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王都ミノシェルスには日が暮れる前には帰還できた。エミリアとロードメルトは報告書などをまとめる為に宿舎の部屋に戻る。他のメンバーは荷馬車から荷物を積み下ろして点検と整備をしながら片付ける。そして馬を小屋に戻すまでが仕事だ。
それらを手際よく終わらせたフェイト達は騎士団の宿舎にある食堂で食事をする。するとエミリアが食堂に入ってきてフェイト達に歩み寄ってきた。
「フェイト、ちょっといい?」
「どうしましたか?」
フェイトは食事する手を止めて立ち上がる。いつもだとエミリアはロードメルトと一緒に入ってきて一緒に食事をとるだけの事が多いのだが、今日は何かあったのだろうか。
「ちょっと城まで報告書を届けたいんだけど付き合ってくれない?」
エミリアから言葉は今までに経験した事の無い、初めて言われた頼み事だった。
「わかりました。ですが副隊長はどうしたんですか?」
いつもならロードメルトと一緒に報告書を届けている筈だ。何かあったのだろうか。
「ロードメルトと相談してね。フェイトにもっと色々な経験をさせようって話になったの」
「よかったじゃんフェイト! エミリアさんと副隊長はフェイトの出世の事を考えているみたいよ?」
フーイから言われた言葉にフェイトは少し驚いた。
「フェイト君ならいつか来ると思ったよ」
ランバルトがそう言うとノーガスが無言で頷いている。その後も小隊のメンバーから祝いの言葉が飛んできた。
「ま、そーゆー事だから行こうか、フェイト」
「はい!」
嬉しさのあまり声が少し大きくなってしまった。小隊の仲間が笑っている。少しだけ恥ずかしい。
フェイトはエミリアが歩き出したので後を追って歩きだした。騎士団の宿舎を出て石畳の道を歩く。辺りはすっかり暗くなっていて、一定間隔に設けられた街灯だけが視界の頼りだ。
「エミリアさん、少しいいですか?」
「ん? どうかした?」
道中でふと気になった事があるので尋ねる事にした。
「その、出世の事と言いますか……どうして一番下の自分が選ばれたのでしょうか」
エミリア小隊にはフェイトよりも年数を重ね、経験がある人間ばかりだ。フェイトは一番下でもある。それなのに自分が選ばれた理由が気になったのだ。
「年齢は関係無いわよ。貴方には早いうちから色々と経験させておいた方が良いかなと思っただけ。それにロードメルトの事もあるわね」
「副隊長の事ですか?」
ロードメルトがどうかしたのだろうか。不意に出た副隊長の名前が気になる。
「うん。彼はいつ自分の隊を持ってもおかしくない状況だからね。いわゆる出世ってやつ」
「そうなんですね。副隊長なら納得です」
「そんな話を色々と考えていたら、私もしっかりとしないとなーって思ったのよ」
「エミリアさんは立派な小隊長ですよ。尊敬してます」
「ありがと。でもね、どこかで寂しい気持ちを抱いちゃってる自分が恥ずかしいの……」
それは痛いほど分かる。もしもロードメルトが自分の隊を持つ事になれば、それは彼がエミリア小隊を抜けるという事なのだ。小隊の仲間は同じ釜の飯を食べてお互いに命を預け合う信頼できる存在。いつしかそれはただの仲間ではなく、家族同然のように感じてしまうのだ。
そんな事を考えているフェイトは、自分が出世してエミリア小隊から抜ける事になった状況を想像してみた。結果は複雑な気持ちだ。どんな時でも笑顔でいるエミリアなのだが、今は終始寂しそうな表情をしている。
「いけないなーって思ったわ。私の寂しがり屋の所為でみんなの出世を遅らせる訳にはいかないし。ロードメルトにも迷惑かけちゃったと思ってる。長いこと副隊長として私を支えてくれたし、こんな私の気持ちを知ってか敢えて出世しないようにしていると感じた時もあったわ」
「副隊長は優しい人ですからね」
「そうなの。だからついつい甘えてしまってたわ。でもそれももうお終い。貴方達をしっかりと育てて小隊から送り出さないといけないって思ったの」
「なるほど……」
「みんなにも色々と経験させるけど、まずは優秀な貴方からね。ロードメルトも貴方に期待しているわ」
「ありがとうございます」
「若いうちからビシバシいくから覚悟しなさいよー?」
「了解です」
