暮れていたんだ。もしかしたら、心の何処かで死に場所を求めていたのかもしれない。
魔物狩りを始めて三カ月程経ったある日、そんな俺を見兼ねたオリバーは、俺を殴り飛ばして本気で怒った。命を無駄にしようとしている俺を見過ごせなかったのだ。
俺はオリバーのおかげで思い出す事ができた。エミリア小隊に居た時の気持ちを。エミリアさんとの約束を。自分がいかに馬鹿な真似をしていたのか気づく事ができたんだ。
それからは自分の身体の事をしっかり考えるようになった。魔物狩りも安全重視に考えるようになった。オリバーがいなければ今頃はとっくにボナン渓谷の何処かで死んでいたかもしれない。
「まっ、あの頃に比べれば幾分かマシか」
オリバーは笑みを浮かべている。あの時のように怒る事はなかった。
「魔物狩り、まだ一人で続けるつもりなのか?」
「その事なんだけど、オリバーさん」
「ん? どうした?」
俺は入院中に考えていた事をオリバーに伝える事にした。俺自身のこれからの話だ。オリバーには絶対に話しておかなくてはならないのだ。
その日から月日は経ち、フェイトは無事に怪我を治して退院した。そして王族地区に向かい、衛兵の案内で城に入る。これから目指す場所は最上階に近い一つの部屋だ。その部屋の前に辿り着いたフェイトは扉をノックする。部屋の中から返事があったので、フェイトはおもむろに扉を開けて中に入った。
「グラーマンさん、いえグラーマン将軍。ご相談したい事があります。宜しいでしょうか」
フェイトは目の前で椅子に座り机に両肘をつくグラーマンに話しかける。グラーマンは固い表情でフェイトを見ていた。
「ああ、聞こう」
「俺はもう一度騎士になりたいです」
「ほう……。理由を聞こうか」
「俺は気づく事ができました。今までの自分は、ただ困難から目を背けていただけだった事に。そして思い出したんです。本当は何をしたかったのか。あの日……仲間達の墓の前で何を誓ったのかを。俺は仲間を失いました……。誰一人護れなかった……。もう嫌なんです! 目の前で大切な人が傷つくのをただ見ているのわ! もう誰も失いたくない……。俺は強くなりたい! 大切な人を護れる強さが欲しい! もう誰も失わないように‼︎」
思いの丈をグラーマンにぶつける。グラーマンの鋭い視線はフェイトを捉えていた。ただ静かにフェイトの言葉を聞いている。
「自分の過去を引きずったまま騎士団から逃げ出し、目を背け続けた今のままでは、それを望んでも到底届かない事に気づきました‼︎ 俺は……大切なものを護れる騎士になりたいです‼︎」
フェイトの言葉を静かに聞いていたグラーマンは、目を閉じている。
「そうか……」
グラーマンはそう呟いて、椅子に座ったままフェイトに背中を向けた。そして窓から外の景色を見ている。
「二日後……」
やがてグラーマンは口を開いて話し出した。
「イレーナ・バレンタインという名の騎士に、海を渡った南の大陸への異動命令が出ている。お前には、その騎士と共に南の大陸に渡ってもらう事になるだろう」
「それでは……」
「ああ」
グラーマンは再びフェイトに身体を向けた。
「フェイト・ラーセン。お前を騎士に任命する」
「は‼︎」
フェイトは声を上げて敬礼した。フェイトは王国騎士団将軍から騎士団に戻る事を許されたのだ。
それから二日後。
静寂に包まれたクロッカス亭の自室で青い騎士装束を着たフェイトは、腰にバスタードソードを吊るした。しかし、ワイヤーグローブを含めた防具や、二本の短剣と複数のナイフが収まったベルトは装備しない。もう必要の無いものなのだ。
部屋の中は家具だけとなり、フェイトの使っていた物は何一つ残ってはいない。ただでさえ寂しい印象を与える部屋だったのが、更に寂しいものになっている。
「おーい! そろそろ行かなーい⁈」
窓の外からイレーナの声が聞こえてきた。おそらく先に中庭に出ているのだろう。
「やれやれ」
フェイトはそう呟く。そして自室を出て一階に降り、中庭まで歩いた。クロッカス亭の中庭にはオリバーとイレーナが居る。
「やっと来た」
青い騎士装束を着たイレーナは少しむくれている。よほど小型飛空艇に乗るのが楽しみなようだ。本人いわく、乗るのは初めてらしい。
「お、似合ってるじゃないか」
オリバーは笑みを浮かべている。彼が騎士装束を着る俺を見るのは初めてだ。褒められても少し困る。
「オリバーさん。今までありがとう」
フェイトはそう言ってオリバーに右手を伸ばした。
「おうよ。元気でやれよ」
二人で交わす握手。なんだか寂しい気持ちになる。でも、今生の別れではないのだ。いつかまた会える。
フェイトは先に小型飛空艇のシュヴァルツのシートにまたがったイレーナを見て溜息した。そして飛空艇のシーツにまたがる。エンジンと浮遊機関を作動させて、いつでも飛び立てる状態にした。
「それじゃ、オリバーさん! またどこかで!」
「おうよ! いってらっしゃい!」
「オリバーさん、フェイトは任せて下さいね! それではまたー!」
「嬢ちゃんも気をつけてなー!」
お互いに別れの挨拶を交わす。
「イレーナ……」
「ん?」
フェイトは少しだけ悪巧みを考えていた。
「舌噛むなよ!」
フェイトはそう言って小型飛空艇の操作を始める。
「え⁉︎ ちょちょちょ! きゃぁぁぁあ‼︎」
必要以上の速度で空に飛び立つ飛空艇。あまりの速さに驚いたイレーナは絶叫した。フェイトはそんなイレーナの顔を見て笑みを浮かべる。
これから二人が目指すのはエルファンド王国の南大陸。王都ミノシェルスから遥か南に位置する場所だ。
眼下に広がる大草原とミノシェルス。東に微かに見えるボナン渓谷。フェイトとイレーナはその景色を目に焼き付ける。そして晴れ渡る空の中、機体を旋回させて南の大陸を目指すのであった。
〜作者より〜
一巻はこれにて終わりとなります。ここまで読んで頂き、誠にありがとうございます。
騎士に戻ったフェイトの物語がこれからどうなるのか。二巻も書いていきたいと思います。もし宜しければ、読んで頂けたらなと思います。
読んで頂き、誠にありがとうございました。