エミリアはいつの間にか笑顔を取り戻していた。もしかしたら無理矢理にでも笑って、心配させないようにしているだけかもしれないが。フェイトはそんなエミリアに無理をさせないように話を変える事にした。
他愛のない雑談をしながら歩いていると城までたどり着く。大きな城門は閉まっているのだが隣に小さな扉があるので問題は無い。扉をノックして衛兵に開けてもらい中に入る。
報告書を持っていく先はエミリア小隊を管轄している大隊長の部屋で城の二階に位置していた。大隊長は物静かな壮年の男で細い目つきもあってか印象は怖い。
初めは報告書を渡すだけかと思っていたのだが、そうではなかった。任務に行った遺跡群の地図を開いて事細く詳細に作戦内容を話さないといけないのだ。
敵の正体、数、どの班がどのように行動し、どんな危険があったのか全て話す。合間に大隊長の質問や指摘があればしっかりと答えなければならない。
何故これだけ厳密に報告を行うのかというと、人間の命がかかっているからだ。甘えた考えや安直な行動は隊を混乱させ死を招く。
そうならない為に常日頃から厳しく報告をさせる事によって監視し、騎士達が死なないようにしているのだ。
報告が終わるまでには三十分ほどの時間が掛かった。大隊長からの指摘は特に無く、質問だけだったことに安堵するフェイトとエミリアは敬礼をして大隊長室を出る。そして宿舎に帰る為に歩き出した。
「ふぅー今回は怒られなかったわね」
笑みを浮かべるエミリアは胸を撫で下ろした。
「大隊長怖かったですね」
フェイトは苦笑いだ。
「ちなみに怒ったらものすごいよ?」
「マジですか……」
「目がこーんなになって」
エミリアはそう言って自分の目を両手の人差し指で釣り上げた。そのエミリアの顔を見たフェイトはあまりの可笑しさに笑ってしまう。そんなやり取りをしていた時だった。
「これはこれは誰かと思いきや、エミリアじゃないか」
横から聞こえてきた知らない男の声。立ち止まって視線を向けると一人の男がこちらに向かって歩いてくる。騎士装束を着た短い茶髪の男で不敵な笑みを浮かべていた。
「あなたは……」
エミリアの表情が強張っている。先程までの笑みが嘘のようだ。
「その餓鬼が俺の代わりなのか?」
歩み寄ってきた男の言葉は挑発めいていて一言で言えば不愉快だ。
「行きましょフェイト」
エミリアがそう言って歩き出そうとした。フェイトは何事かと思いつつも付いて行こうとする。その瞬間、エミリアが何かに引っかかったように立ち止まった。身体が後ろにやや引っ張られている。その男がエミリアの腕を掴んでいたのだ。
「待てよエミリア。久しぶりに会ったのに冷てーじゃねーか」
「痛い、離してよ!」
尋常じゃない状況。フェイトは無意識にエミリアの腕を掴む男の腕を握った。手に力が入る。
「ちっ、何掴んでるんだクソ餓鬼」
「そちらこそ、エミリアさんの腕を離してください」
男を睨みつけて強く言葉を放つフェイト。
「誰に向かってやってるのかわかってるのか?」
「俺はただ、自分の隊の小隊長に危害を加えられているので護っているだけです」
フェイトは更に強く男の腕を握った。
「っ! 痛ーなコラァ!」
男はエミリアの腕を離してフェイトの腕を振り払う。
「フェイト……」
フェイトはエミリアに自分の後ろに隠れるように無言で促した。
「生意気なクソ餓鬼だな。俺はお前に用は無いんだよ」
「俺とエミリアさんも貴方には用がありません」
「馬鹿にしてるのか⁈」
苛ついたのか男が声を上げた。しかしフェイトは動じることなく睨みつける。
「どーしたお前達」
周辺に居た衛兵が異変に気付いて声を掛けてきた。
「ちっ、フェイトとか言ったな……その面覚えておくぞ。じゃーなエミリア」
男はそう言い残してフェイト達の横を歩いていく。フェイトは万が一の事を想定してエミリアを背中で庇いながら男を見届けた。
「ごめんね、フェイト」
「あの男は誰なんですか?」
「前に一度話した事あると思うけど、フェイトが隊に来る前までうちの小隊にいた男よ」
「それって孤児院で話していた無茶苦茶な男の事ですか?」
「うん。脱退処分にした男……名前はレバルトよ」
「脱退処分を受けても騎士を続けられるのですか?」
「私も辞めたものだと思ってたわ。他の隊に所属していたのね……」
「レバルト……」
フェイトはレバルトが去っていった方を見つめる。レバルトが現れる前まであった楽しい空気は無くなり、居心地の悪い胸騒ぎがしていた。




